お笑い賞レース全般への興味が…
先日行われた『キングオブコント2025』。
トラブルもなく無事に終了し、ロングコートダディが優勝を果たして幕を閉じた。
が!!
毎年のように書いていた【note】での私的感想の執筆を今年は諦めた。
なぜか?
見て、
感想書いて、
【note】にアップして…
という行為に疲れた
これだけ。
お笑いの専門家でもない自分の感想など、誰も求めていないことに気付くのに3年かかった。
今までは掟上今日子よろしく「備忘録」的な使い方をしていたが。
ネタの内容も、点数も、結果も、もっと有名な誰かが書いている。
それを見ればいいだけだ。
大会をチェックすることに時間を使うことがもったいないと思い始めた。
というか、テレビを見ること自体がめんどくさくなってきている自分がいるのもある。
もちろん、仕事上必要な番組や興味のある番組、アニメなどはチェックし続けているが。
なぜ、どこもかしこも似たりよったりの番組をチェックしないといけないんだ?
芸人の首だけすげ替えた北関東のお店の食レポをいつまで見続けないといけないんだ?
年齢を重ねるうちに、だいたいのパターンが見えてきてしまっているのよね…。
ネットで見つけた衝撃映像をテレビで流して。
それをまたユーザーがキャプチャーしてネットに投下する…。
そんな堂々巡りのやつを見て楽しいのか?
時には優秀なバラエティ番組があり、優秀な企画もあるけれど。
イケメンが壁ドンする…みたいな。
アイドルがキス顔披露…みたいな。
どこかで似たような「首すげ替え番組」を確認する人生に疲れてしまったのだよ。
現在、家の机にはまだ中身を見ていない、焼いただけの3枚のブルーレイがずっと置かれたままになっている。

結果を先に知ってしまったことで、大会を確認する興味を失ってしまった…というのもあるが。
ここで出演&活躍&優勝しているお笑い芸人さんの名前を知ったところで、現在の仕事にまるで活かしようが無いのも原因である。
ネタ出しで「旬なお笑い芸人ゲスト案」というのが毎週ある番組に携わっていたら、おそらく喜んでチェックしていただろう。
ただ、それが必要のない環境にいると…まるで興味が無い番組になってしまう。
そして、おそらくはどこかで見たようなフリップ芸とか。
どこかで見たような漫才とか。
器用貧乏な漫才&コントとか。
1年で忘れてしまうようなネタを確認したところで笑えないな…と。
今回の『キングオブコント2025』…。
ひと通り中身をチェックしたものの、腹を抱えて笑った…というネタが正直1つも無かった。
そして、披露されたネタは次回見たら全然笑えないネタになっているだろう。
「初見」に全てを賭けてしまっているようなネタばかりなのかな?
(劇場で磨いてはいるので、ファンにしてみれば「あのネタか!」なのだろうけど)
『キングオブコント』の歴史上で何度見ても面白さが褪せない傑作…。
自分としては
バンビーノ
「ダンスィングフィッソン族」
ドブロック
「大きなイチモツ」
ぐらいだ。
これはオチを知っているのに何度見ても「くらだねー!」と笑えるネタだと感じている。
『FNSラフ&ミュージック』で、山崎育三郎&尾上松也&城田優らとコラボした「大きなイチモツ」は…今でも年に1〜2回は見て爆笑している。
コントとしてこれほど完成されたネタは、後にも先にも無いんじゃないかと思えるぐらい面白い…と思っているので。
今後、年末の『M-1グランプリ』だけは書くかもしれないが。
その時になってみないと分からない。
思うに。
【お笑い】というのは、生活が安定している人の娯楽としては機能していると思うが、生活が不安定な人がお笑い番組やネタを見ても、正直笑っている場合じゃないのよ。
「心が満たされる」というのは現実生活で腹が減っていない人や、将来への不安をまるで感じていない若者たちの傲慢にさえ思えるようになってしまっている。
笑いで腹は満たされない。
心が満ちても腹は減る。
中高年は笑ってる場合じゃないんですわ。
同情するなら生活費をくれ…。
