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G01_「その授業、本当に学校でやる意味ある?」――高校数学で実践する個別最適×協働型授業

「この内容、動画で見たほうが早くない?」


授業中、そんな空気を感じたことはありませんか。

今は、YouTubeで一流の解説が無料で見られる時代です。
数学も、英語も、プログラミングも。
正直、知識を得るだけなら学校に通う必然性は薄くなっています。


では、学校の授業に残された価値は何でしょうか。

一斉授業は、
ある生徒には「速すぎ」、
別の生徒には「遅すぎる」。
多くの生徒にとって、ちょうどよくはありません。

私自身、この4年ほど、数学、iPad、Excel、プログラミングを
ほぼ動画と書籍だけで学んできました。

無料の教材でも、十分に力は伸びます。

だからこそ、考え続けています。
「それでも学校で学ぶ意味がある授業」とは何か。

この記事では、
高校数学の授業で私が実践している
ICTを活用した『個別最適×協働』型の授業スタイルを紹介します。

なお、学校行事や友人関係など、
「学校でしか得られない価値」は確かに存在します。

ここではあえて、
「授業の形」だけに絞って話します。



学校は「何を教える場所」から変わる

文部科学省は近年、
ICTを最大限活用しながら、

  • 個別最適な学び

  • 協働的な学び

を一体的に進め、
「主体的・対話的で深い学び」を実現する授業改善を求めています。

方向性は、妥当だと思います。

問題は、
「それをどうやって教室で形にするのか」です。

理念だけでは、授業は変わりません。

特に数学は、
説明を聞くだけでは理解が定着しにくく、
一方で、完全な個別学習にすると孤立しやすい教科です。

そこで私は、
高校数学の授業で次の仮説を立てました。

「理解は個別に進め、思考は他者と交わす」
その時間配分を、授業の中心に置く。



数学寺子屋スタイルとは何か

私が実践しているのは、
いわば 「数学寺子屋スタイル」の授業です。

教員が一方的に教えるのではありません。
かといって、生徒を放置するわけでもありません。

適度なサポートのもとで、
生徒が自分で考え、他者と学び合う時間を最大化する。

これを軸にしています。

授業の主役は、常に生徒です。

江戸時代の寺子屋での学びのような雰囲気を実現したくて、この命名をしました。


なぜ、この形を選んだのか

理由は、シンプルです。

学習の定着率が高いとされる活動は、
「聞く」よりも、

  • 自分で考える

  • 手を動かす

  • 他者に説明する

といった行為にあります。

ラーニングピラミッド

また、現実の問題は、
一人で完結するものばかりではありません。

  • 分からない点を言葉にする

  • 他者の考えを聞いて整理する

  • 協力して解決策を探る

こうした力は、
教科を超えて必要になります。

そして何より、
「授業を受けた」ではなく
「授業に参加した」感覚を残したかった

これが最大の理由です。


授業はどう進むのか

事前準備

  • 授業用の解説スライドを、事前にTeamsで配布

  • 生徒は、個人端末・教科書・ノートを使用

「予習しなさい」とは言いません。
見ておける人は、見てくればいい。
このくらいの温度感です。


授業の流れ(45分)

1.その時間に扱う範囲を最初に明示

迷子を作らないためです。


2.考え方と例題の概要・要点説明(5分以内)

スライドを用いて概要と要点の解説をします。
この時間は、ノートは取らせません。
聞くことに集中させます。

3.個別・協働演習(約15分)

教科書とスライドを参考に、
自分のペースで整理し、演習を進めます。
生徒は、2.での説明の内容をノートへまとめたり、
ガンガン問題を解いたりします。


4.2回目の要点説明 → 再び演習

個別・協働演習で見えてきた課題に対して、
全体で解説します。
その後、
理解が浅い生徒は復習へ。
余裕のある生徒は発展問題へ。

5.理解度に応じた調整時間(5分)

質問、教え合い、確認。
教室に自然な対話が生まれます。


ICT端末の位置づけ

ICT端末は、
「板書の代わり」ではありません。

生徒の机上では、

  • 動かせる教科書

  • 自由に書けるノート

このどちらかとして使われます。

画面は正直、広くありません。
それでも、生徒は切り替えながら工夫して使っています。

道具は完璧でなくていい。
考える余地が残る方が、学びは深くなる。

そう感じています。

生徒の反応が、授業の手応えになる

この授業を始めてから、
印象的だった生徒の言葉があります。

「先生、
今日の授業、
時間が足りなかったです。」

別の生徒は、こんなことも言いました。

「最初は何をしていいか分からなかったけど、
途中から
自分で進めていいって分かって楽になりました。」

また、こんな変化もありました。

これまで質問しなかった生徒が、友人に説明している

「分からない」を、そのままにしなくなった

早く終わった生徒が、自然に周囲を見始める

劇的な成果ではありません。
テストの点数が一気に跳ね上がったわけでもありません。

ただ、
教室の空気が変わりました。

教員が前に立たない時間に、学びが動く

一斉に説明している時間は、
教室は静かです。

しかし、
静か=理解している、ではありません。

この授業では、
教員が前に立って話す時間が減ります。

その代わりに増えたのは、

ノートを見ながら考える時間

つまずきを言葉にする時間

「どう思う?」と隣に聞く時間

学びが、
教員の声ではなく、生徒の思考で進むようになります。

すべての授業に万能な方法はない

誤解してほしくないのは、
この方法が「正解」だと言いたいわけではありません。

教科特性も、
生徒集団も、
学校文化も違います。

一斉授業が合う場面も、確かにあります。

ただ、
「今までと同じ形で続ける理由」
少しずつ薄れてきているのも事実です。

だから私は、
まず自分の教室で試しています。

これからも、授業は未完成のまま続く

この授業スタイルは、
まだ完成していません。

生徒の声を聞き、
テスト結果を分析し、
「ここは違ったな」と修正する。

その繰り返しです。

ただ一つ、確信していることがあります。

生徒が考える時間を増やすほど、
授業は生き物になる。

学校の授業に、
まだできることはある。

そう信じて、
これからも改善を続けていきます。


学校の授業に、どんな価値を残すか

今は、自力で学べる環境が整った時代です。

だからこそ、
学校の授業は「知識提供」から一歩進む必要があります。

  • 思考が止まったときに、誰かがいる

  • 自分の考えを試せる相手がいる

  • 間違いを言葉にできる場がある

この環境こそが、
教室の価値ではないでしょうか。

この授業スタイルは、
まだ試行錯誤の途中です。

生徒の声、テスト結果、授業中の反応。
それらを材料に、改善を続けていきます。

限られた時間を、
「受け身」で終わらせないために。


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