看護師を辞めフォトスタジオを開業。気付けば夫まで起業し生活が激変してた。
こんな風に思ったこと、ないですか?
「こんな毎日がずっと続くの?本当に私の人生このままで納得できる?」
仕事の時間が、生活の軸にある。
こどもに、毎日のように「早く!」と言ってしまう。
まさに、今から約4年前 私が毎日感じていた違和感でした。
その違和感から抜け出すために、覚悟を決め歯を食いしばって突き進んできた今は?
毎日息子に「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と言える。
本屋さんに行くたびに、「この本買って」に頷けるようになった。
そして気付けば、公務員だった夫もなんと退職。
夫自身も新たに得意を生かした事業で毎日楽しく働いていて、家族一緒の時間を過ごせるようになりました。
そんな私がどうやって今の暮らしに至ったのか、これから少しずつお話していこうと思います。
1|『自分軸』で生きる。『納得感』のある暮らしを手繰り寄せる。
はじめまして。
私は北海道の名寄市という人口約2万人ほどの地方で、フォトスタジオを1人で運営している、Shumi(しゅうみ)と申します。
公務員である看護師として働いていた4年前、まったくの未経験で本当に顧客0の状態からスタートしたスタジオです。
起業した当初は、右も左もわからずとにかく思いつく事を手当たり次第にやってみる日々。
当然、初めから生活していけるほどの収入になるわけはなく、貯金を切り崩す節約生活でした。
旅行も外食も行かなくなったし、コンビニに行く回数もできるだけ控えて。
いつまでこの生活が続くかもわからない不安から、欲しいものも買えなかった。
そんな日々から、丸4年。
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派手な成功があったわけじゃない。
でも、暮らしは確実に変化した。
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お世話になった大好きな先輩との外食で「今日は私がおごります!」と言えるようになった。
4年前は、夫の出張で不在の日が多く、息子の保育所行事や町のイベントごとも、息子と二人きりで行くことが多かった。
今は、学校行事もイベントも、いつでも家族みんなで揃って行ける。
看護師時代、2歳だった息子のお迎えが残業で遅くなり、先生と二人きりで待っていたことも何度もあった。
今では、毎日息子に「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と言える暮らしに。
一緒に登下校しながら、今日はどんな事が楽しかった?とのんびり会話する時間の余白に、満たされる日々。
どれも、「月収◯◯万円!」「毎月海外旅行!」のようなサクセスストーリーには程遠い、小さな変化です。
でも、4年前の私には想像もできなかった光景でした。
正直、たった一人でのスタジオ運営は忙しい日々です。
仕事をしない日なんて1日もないくらい。
だけど、
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今の生き方に「納得」している。
自分の人生を、自分で作っている。
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それが、4年前との一番の違いです。
お金や、仕事の時間の長さじゃない。
納得感のある「自分軸」で生きる暮らし——それが、私の求めていたものでした。
でも、ここに至るまでが、想像していたよりも、ずっと長かった。
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最初からこうだったわけじゃない。
むしろ、何度も挫けそうになりました。
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2|頭から離れなかった違和感と葛藤。自分と向き合った日々。
4年前、私は公務員勤務の看護師でした。
夫も公務員で、新築戸建てを購入し、新車に乗って、子供と暮らす生活。
はたから見れば、順調そのもの。何も変える必要なんてないと思われていたでしょう。
でも、心の中ではずっと、漠然とした違和感を抱えていました。
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『このままでいいのかな』が、
毎日少しずつ重くなっていく感覚。
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夜勤に出かける私に、「いかないで」と泣きながら縋り付く息子の姿。
毎朝、仕事と保育所の時間に合わせてバタバタと準備する中、思い通りにいかない小さな息子に「早く!」と言ってしまう自分。
勤務は土日も関係なく、家族全員で一日中過ごせる日は、月に2〜3回あればいい方。
現状の中での「精一杯」はこなしてた。でも、「納得」はしていなかった。
だけど、今のままでいい理由なんて、無数にありました。
残っている車のローン、始まったばかりの住宅ローン、経済的不安。周囲からの目。
そして看護師の仕事自体は、とてもやりがいを感じていました。毎日、自分なりに一生懸命働いていた。
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働くのを辞めて主婦になりたい訳でも、
節約しながら細々と暮らしたい訳でもなかった。
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自分の思う、丁寧な暮らし。納得のいく生き方の理想が、私にはあった。
当時の私は、カメラや料理、革細工など、人から褒めてもらえる趣味がたくさんあり、そんな自分が好きでした。
そして、自分の「好き」を仕事にしている人たちを見ていると、心の底から羨ましくて、焦りのような感覚もありました。
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「私はまだここ(挑戦できない側)にいて、何をやってるの?」
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毎日、考えて考えぬいて、自分は何をやりたいの?どんな人生を歩みたいの?
どんな事ができる?誰の役に立てる?
とことん自分と向き合った結果、たどり着いた答え。
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やらなかった後悔を抱えて生きていく方が、
恐怖だと感じた。だから、まずはやってみよう。
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3|まず初めにやった、たった一つの事。
では、何から始めたのか。
起業セミナーに通ったわけでも、高額なコンサルに払ったわけでもありません。
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私が最初にやったのは、たった一つのこと。
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『やると決めたことを、言葉にする。人に話す。自分から行動する。』
これだけです。
ね?誰にでもできるでしょ?
『え、それだけ?』と思うかもしれません。
でも、「やってみたいな〜」と頭の中だけで考えることと、声に出して人に伝えることでは、運命の動き方が段違いなんです。
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言葉にすることで、自分の脳が聞いている。
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誰に話すかというと、まずは自分の脳に言い聞かせるんです。
脳って不思議で、自分が声に出した言葉を真実だと思い込む仕組みがあります。
それを、最大限に利用するのです。
声に出す前は、「実現しなかったらかっこ悪いかも…」と怖くなる。
でも声に出した後は、「言ったからにはやらなきゃかっこ悪い」に変わる。
そして何より、何度も自分に言い聞かせることで、本当にできるような気がしてくる。
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人に話すことで、運命が動き出す。
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人に話すと、「それなら、こんな人がいるから会ってみる?」とか、「それならこんな事はできる?」と、話した相手が数珠つなぎに人を紹介してくれたり、実際の案件に繋がったりすることがあります。
私もまさにそうでした。
夫、信頼している友人にまずは話をして、決意したまさにその日に、インスタグラムのアカウントを開設。無料モニター撮影を募り始めました。
友人がやっている飲食店のメニュー表の写真を、無料で撮らせて欲しいと頼んだのもこの頃。
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自分から動く。とにかくまずはやってみる。
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これが、何より大事でした。
『環境が整ったら』『時間ができたら』『お金が貯まったら』…
人間は不思議なもので、やらない理由を無数に思いつくプロフェッショナルです(笑)
きっとこれを読んでいるあなたも、思い当たる節が少なからずあるはず。
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一番大事なタイミングは、お金でも環境でもない。
自分のやる気が満ちた時。
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それが、最良のタイミングなんです。
4|順風満帆な事なんて、1度もなかった4年間。
そこからの4年間は、ひたすらコツコツと、積み重ねの連続でした。
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正直に言うと、順風満帆だった瞬間は、
1度もありません。
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【0年目】退職を決意してから、走り出した日々
看護師を続けながら休日返上で無料撮影を重ねた8ヶ月。子育てと仕事の両立に加えて、毎日寝不足。メンタルもギリギリでした。
【1年目】手探りのスタート
2022年4月、自宅のリビングに撮影ブースを組んだ「おうちスタジオ」から開業。
無料撮影から有料に変わった途端、ぐっと集客が難しくなり現実を知る。
年間売上は、約60万円。生活できるレベルにはほど遠かった。
同じ年の8月、友人の声かけで古民家の1室を借りて、2歳の息子を連れてDIYでスタジオを手作り。
【2年目】商品ラインを整え、見える化を進めた年
フォトアルバム・パネルなどプリント商品の導入、自宅出張ニューボーンフォトの確立、決済アプリ導入で売上の見える化…。
やれることを、ひとつずつ。
【3年目】積み上げと、夫の決断
年間売上は確実に増えていきました。お客様の満足度も上がっているのを感じる一方で、「次のフェーズにいくには、何をすればいい?」明確な答えが出せない時期でした。
そしてこの年の夏、19年勤め上げた公務員の職を、夫が退職。
元々趣味だった車のコーティング業を、自宅ガレージで開業しました。
まだ私の収入だけで生活が成り立つレベルではなかった。
だけど、夫のやる気が最高潮だったんです。だから、家族として「やってみよう」と決めました。
正直いって、かなりの「攻め」でした。
【4年目】数字と本気で向き合った年
スタジオの売上は、1年目とは比較にならないところまで成長していました。
HP制作、MEO/SEO対策、新店舗への移転リニューアル、インスタ広告の本格運用、初めての融資…。
一人でスタジオDIYをした過程を、すべてInstagramで発信し続けた年でもありました。
数字やお金と、より深く向き合う機会が増え、価格や運営の見直しに本気で取り組んだ年。
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そして気付けば、私たち夫婦が公務員として働いていた
頃の収入を、超えるようになっていた。
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数字は、目標地点をわかりやすくするための数値でしかない。
だけど、いったん私たちが目標としていたラインを、想定していた以上のスピード感で超えていた。
5|大切なのは、『点』じゃない。『線』で動くことだった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
最後に、4年間で得た、最も大きな気づきを書かせてください。
実は、起業して2年目くらいまでの私は、本当にその日暮らしの状態でした。
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集客に四苦八苦して、Instagramの伸ばし方を
ネットで漁る毎日。
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情報をかき集めては、見つけた情報を片っ端から試してみる。
時々売上が上がる月もある。でも、なぜ上がったのか、きちんと説明できない。
予約が入るたびに「やったー!」と家族で喜んだ。
売上が下がった月は、祈るような不安な気持ちで日々を過ごした。
インスタで見かけるコンサルに申し込むかどうか悩んでは、止めていた。
無料のZoom講座を受けてみては「なんとなく違うな〜」と、課金することはほとんどなかった。
その時の私は、Instagramのフォロワー数、リールの閲覧数、月の売上高…目先の数字だけを追い求めていたように思います。
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だけど、今思えば『点』でしか動けていなかった。
全体像が見えていなかった。だから不安だった。
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Instagramを頑張る→集客ができる
1件1件を丁寧に撮影する→リピートにつながる
これは、もちろんその通り。でも、ビジネスのほんの一部の施策でしかないんです。
ある時、対談動画で「ビジネスはアートだ」という言葉を耳にして、本当にそうだと感じました。
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すべての施策は線でつながっていて、
美しく曲線を描いてはじめて、
「売上」という成果につながる。
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お客様に喜んでもらうために技術を磨くことも、サービスをブラッシュアップすることも、それだけでは「線」にはならない。
どんなお客様に喜んでもらいたいか?
そのためには、どうやって見つけていただく?
そのためには、何をすれば?
ビジネスは「再現性が大事」と良くいうけれど、もっと個性的で生々しくて、美しいものかなって、私は思います。まさに、「アート」。
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そしてShumiの言葉で言うならば、ビジネスは「愛」。
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だと、私は大真面目に思うんです。
この大きな視点が、本当の意味で体感できたとき、初めて目先の数字だけを追わなくなりました。
大切なのはそこじゃない、と気付いたからです。
この『点を線にする』考え方こそが、4年前の私自身に、今の私が一番伝えたい事です。
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4年前の私が、喉から手が出るほど知りたかったことを、
これから一つひとつ。
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これから、4年間の私の苦悩と、その時に何をしてどう切り抜けてきたかを、できるだけ具体的に、細かく、丁寧に書き残していきます。
もし『このままでいいのかな?』と毎日感じている方がいたら。
『現状を変えたい。でも何をどうやればいいかわからない』と闇雲な日々を過ごしている方がいたら。
この続きが、何かのヒントになるかもしれません。
一緒に、点を線にしていけたら嬉しいです。
次回も、泥臭くてリアルなShumiの奮闘ログを、良ければ見に来てくださいね。
▼「価値」の正体について気付いた話
