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私がエストニアに滞在する大事な理由

飛行機で日本からフィンランドに向かった私は、フィンランドに五日間滞在しました。

その後、私はフェリーでエストニアに向かい、一ヶ月滞在することになっています。

日本にいるときも海外にやってきてからも、あらゆる人に「なんでエストニアなの?」と聞かれることが多かったため、ここにその理由を記しておきたいと思います。

旅行の内容についてはこちらから一日目が始まります。


私について簡単に

エストニアに滞在する理由を話す前に、私について簡単に話をさせてください。理由に関わる部分を中心に簡単に記します。

自己紹介にあるように、私は研究の仕事をしている三十代の者です。
いまでは週5日間フルタイムで働き、元気に過ごしていますが、5-6年前まではベッドから起き上がれず、鬱屈とした毎日を送っていました。

調子を崩して働くことができなかった人は分かると思うのですが、期間が長くなると、
「自分は本当に社会復帰できるのだろうか」
「もしかしたら、もう一生まともに働けないんじゃないのか」
という考えが浮かんできます。

私はろくに動けないまま、約十年に渡ってこのような苦しみを感じ続けていました。そして週五日間フルタイムで働く生活を半年続け、病院にもう行かなくなってきたときに初めて「もしかして自分は元気になったのかもしれない」と思えるようになりました。

しかし、時には風邪を引いて調子を崩してしまったり、仕事が忙しくて疲れが取れなかったりという状況になることがあります。これは健康な人でもあることだと思うのですが、以前のことがあるため、「また逆戻りしたらどうしよう」と考えてしまって、気持ちの方から沈んでしまうということもありました。

そんな日々を過ごす中で思い出したのが、一つの記憶です。


一度目のエストニア

上に書いた通り、私は調子を崩してしまった訳ですが、その前は非常に元気な人間で、学生の頃は友人と何度か海外に行きました。

旅行の記憶はたくさんありますが、中でも過労で調子を崩す一年ほど前に行ったエストニアのことをよく覚えていました。

私の記憶の中のエストニアはとても良い雰囲気を持っていて、ファンタジーの世界に迷い込んだような空気のある旧市街、とってもおいしかった黒パンやニシンなど、私の人生の中でもとても華々しい時間でした。

体調が悪く気分がすぐれない時には、エストニア旅行での写真を見返して、元気で楽しかった頃の気分に浸ろうとしたこともあります。ですが、そんな時には大抵このような考えが浮かんできました。

「あの頃は楽しかったなぁ。でも、こんな調子じゃ海外にはいけないだろうなぁ。もしかしたら、もう一生海外旅行になんて行けないのかもしれないんだから」

当時の私は家から五分のコンビニに行くので疲弊していたような状態だったため、再び海外旅行に行けるようになるとは到底思えませんでした。

なので、すぐに写真を閉じて現実に戻る訳なのですが、そんなことをしていると何気なく呟くようなことがあります。

「もし調子が良くなったらまたエストニアにでもいきたいなぁ」

確かそんな風に言っていたと思います。


私がよく見ていた当時の写真


復調に向けて

それから私は気の遠くなるほどの時間をかけて、復調していきます。

復調していく上で様々な心理学ワークをこなしてきたのですが、よくこういう質問に出会います。

【もし調子がとても良くなったとしたら、何をしたいですか?】

様々な回答を出してきましたが、よく書いていたのは「エストニアに旅行に行く」です。

こういうワークは不思議で、何度も書いているうちに本当にその気になってしまったりするもののようです。いつしか私は携帯の時間設定のところでタリンの時間を表示するようになっていました(iPhoneの世界時計という項目です)。

こういうイメージです


回復と旅行

それから私は少しずつ体調を改善させ、最初のエストニア旅行から十年が経つ頃にはフルタイムで働けるようになりました。

その過程も大変なものでしたが、様々な人に助けてもらったことでめげずにやってこれたと思います。

仕事をしているうちに出張や旅行も経験しました。
北海道にも行きましたし、なんと台湾へ行くこともできました。

仕事をこなしていくうちにいつのまにか(近場の)海外にまで行けるようになっていたのです。

そんな私はこんなふうに思うようになっていました。

「エストニアに行きたい! できれば一ヶ月くらい滞在したい!」

調子が悪くなる前に行ったエストニアに再び向かうことで、自分が元気になったのだと確信したかったのかもしれません。

エストニアに滞在したいという気持ちはどんどん大きくなるため、私はお金を貯めることにしました。そして、目標の金額が貯まったことを確認したあと、約一ヶ月の滞在を実現するために休職することを決意します。


念願のエストニア旅行へ

エストニア旅行だけが理由ではないのですが、会社に相談をして私は長期の休職をとることになりました。そして準備の末、旅行に行くことになります。

色々と調べた結果、以下のような経路を取ることにしました。

1. 羽田空港→フィンランドのヴァンター空港(直通便)
2. フィンランド滞在(五日間)
3. フィンランドのヘルシンキ→エストニアのタリン(フェリー)


日本での出発の日、飛行に乗って離陸した瞬間、ふと思いが浮かんできました。

「自分はもう海外旅行に行けるくらいに元気になったんだ。
 長いフライトを経て、エストニアにまた行くことができるんだ!」
 

ちょっとだけ涙が目に溜まりましたが、離陸後すぐに機体が急旋回したので酔ってしまい、それから12時間くらいは大変でした⋯⋯。


そしてフィンランドへ

そんな訳で私はフィンランドに到着する訳ですが、その旅行に関しては以下のマガジンにまとめてあるため、興味があればご覧ください。

短いまとめになりますが、五日間の滞在中、私は全力で動き回り、全力で楽しむことができました!


いざ、エストニア!

フェリーに乗ってフィンランドのヘルシンキから、エストニアのタリンに向かいます。

このタリンこそ、私が長年行きたくて仕方がなかった場所であり、十年以上前の楽しかった思い出が残る地です。

タリンに行ったら元気であるという実感が湧くのではないか。
苦しみ続けた人生がやっと変わったと心から思うのではないか。

そんな風に思って、2時間フェリーに乗ります。
そして降りた時、私は誰にも聞こえないように呟きました。

「タリンに帰ってきたんだ⋯⋯」

胸が熱くなりますが、前回私は鉄道でタリンに来たので港には見覚えがありません。

自分が帰ってきたということは分かっていても、実感は湧きませんでした。
なので、私は急いでホテルに荷物を置き、思い出の地に向かうことにしました。

その場所は世界遺産であるタリン旧市街のヴィル門です。
エストニアのことを思い出す時、とにかくこの旧市街のことを考えていて、見返していた写真もこの場所のものになります。

携帯の案内に従って歩き、旧市街の門を遠目に見た時、今度こそ私は言いました。

「タリンに帰ってきた⋯⋯。やっと元気になれたんだ⋯⋯」

人が大勢いましたが、一筋だけ涙を流し、私は旧市街に入ってゆきました。

この日は眩しいくらいに晴れていて、弱く苦しかった自分と別れるのに最適な日和だったと思います。


私がエストニアに滞在する大事な理由

そんな訳で、私はエストニアのタリンに来ることができました。

改めてになりますが、私がエストニアに滞在したいと思ったのは、元気な頃の自分の象徴だった場所がエストニアのタリンだったからです。エストニアを再訪することで私は自分の回復を実感し、確信したかったのです。

また、調子が悪かった頃に「調子が良くなったらしたいこと」として挙げていたのがエストニア旅行だったので、それを実現することで改めて自分の力を信じることができるようになった気がします。

ここ何年かの間、私にとって「人生で一番やりたいこと」はエストニアに旅行することでした。お金を貯めて、仕事を休んでまでやってきた訳ですが、それだけのことをする価値があったと今でも思っています。

調子が悪かった頃の私にもし声をかけられるとしたらこう言ってあげられたらと思います。

「夢を叶える力がいつか湧いてくるよ」

当時の私だったら耳を塞いでしまうかもしれませんが、それでもやっぱり言ってあげたいと思います。


旅は続く

前置きが長くなりましたが、エストニアの旅行記を書く前に私が滞在する理由を記しておきたかったので、このようなnoteを書きました。

エストニアでの滞在は現在進行中で、半分が過ぎました。

何記事かはこれまで通り日毎に分けて書こうと思いますが、トピックごとにした方が良い部分もありそうですので、記事の形態は変わっていくかもしれません。

ご興味があれば引き続きお読みいただけたらと思います。


エストニア旅行1日目へ

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