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【中山記念】愛され系GII職人バランスオブゲーム


競馬ゲームのバランス調整は難しい

いささか唐突だが、私はダビスタにハマっていた時期があった。
寝る間を惜しんで生産・育成に取り組んだのも、今は昔である。
十分なスピードとスタミナがある強い馬っていうのは距離関係なくどこでも強いのだ、という重大な勘違いを植え込まれたのもこの頃だ。
タケシバオーじゃないんだぞ。
その後ウイポと出会ったことで、私は無事に距離適性という概念を知ることとなったのだった。
あ、違うんです。別にダビスタがそういうゲームデザインだった、というだけのことで、薗部博之の悪口じゃないんです、本当です!

薗部博之といえば

ダビスタを作った薗部博之は、実際に馬を持っていたことでも知られる。
そのうちの1頭がバランスオブゲームである。
同馬はセリで870万円(税込だと913万円。馬にも消費税は掛かる)で落札。
そのセリというのがセレクトセールなのだが、そのセレクトセール出身としては意外と安い(いや一般人からしたらものすんごい大金なのだが)。
というのも、セレクトセールが始まったのが1998年であり、この馬が上場されたのはまだ2年目の1999年だったのだ。
今じゃ世界中から注目を浴びるセレクトセールにも黎明期があったのだ。

未来はそれなりに明るそう

21世紀を迎えた2001年、バランスオブゲームはデビューを迎える。
新馬戦を勝ち上がったかと思うと、続く新潟2歳Sも連勝。
あまりにも順調すぎる滑り出しだ(これが最初で最後のGIII勝ちになるとは、このとき誰も予想しなかったことだろう)。
年末には休み明けで朝日杯FSに出走し、4着と好走(勝ったのは、まだ芝を使われていたアドマイヤドン)。
現代の感覚だと休み明けという感じも薄いが、当時はまだノーザンファーム天栄のような外厩施設が全然充実していない時代である。
休養中に馬に運動させるにも限界があったため、レース間隔が3ヶ月空くというのは、結構調整が大変になるイベントだったのだ。

才能の片鱗見たり

3歳初戦、バランスオブゲームは弥生賞に出走することとなった。
相手はヤマノブリザードやヤマニンセラフィム、ローマンエンパイアといった、重賞勝ち馬がズラリと並んでいる。
しかしこちらも重賞馬、勢いよくゲートを飛び出すとハナを奪ってそのまま逃げ切り勝ち。
GII初勝利を挙げ、人知れず伝説の始まりを飾ったのだった。
また、このとき逃げたのは掛かったせい、というのもあったのだが「内ラチにいたカラスを見てたら落ち着いた」とかいう謎エピソードも生まれている。

その後はクラシック戦線に向かうも、皐月賞8着、日本ダービー7着。
大崩れこそないものの、ちょっと好走とも言い難い微妙な結果となる。
秋は比較的手薄なメンバーとなったセントライト記念を優勝。
まーた中山のGII勝ってるよ。
本番の菊花賞は、さすがに距離が長かったがそれでも5着と健闘。
トライアルホースの片鱗を見せながらも無事にクラシックを走りきった。
なおこの年の三冠レースの勝ち馬は、ノーリーズンにタニノギムレット、ヒシミラクルとなかなか濃い面子であった。

ちょっと足踏み期

古馬になり、バランスオブゲームは中山記念、日経賞、金鯱賞を転戦。
それぞれ2着、2着、4着と、勝ちきれないまでも安定した成績を残す。
続く宝塚記念は2番手からレースを進めるものの、先行馬全滅の流れとなってしまい11着と初めての惨敗を喫してしまった。
なお、春の4戦で勝った馬はそれぞれローエングリン、イングランディーレ、タップダンスシチー、ヒシミラクルという面々である。
相手が……相手が悪い……!

秋は毎日王冠から始動。
圧倒的一番人気はファインモーションだったが、なんかあり得んぐらい引っかかって暴走してしまう。
直線でファインモーションを交わしたバランスオブゲームはそのまま粘りきって優勝し、これでGII3勝目。
これはレコード勝ちのおまけ付きであった。
次走はマイルCSで4番人気に推されるも、人気通りの4着。
なお勝ったのはデュランダルである。
ねぇ、だから相手……!

もっと足踏み期

バランスオブゲームにとって、5歳は苦難の1年となってしまった。
5戦して未勝利に終わり、2着1回3着1回といった結果である。
最後の2戦は天皇賞(秋)とマイルCSだったが、それぞれ9着8着と凡走。
1回あった3着が安田記念での好走であったことが、せめてもの明るい材料と言えた。
念のため5戦の勝ち馬を記しておくが、ネオユニヴァース、ツルマルボーイ、ファインモーション、ゼンノロブロイ、デュランダルとなる。
本馬の着順はともかく、勝ち馬の並びおかしいって。

6歳になったバランスオブゲーム陣営は始動戦に中山記念を選択した。
面子はそこまで手強い相手は揃わず、4番人気の支持を受ける。
レースが始まると、バランスオブゲームはスッと2番手に付ける。
ゆったりとしたペースでポジションを確保したまま4コーナーを回ると、直線半ばで余裕を持って追い出しを開始。
1頭だけ抜け出して粘り込みを図ると、カンパニーの猛追をしのぎ切ってGII4勝目を手にしたのだった。

なおこのときカンパニー4歳
彼がGIの栄光を手にするのは4年後の秋のことである。

約1年半ぶりの勝ち星を挙げたバランスオブゲームだったが、この後また長いトンネルに突入してしまう。
このあと5戦して3着以内には1度も入れず、すべて着外。
その5戦目にはダートの根岸Sを使われるなど、ちょっと迷走してる感も出てきてしまった。

天皇賞とマイルCSは勝ち馬ヘヴンリーロマンス、ハットトリックと、例によって相手が悪い感が強いものだったが、4着だった毎日王冠の勝ち馬はサンライズペガサス。
サンライズペガサスには失礼な物言いになってしまうが、バランスオブゲームが真価を発揮できれば敵わない相手ではないような気もしてしまう。
力が衰えてしまったのだろうか。

蘇るバラゲ

かつてのクラシック有力候補も7歳になっていた。
復活を期して選ばれたレースは、昨年に引き続き中山記念である。
しかし今回はなかなかメンバーが揃っている。
復調気配漂うダイワメジャー、前走マイルCSでそのダイワメジャーを撃破したハットトリック、前年の秋華賞馬エアメサイア、昨年の中山記念で競り合ったカンパニーなどである。
また相手が悪いのでは……という不安も何のその。
馬場状態は重馬場で、馬場は内側が荒れ気味だったものの、バランスオブゲームはまったく意に介さない。
先手を取ってスイスイと逃げを打ち、終わってみれば2着ダイワメジャーに5馬身差を付ける圧勝
グレード制導入以降、中山記念としては初めての連覇を達成したのである。

好事魔多し

復活を遂げたと思ったら、続く安田記念は17着と大惨敗。
まあこれは先行勢壊滅の流れに巻き込まれてしまったので仕方ない。
その後立て直して出走した宝塚記念では逃げて3着と好走している。
このときの阪神競馬場は稍重馬場。
渋った馬場で先行させたら、やはり強い。
ちなみに勝ったのはこれからフランス遠征を控えるディープインパクト。
相手……。

秋は普段の毎日王冠ではなく、オールカマーから始動。
ここまで重賞6勝を挙げている同馬だが、うち4勝は中山のGIIである。
この選択も推して知るべしと言ったところだろう。
同年シンガポールでGIを勝利したコスモバルクとの戦いをハナ差制し、重賞7勝目、GIIに限れば6勝目を挙げたのであった。

秋のGI戦線へ向けて調整が進められていたが、なんと屈腱断裂が判明。
競争能力喪失と診断され、現役引退となってしまった。

おまけ

結果だけ見ると、400の倍数の距離(いわゆる根幹距離)であまり走らないという、稀によく見るタイプだったのかなという感想を抱かざるを得ない。
最初の2つこそ1600と2000だが、それ以外はみんな非根幹距離だ。
彼に必要だったのは、1800か2200のGIだったのかもしれない。
2200は宝塚記念3着という実績もあるが、残念ながら阪神競馬場。
得意の中山で2200のGIは……。
……。
いやあったな、2002年のジャパンカップが中山開催だ。
菊花賞のあとに挑戦できるチャンスがあったではないか。
このときの出走メンバーは……あっ、ファルブラヴが勝った年かぁ。
IFを見ても相手が悪いのか……。

GIを勝てるポテンシャルは持っていたはずなのに、GIの開催条件と適正が噛み合わなかったし、そもそもいつも相手が悪くてどうしようもない。
そんな馬の話。

前に書いたもの


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