『新ソロモンの審判』第9話(全11話)
第9話「容姿に差のある政治家と、三島由紀夫の努力」
ルッキズムの陥穽
ここは王国を統べるソロモン王の執務室。
丘の上に建つ宮殿の最上階にあって、バルコニーからは城下の美しい都が見渡せる。
王の側近であるシバの女王、ミカエル、ベリアルが顔をそろえた。
「前代未聞のないものねだりです!」ミカエルが声を荒げる。
「いにしえから幾星霜を経て今日に至る人の世で、『前代未聞』のことなどめったにあるものではございません」
いつものように静かに制したあとで、シバの女王は訊き返した。
「前代未聞の何と仰いました?」
「ないものねだり、です」とミカエル。
「乱心した権力者が執着する不老不死とか錬金術の類か?」
ソロモンがふざける。
「そのような荒唐無稽な話ではありません。
ある与党の女性議員が、総理大臣をはじめとした現内閣の『ルッキズム』を猛烈に批判しているのです」
解せない表情のソロモンがミカエルに質す。
「総理をはじめ閣僚がそろってルッキズムに陥っているとすれば大いに問題だが、それを批判している議員の何が、ないものねだりなのだ?」
「お世辞にも美しいとはいえないような容姿の女性議員が、ヒステリックにルッキズムを批判している姿をからかっているのですか?」
冗談ともつかない口調でベリアルが言った。
「何て不謹慎な……」
ベリアルの言葉を聞いて、シバの女王がミカエルを睨んだ。
女王の視線を手で振り払うようにしながら、慌ててミカエルが否定する。
「違います。そのKという女性議員は、容姿端麗な人なんです!
学生時代はミスキャンパスの準グランプリに選ばれ、人気ファッション誌の読者モデルとして活躍していた時期もあるほどの人です」
「私はKという議員を知らないが、ミカエルが彼女の容姿をからかっているのではないことはわかった。
では、容姿のないものねだりをするはずがないKは、何のないものねだりをしているんだ?」
ソロモンの問いかけに、ミカエルは言いにくそうに返答した。
「……おそらく、容姿のないものねだり、だと思います」
「……わかるように説明せい」
ソロモンが表情を曇らせた。
「週刊誌などでの憶測ですが……」
とミカエルは前置きしてから説明した。
「先日の内閣改造人事で、Sという女性議員が環境人権大臣として初入閣を果たしました。それは同じように初入閣を狙っていた本日の話題のK議員と争われた椅子でした。
S議員はK議員と同い年です。出身大学は違うのですが、ミスキャンパスのグランプリを獲得して、人気アイドルグループのメンバーとして活躍していた時期もある人、要は、K議員よりも容姿端麗な人だったのです。
そして内閣改造後まもなくして、K議員によるルッキズム批判が、S議員を抜擢した総理や与党幹部たちに向けられました」
「S議員の抜擢はルッキズムによるものだという主張ですね」とベリアル。
「その通りです」
ミカエルが大きく頷いた。
「何にしても、K議員の主張が正しければ、そんな人事は是正すべきです。本人を呼んで事情を確認しましょう」とシバの女王。
首をひねりながらソロモンは女王の言葉に従った。
男女の非対称性の問題
ソロモン王はK議員を晩餐に招いた。
政府中枢のルッキズム批判をしたK議員は、フェミニズムを標榜している著名人や団体から大いに評価され、女性を中心に支持が広がっていた。
多くのメディアに毎日のように露出し、自身の講演や政治資金パーティーの集客力が上がり、各種企業団体のアドバイザーとしての有名無実な肩書が増え続けている彼女は、晩餐に遅刻した。
「申し訳ございません。テレビ討論会が長引き……、討論会で同席した国連大使に……、高速道路が渋滞して……、せっかくの王様のお招き……、車の中でスーツをドレスに……」
と申し訳を長々と述べながら、K議員は遅刻を詫びた。
晩餐用に新調して車の中で着替えたらしいロングドレスの裾と、艶のある長い髪を翻しながら恐縮してお辞儀をし、顔を上げたときには親しみのある笑顔に戻っている一連の振る舞いは、初対面のソロモンを魅了した。
やにさがるソロモンの表情にシバの女王が気を悪くしている様子を横目で面白がりながら、ベリアルがK議員に言った。
「大臣の椅子を逃した代わりに、大変な人気を手にしましたね。
次は入閣も確実でしょうし、ルッキズムさまさまではありませんか?」
「悪い冗談はおよしになってください」
Kの笑顔が冷たい憫笑に変わった。
ミカエルがKの機嫌を損ねないよう注意しながら尋ねる。
「人の主観と客観の相違など微妙な問題も何かとあると思いますが、あなたが今回のS議員の抜擢はルッキズムによるものだと主張されている具体的な根拠は何かありますか?」
「微妙な問題などありません。逆に、根拠は山のようにあります……」
Kはルッキズムの根拠の具体例として、S議員を評価する総理たちの発言を列挙した。
総理「才色兼備のS議員に女性が活躍する時代のアイコンになってほしい」
官房長官「美しすぎる大臣と評判で、政府の支持率もあやかりたい」
幹事長「俺は、彼女のことをアイドル時代から推している」
K議員は大きなため息をつき、ソロモンたちを見渡しながら言った。
「これらはどれも公の場での発言です。
女性が活躍する時代の環境人権大臣に、なぜ総理は『才』だけでなく『色』の兼備を求めるのでしょうか。
また、美しすぎるなどと興味本位で形容するマスコミ、責めるどころか、それを喜んでいる官房長官、ともに猛省を促したいところです。
幹事長に至っては、論外ですね」
「確かに……」
ソロモンは頷き、シバの女王も納得する。
ベリアルは反論した。
「美しいに越したことはないでしょう。
また、それはあくまでプラスアルファで、大臣就任を左右する必要不可欠な条件ではないはずです」
「よく男性が口にされる反論ですが、私たちがルッキズムで最も問題視しているのは、『男女の非対称性』なんですよ。
プラスアルファにしても、中高年の男性議員に、美しさを大臣就任条件として求めませんよね。
政治家に限らず、数多くの職業や日々の社会生活において、ルッキズムによる不当な不利益を被るのは、女性が圧倒的に多いんです」
このとき、K議員が主語を「私」ではなく「私たち」としていることに、彼女を支援するフェミニストたちの影響が強くうかがわれた。
青白い三島由紀夫
K議員を招いた翌日のソロモン王の執務室。
「K議員のルッキズム批判が盛り上がりを見せるなかで、新内閣のイメージアップを担うはずだったS議員の評判は下がる一方です」
ミカエルが報告する。
「こうなると、才色兼備の『色』が悪目立ちしますからね」
皮肉な状況にベリアルが興味を示す。
「S議員もK議員と同じく大臣にふさわしい逸材と聞いています。
美しいことで責められているのであれば、気の毒な話です」
シバの女王が素直に同情した。
自分を魅了したKの笑顔を思い返しながらソロモンは言った。
「K議員とS議員には甲乙つけがたい『才』があった。そこで、総理や与党幹部は『色』のわずかな差をもって甲乙をつけたのだろう。
そして美貌で人気の高いS議員には、新しい内閣や与党の広告塔の役割も果たしてもらおうとしたのだろう。
政府の意図はわかる気もするが、その是非については、正直なところよくわからない。女王はどう思う?」
途方に暮れると、シバの女王に頼るのがソロモン王の常であった。
シバの女王が応じた。
「それならば王様、歴史上の人物のお話を聞いてみてはいかがでしょうか」
ソロモン王は身を乗り出した。
「妙案だ。で、誰を呼び寄せる?」
しばらく思案してから、シバの女王はある先人の名を告げた。
「王様は、三島由紀夫をご存じですか?」
「聞いたことはあるような……」とソロモン王。
王の「聞いたことはあるような」は「知らぬ」を意味する返答である。
しかし、ソロモン王の「知恵」を信じる女王は、「知らぬ」ことなど意に介さず召喚をすすめ、王はミカエルとベリアルにそれを命じた。
その夜の晩餐に、三島由紀夫は霊界から招待された。
シバの女王がソロモン王に紹介する。
「昭和の日本文学を牽引した小説家の三島由紀夫様です」
「早熟の天才として文壇の寵児となり、『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』など多くの名作を生み出したのち、切腹という壮絶な最期を迎えたことでも知られている鬼才です」
ミカエルが補足した。
「切腹とは、中世や近世の日本の武士がしていたハタキリですか?」
想像し、慄きながら質すソロモン。
「時代遅れの男なんですな」
軽口で応じると、三島は部屋中に響き渡る声で哄笑した。
粗野な魅力が目立つ三島だが、晩餐に臨む際の伝統的なテーブルマナーを崩さないきめ細やかな所作が、王や女王の目を引いた。
『本当はとても繊細な人に違いない』
女王は思った。
「あなたは、若いころから豪放磊落だったのですか」とソロモン。
「そうだといいんですが、まったく違います。
学生のころは文士のご多聞に漏れず、勉強はできても体育だけは苦手な、虚弱体質の優等生でした。
小説家になってからも、不健康な心身を象徴する青白い顔がよく似合う、神経質な文学青年でしたよ」
過去を包み隠さず話し、再び三島は哄笑した。
文武両道は必要か?
「では、いつから今のように?」とシバの女王。
「今のように、よくも悪くも図太くなったかというご下問ですね。
三十歳を過ぎて、ボディ・ビルによる肉体改造に成功してからです。
見せかけの筋肉だの何だのと悪口も言われましたが、裸で人の前に出ても恥ずかしくない体になりましたからね。
鏡を何度見ても、見飽きないほど感動しました」
「体育だけが苦手という劣等感から解放されましたか?」
ベリアルが過去を蒸し返す。
「得手不得手はともかく、ほかのスポーツや武道にもチャレンジしてみようと思う意欲につながりました。
少なくとも、慢性的な胃痛からは解放されましたよ」
「確かに、その後あなたは、ボクシング、空手、剣道、アクション映画への出演、自衛隊への体験入隊といった、いわば文武の『武』の領域に積極的に身を投じています」とミカエル。
「高が知れた『武』ですが、努力は惜しみませんでした」
「あなたは文武の『文』の才能に恵まれ、小説家として成功した人です。
それなのになぜ、才能に恵まれず、励んでも高が知れている『武』の世界での努力を惜しまなかったのですか?」
ソロモンが尋ねた。
「私のわがまま。要は、ないものねだり……、かもしれませんな」
そうこたえると、三島は三たび哄笑した。
三島の韜晦とも取れる返答に、ミカエルが食い下がった。
「あなたが『武』の世界に費やした努力は、並々ならぬものでした。
なぜなら周囲は、あなたのあまり上達しないスポーツや武道を大いに嘲笑しました。また、作家業に支障が出るケガや事故のリスクを懸念して大いに反対しました。
それでもあなたは決して諦めず、自己を律し、リスクを負って、たゆまぬ努力を続けたのですから……」
ソロモンが身を乗り出した。
「なるほど。それは浅薄なわがまま、ないものねだりではない。
もっと、切実かつ強烈な動機があるはずだということか……」
ソロモンの言葉を受けて、三島は言った。
「わがままやないものねだりイコール浅薄な動機とは限りませんよ。
『文』に遅れて『武』の世界にも目覚めた私にとっての『文武両道』は、どんなに人から笑われ、呆れられ、叱られようと譲れない、切実かつ強烈なわがままであり、ないものねだりだったのです」
「なるほど。少し、わかる気がいたします」
ソロモンは三島の譲れない『ないものねだり』に一定の理解を示した。
そして、K議員のルッキズム批判についての感想を問うた。
「そのK議員には、S議員に『色』では一歩及ばぬ自覚があり、だからこそ周囲は甲乙つけがたいとする『才』に、勝るとも劣らぬはずだという自負があったのでしょう」
「つまり『才』の優劣よりも『色』の優劣を重視した人事だったと解釈したK議員の不満が、ルッキズム批判につながったということですね」
ミカエルが整理した。
「ええ。とはいえ彼女は、ルッキズムの是非とはまったく関係なく、やはり才色兼備な大臣になりたいはずですよ……」
三島の指摘にソロモンは頷いた。
「少し、わかる気がいたします。貴重なお話を有難うございました」
ソロモンの審判
三島由紀夫の話を聞いた数日後、ルッキズムによる人事を批判するK議員の一件について、ソロモンは王国の君主の名において審判を下した。
それは、総理をはじめ今回の内閣改造人事の人選に関わった与党幹部への厳重注意であった。
ルッキズムによる優遇を求めていないS議員への処分はなかった。
三島由紀夫の肉体美を羨んで眺めたソロモン王は、ミカエル、ベリアル、シバの女王を引き連れてスポーツジムにいた。
タイトなスポーツウェアに着替えた王、ミカエル、ベリアルは、鏡に映る自分の姿に呆然としながら、相当なダイエットの必要性を実感した。
マシーン・トレーニングを終え、ひと休みしながら四人が話す。
三人と違って均整のとれたプロポーションのシバの女王が、腹周りの贅肉を気にしているソロモンに話しかけた。
「王様は今回S議員を大臣に選任した与党幹部に、ルッキズムによる一定の瑕疵があったと判断されたわけですね」
「彼らの発言がそれを裏づけているからな」とソロモン。
ベリアルは納得しなかった。
「幹事長の『推し』発言はともかくも、総理や官房長官が『才』だけでなく『色』の魅力も含めて、S大臣に内閣支持率アップへの貢献を期待することの何がいけないのですか?
有権者はマニフェストのみで政治家に投票するわけではありません。
むしろ、その容姿はじめ、性別や年齢、出自や学歴など二義的なことが、主な支持理由になっているのが現実の社会ではありませんか?」
「総理も与党幹部も有権者の支持理由の現実を知っているからこそ、S議員を大臣に選んだのだろうと私も思う。
しかし、ルッキズムの是非と、それは別の問題だ」とソロモン。
「K議員たちによれば、ルッキズムの一番の問題は、不当な不利益を被っている男女の非対称性にあると……」とミカエル。
「その分、不当な利益も享受しているじゃありませんか?」とベリアル。
「そんな相殺を彼女たちは望んでいないでしょう」とシバの女王。
ベリアルが黙ったところに、一人の容姿端麗な女性が近づいてきて四人に声をかけた。
「あら、みなさまお揃いで」
笑顔のK議員であった。
「議員もジムに? ダイエットの必要はないでしょう?」とミカエル。
「ええ、それは。私のジム通いは、もっぱら美容のためです」
「声高にルッキズムを批判する一方で、ご自身の美容については、余念なく磨きをかけるんですね」とベリアル。
Kの笑顔は冷たい憫笑に変わった。
ソロモンはむしろ、不自然な躊躇や拘泥がなく「美容のため」だと笑顔で口にできるK議員に改めて好感をもった。
ソロモンは三島由紀夫との対話を思い出しながらKに尋ねた。
「仮定の話で恐縮ですが、もし内閣改造時にルッキズム的な優遇を加味すると明言された上で、S議員ではなくあなたが大臣就任を打診されていたら、どうしましたか?」
「謹んでお受けしたと思います」
「その理由は?」とシバの女王。
「大臣に必要な資質において、S議員には劣らぬ自負があるからです」
「それは、才色の『才』のほうの自負ですね」と女王。
頷くK議員に、ソロモンは重ねて尋ねた。
「やはり、才色の『色』による優遇は不当だと?」
「はい。……ただ、私は才色兼備の大臣になりたいと思っています」
「そ、その理由は?」とシバの女王。
「私は昔から周囲に、才色兼備の少女、才色兼備の女学生、才色兼備の女性議員と評され、ある程度それを自覚もしながら生きてきました。
是非でなく、これは才色兼備な女性であり続けた私のアイデンティティーにかかわる問題です。
大臣の資質に『色』は必要ありませんが、今後私が就任するのであれば、才色兼備の女性大臣になりたいと思っています」
(第十話につづく)
(第八話はこちら)https://note.com/sin_sen/n/na8d5c7e7afd9
