『人の心は読めるか? 本音と誤解の心理学』 読書共有【第104弾】
本記事にはプロモーションが含まれています。
はじめに
今回はニコラス・エプリー『人の心は読めるか? 本音と誤解の心理学』(波多野理彩子訳、早川書房、2017年)からの共有です。
私たちは日々の会話の中で、つい「相手の気持ちはわかっている」と思い込んでしまいます。 しかし実際には、人の心は自分が考えるほど読めていないことが多いようです。
本書は、こうした「わかったつもり」が誤解や対立を生む理由を、心理学の研究と事例を通して明らかにしています。直感や第六感で人の心が読めるという感覚は、しばしば錯覚にすぎないことが示されています。
本書が伝えているのは、決して読心術のような類のものではありません。 むしろ 「人の心は読めない」という前提に立つことで、コミュニケーションがより良いものになるという逆説的なメッセージです。
相手の心を勘で当てるのではなく、丁寧に確かめること。この姿勢こそが、誤解の少ない関係をつくる第一歩だと感じさせてくれる一冊です。
今回も私なりの観点から面白いと思った箇所を共有してまいります。
「相手の心を推測する能力」とその限界
幸い私たち人間には「相手の心を推測する能力」があり、それによって様々なコミュニケーションが可能になっています。こうした能力について、著者は次のように説明しています。
相手の心を推測する能力は、人間の脳が持つもっとも偉大な力である。推測が非常に的を射ていれば、相手が求めていることや必要なこと、相手の信念や知識がはっきりと理解できるし、相手の将来の動きも見えてくる。まったくつながりのない別々の頭脳が、お互いにたえず協調しあい、今の世の中のように広範囲な人付き合いが可能になっているのも、人間が持つそうした能力のおかげだ。
しかしながら、この「相手の心を推測する能力」には限界があり、それが様々な問題を引き起こすことにもなりかねないと心得ることも極めて重要です。著者は次のように言います。
このもっとも偉大な能力でも完璧にはほど遠く、第六感によるミスが私たちの人生に大きな痛みをもたらすこともある。その末路としてよくあるのが、恋人との別れや、企業の倒産、キャリアの行き詰まり、不必要な紛争だ。
著者が指摘している通り、他人の心を理解するのは非常に難しいですが、一方で家族や親しい友人の気持ちなら分かると思っていたら大間違いであり、人は予想以上に相手の心が読めていないというのが実情です。
仕事でも私生活でも相手の心を理解することは不可欠な要素ですが、そこでは往々にして誤解や対立が生じてしまうというのは誰にでもある経験でしょう。
「相手の心を推測する能力」に限界があると認める謙虚さ
そこで大切になってくるのが、「相手の心を推測する能力」に限界があることを率直に認めるということです。著者は次のように述べています。
人間の脳が持つ偉大な能力の限界を知って初めて、相手のありのままの姿を理解しようとする謙虚さが持てるのである。
つまり、「相手の心を推測する能力」を活かしながらも、その限界をもわきまえる謙虚さが、「相手のありのままの姿を理解しようとする」開かれたコミュニケーションを可能にするのです。能力の行使とその限界を認めるバラン感覚が、ここでは非常に重要なわけです。
そして著者の主張はここで終らず、次のような発展した観点にまで到達します。
相手の心を確実に読める方法など存在しない。お互いを理解する秘訣は、ボディランゲージを読みとる力を磨いたり、視点取得に熟達することではなく、理性をめいっぱい働かせて、相手が自分の心を包み隠さず正直に話せる環境作りをすることだ。
この「相手が自分の心を包み隠さず正直に話せる環境作り」というのは、おそらく「心理的安全性」と言い換えることができるもので、これについては過去の共有でも何度か触れてきました(下記リンク参照)。「相手の心を確実に読める方法など存在しない」という限界を認める謙虚な態度こそが、何でも話せる開かれた環境作りを可能にするのです。
こうして、「相手の心を推測する能力」を活かしながらも、その限界をもわきまえる謙虚さを堅持し、最終的には「相手が自分の心を包み隠さず正直に話せる環境作り」をしていくという理性的な態度が、コミュニケーションにおいて最も重要な課題になると言えます。
次に、こうした環境作りの具体例を見ていくことにします。
心理的安全性の具体例
著者はこうした心理的安全性の具体例を以下のように挙げています。
「企業なら、役員が取締役会の席に座って顧客の考えをただ想像するのではなく、会話や調査やじかに顔を合わせる付き合いを通して顧客の視点を獲得できたとき、初めて彼らがよく理解できる」
「管理職なら、部下に対してただ想像力を働かせるのではなく、部下の話をしっかり受け止め、部下が上司から罰を受けないという安心感を持てて、初めて部下の心を理解できる」
「夫婦なら、相手を完璧にわかっていると思ってお互いに黙っているのではなく、自分の考えを包み隠さず話し、相手の言い分を自分が正しくわかっているかどうかを確認できて、初めてお互いを理解できる」
「親なら、子どもとのコミュニケーション・ツールを憶測や仮定だけに限定せず、あらゆるコミュニケーション・ツールを使って、自分の考えを子どもに話し、子どもの話にも耳を傾けたとき、初めて子どもが今置かれている状況を理解できる」
著者は上記のように明快な具体例を挙げつつ、「もし相手の心を理解したいなら、もっとも信用すべきは自分の洞察力ではなく、自分の耳なのかもしれない」と言い、次のような貴重な提言をしています。
自分を隠さないことが社会との絆を深め、人生の価値を高め、思いを共有することでお互いの人生がよりよくなり、欠点を許しあえるようになるなら、もっと自分をオープンにしない理由など、どこにもないのではないだろうか?
このように見ると、本書には傾聴と自己開示のバランス感覚に対する思考が見事に凝縮されていると言えます。仕事でも、また日常生活でも、こうしたバランス感覚はとても重要だと思われます。
日々のアクションに落とし込む
最後に、本書で最も重要な最終章のサマリーを以下に記載しておきます。日々のアクションの参照軸にしていただけますと幸いでございます。
人の考えや感情は顔に出ないわけではないが、正しく読みとるのはほぼ不可能。
相手の視点に立って考えても逆効果の場合があるので、直接聞いてみよう。
相手の考えを正しく理解できているか本人に確認しよう。
相手の心を読むには、まずは自分の心をオープンにしよう。
このように、「人の心は読めない」という前提に立つことで、コミュニケーションがより良いものになるというのが本書の主張です。相手の心を推測するのではなく、丁寧に確認していくこと。この姿勢こそが、心理的安全性のもとでより開かれたコミュニケーションを可能にするでしょう。
なお、私自身が上記の中で特に大切にしているのが、「まずは自分の心をオープンにしよう」ということです。この背景には、まずは自分から与えるという成功哲学の考え方があるように思えます。
まず自分から心をオープンにすることなく、相手にはオープンを求めたり期待したりするというのは、主体性や自責の観点が欠落していると言わざるを得ないでしょう。まずは自分から心を開くという率先垂範が大切だと思います。
まずは自分から率先して他者に与えてこそ、初めて自分が望むものを手に入れることができるというくらいでちょうどいいのではないか。私はそんなふうに考えています。
こうした態度で生きていると、何か或る物を自分は与えられておらず不満だということもなくなってきましたし、むしろ自分が望むもの、いやそれ以上のものを、お客様、スタッフ、会社から受け取っていると強く感じるようになってきています。
このnote記事の作成にしても、「まずは自分の心をオープンにしよう」とする試みそのものだと思いますし、こうした日々の些細な習慣が、少しずつ自分を変えていっているように感じています。
おわりに
今回も最後までお読みいただきまして誠にありがとうございます。
日々少しずつ閲覧数やリアクション数、フォロワー数も増えてきて嬉しい限りです。今後も最低週1回の更新を目指して頑張ってまいります。
あえて本の要約といったことはメインとせず、私なりの観点から面白いと思った箇所の共有という限定的な内容にしております。それが少しでも皆様の記憶に残り、日々の読書体験の深まりや具体的な行動・実践に繋がるのであれば幸いでございます。
今後とも宜しくお願い致します。
いいなと思ったら応援しよう!
応援誠にありがとうございます!
いただきましたチップは今後のクリエイター活動に役立ててまいります!