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小論文・志望理由書に比喩表現は必要ないが、比喩表現についてあえて話をしたい!

更新日:2025/01/15

 小論文・作文指導者の〆野が普段の添削・採点指導で教えている、文章作成における基本事項を紹介するのが、このシリーズ【文章作成の基本】。

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(〆野の自己紹介はこちらから見られます。)


小論文・志望理由書で「比喩表現は必要ない」が、「比喩表現について」あえて考えたい。

 結論から言えば、「小論文や志望理由書を書くのに比喩表現の仕方を学ぶ必要はない」と、私は考えています。このアカウント及び記事は、「中高生のための、小論文や志望理由書作成における文章作成について」のものですので、この話題について、ここで触れる必要はないと当初は考えていました。しかし、あることに気付いたときに、比喩表現について若干触れた方がいいのかなと思いました。それは「たとえ話」と「実際例」が区別できてないということです。

 ある小論文の問題で「あなたの具体的な体験や見聞を踏まえて、意見を述べなさい」とありました。しかし、ある生徒の答案を見ると「たとえば、学校で授業を受けているとして……」と書いてありました。「……(し)ているとして」と仮定している時点で、その話は「あなたの具体的な体験や見聞」ではなく「たとえ話」であるということになります(他に「具体的な体験や見聞」を挙げていればよかったですが、あいにくこの答案にはそれがありませんでした)。よって、この答案は、残念ながら問題文の指示に従っているとは言えません。ですが、この生徒はまさか「たとえば……」と書き出すことで自分の具体的な体験や見聞を述べている「つもり」でいるのかな、とも思いました。もしそうだとすると、この生徒は、「たとえ話」と「実際例」の区別がついていないということになります。「比喩表現の一形態であるたとえ話」と「自分が実際に体験した事例」とを混同しているのだとしたら、これは少しまずいことです。そこで、ここでは比喩表現についてお話ししたいと思います。

小論文・志望理由書で「比喩表現は要らない」明確な理由。

 さて、そもそも比喩表現とは何でしょうか。辞書にはこうあります。

ひ‐ゆ【比喩/×譬喩】
ある物事を、類似または関係する他の物事を借りて表現すること。たとえ。→比喩法
[類語]たとえ・形容・擬人・象徴・比況・縮図・たとえば・直喩・明喩・隠喩・暗喩・諷喩・寓喩・提喩・換喩・声喩・メタファー・アレゴリー

デジタル大辞泉 小学館

 以上のように、前述の「たとえ話」もまた比喩表現の一つと言えます。ある事柄を説明するに当たって、共通性のある別の事柄を借りてきてその事柄を説明すること、それが比喩表現です。文章作成における技巧的表現法を「修辞技法(レトリック)」と言いますが、比喩表現もその一つです。

 たしかに、そうした比喩表現には他のレトリックと同様、文章内容を読み手に伝わりやすくする効果があります。その点では有用な技法と言えなくもありません。しかし、小論文や志望理由書の作成においては、極力避けるべきだと思います。

 まず、小論文のような論理的文章では、原則用いない方がよいでしょう。なぜなら、レトリックの巧みさ(うまさ)と論理的な説得力とは、ほとんど関係がないからです。つまり、うまいレトリック(うまいたとえ)と論理的な正しさ(論証の正当性)とは別の話なのです。前述の「たとえ話」を例に挙げると、「話をより伝わりやすくする」という点では、それはよいかもしれません(「問題の指示に従っていない」ことを除けば)。しかし、それが「論理的な根拠づけ」になっているかどうかで言うと、全くそうはなっていません。なぜなら、その「たとえ話」は、自分の主張を説明するのに合わせて都合よく自らで仮定した「架空の話」だからです。それが現実に実際あった話ではない、という時点で、その話は論理的な具体的根拠とはなり得ず、説得力を欠いています(だから問題文でわざわざ「具体的な体験や見聞を踏まえて」と指示しているのです)。したがって、小論文のように論理的に内容を展開するような文章では、比喩表現は避けた方がよいと言えます。

(なお、具体例の立て方についてはこちらの記事でも言及しています。)

 また、志望理由書や自己推薦書などの実用的文章においても、比喩表現は余り用いない方がよいでしょう。「私は県大会で獅子奮迅の活躍をしました。」と書いても余り効果はありません。せいぜい読み手に伝わるのは「獅子(ライオン)のように奮闘したんだな」という極めてイメージ的なことであり、かえって話が抽象的になってしまっています。たとえば、読み手(大学や学校側)に自分が県大会でとても活躍したことをアピールして、また読み手からそれに対して評価をしてもらいたいということであるならば、実際、県大会で自身がどのように活躍したのか具体的に説明した方がよいでしょう。自身の活動履歴を具体的に述べた方が、自身のアピールとしては適切です。「絶対比喩表現を使うな」とまでは言いませんが、それに頼って文章を書くのは余り好ましくありません。

(志望理由書では、エピソードは具体的に、そして効果的に述べましょう。)

文芸的文章や日常生活では、比喩表現はとても効果的である。

 もちろん、その文章が、小説やエッセイなどの文芸的文章ならば話は別です。文芸的文章においては、比喩表現は読み手を魅了する一つの装置となり得ますし、話を面白くする「スパイス」にもなり得ます。その点で言えば、「小論文や志望理由書の受験対策」として比喩表現を磨く必要は余りありませんが、より広く文章作成について考えていくと、「うまい比喩表現を作る技術」を身につけていても決して損はありません。

 たとえば、エッセイストやコラムニストの方は比喩表現がうまい方が多いです。私が個人的に「比喩表現がうまい」と思う方はこちらの方ですね。

そもそも日本は再起しようとする人間に冷たい国だとも言われている。
今はそんなことはないと思いたいが、一昔前まで面接に行ったら履歴書の空欄に対し「この間なにやってたの?」と半笑いで尋ねられ、説教された上に不採用という話がよくあった。
確かに(株)自宅のウンコ製造班のチーフとして10年無遅刻無欠勤を達成したことは事実かもしれない。
しかし、そこから抜け出したい意志があるから今ここにいるのだ。

カレー沢薫のほがらか家庭生活 第327回 不惑 マイナビニュース

 上記は、漫画家でコラムニストのカレー沢薫さんのコラムの引用です。これは、長期引きこもりの人が社会復帰しようとしても難しい、ひと昔前の日本の状況について説明しているところですが、引きこもっている状況を「(株)自宅のウンコ製造班のチーフとして10年無遅刻無欠勤を達成した」と表現しているのは面白いですね(笑)。履歴書の話なので、自宅に引きこもっていたところを就業履歴にたとえて表現しています。しかも「ウンコ製造班のチーフ」というところから「家族の中で自分がメインの『生産的なことを何もやっていない(=無職)』担当である」ということがわかります。なかなかこんなパンチの効いた表現は思いつきません(笑)。ここがもし「引きこもっていた」とだけ書いてあったらただの「日本が冷たい国であることの状況説明」ですが、比喩表現を巧みに使うことで笑えるコラムになっています。

(カレー沢薫さんの本は他も面白いので、みなさんにもおすすめします。特に、私のおすすめはこれ。)

 また、こうした比喩表現が思いつく発想力などが、これから実社会で生きる上で必要な「コミュニケーション能力」や「雑談力」を養うこともあり得ます。つまり、こうしたレトリック的発想があった方が、その人の生活を豊かで楽しいものにするし、その人の「人間的面白み」をも醸成すると言えるのです(「論理的にしか話せない人」なんて、「人間としてつまらない人」だとあなたは思いませんか)。

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは『詩学(※これは詩についての本というより、詩を始めとした悲喜劇など文章創作について論じた本です)』の中で、比喩を作る才能について賞賛しています。そして「すぐれた比喩をつくることは、類似を見てとることである」と言っています。これは、以前も上掲の記事で紹介した「アナロジー(類推)的思考」です。これをもって、アリストテレスは比喩を作るには才能が必要だと言っているのです。ですから、比喩表現を磨く真の効用というのは、文章作成でその表現を使うか使わないかに関わらず、類似するものの関係性やつながりに着目できる「アナロジー的思考」を獲得できることにあるのではないか、と私は思っています。

(大学時代に読みました。レポートが課されたもので(笑)。難しい本ですが、小説などの創作に役立つことが書かれています。創作者の方は是非ご一読を。)

 「○○とかけて△△と解きます!」、「その心は?」、「どちらも□□でしょう」といった、たとえば、笑点などで行われる「大喜利」で見られる「なぞかけ」は、まさしくこの「アナロジー的思考」がなければできません。「一見○○と△△の意味が離れているが、その二つの意外な共通項である□□で話を落とす」、ここには、二者を類推する思考が働いています。このようにカレー沢薫さんのコラムもそうですが、比喩の「アナロジー的思考」は日常生活の中にあるユーモアやペーソスを可視化します。受験にはそんなに必要ないかもしれませんが、生きていく上では大事な考え方かもしれません。

まとめ ~論理的文章や実用的文章では比喩は必要ないが、文芸的文章や日常生活では比喩表現が読み手や聞き手を魅了する装置になり得る~

 以上のように、小論文・志望理由書対策としては、比喩表現は余り重要ではありません。むしろ、こうしたレトリックは余り頼るべきではありません。あくまで、論理的に具体的に説明するべきです。ですが、一たび、受験から離れたら、こうした比喩を発想する「アナロジー的思考」は日常において必要ということもおわかりいただけたかと思います。

 しかし、そのためには、文章作成において普段からレトリックに意識的でないといけないでしょう。「たとえ話」と「実際例」を混同しないように、またレトリックのうまさと論理的な正しさをはき違えないようにしてください。

〈引用資料〉
・コトバンク

・マイナビニュース

https://news.mynavi.jp/


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