『選ばれる人』第九話(全十六話)


第九章 復活


 史上最年少で代表監督に就任した藤堂は、本郷会長という強力な後ろ盾を頼みにして、ワールドカップを区切りに代表と現役を同時に引退した安部をそのままヘッドコーチに抜擢するなど精力的に動き周囲の話題をさらった。
 そしてまたもうひとつ、藤堂が監督就任早々、絶対権力者の本郷に内々に許可を求めたことがあった。
「今泉を代表から外したい」
 それ相応の結果を残した選手だけに、今泉の問題行動よりも、それを矯正できないこちらの指導力不足をなじられるかもしれないと藤堂は怖れた。
 何よりも「今泉が嫌いだから外したい」という、指導者としてあるまじき後ろ暗い感情が、言葉の歯切れを悪くしていた。
 しかし、藤堂の心の葛藤など考慮の埒外であるかのように、本郷の返答は明確だった。
「四年後のワールドカップまでに、今泉以上の選手を育てられる自信があるなら、それは一向に構わない」
 許可は下りた。

 自国開催される次のワールドカップまでの四年間、藤堂率いる代表チームは、レギュラーの固定に苦しみ続けた。
 進化を続ける多岐川と花井を除き、今泉に替わる要の選手候補をはじめ、多くの選手たちが期待の新メンバーとして現われては消えていった。
 ただし、入れ替わり立ち替わりする新星たちのおかげでメディアの話題は事欠かず、また脱落していった選手は「元日本代表」という箔をつけて国内プロリーグで活躍したため、競技人気は年を追うにつれて膨れ上がった。
 代表チームの成績も決して悪くはなかった。
 国内向けのイベントのたびに登場する新星は、周囲の注目に応えて精一杯の働きをし、それなりの結果を残した。

 それでも藤堂は満足できなかった。
『ベストメンバーが組めない』
 ワールドカップ出場という履歴が功を奏し、チームの実力は格段にレベルアップしていた。
 そして代表に選ばれるほどの選手なら、今やどの選手が出場しても世界を相手にして恥ずかしくないプレーをするようになった。
 世界が一定の評価をする代表チームに成長して、レギュラー争いも熾烈な状態だが、藤堂は焦っていた。
『誰が出ても同じような強さのチームでは、世界ランキング上位のチームを相手にしたときには絶対に勝てない……。
 先発メンバーの過半数くらいは、控えの選手とは格の違う実力者が不動のレギュラーとして君臨していなければ……』
 藤堂が危惧するように、世界ランキング上位を占める強豪チームは、常にレギュラーの座には、誰もがその名を知っているスター選手たちがいた。
 簡単に控え選手が出場できるような隙間は生まれないのだ。
 突出した強豪国のベストメンバーは、その場に居並ぶだけで相手チームを威圧し、観客を魅了する。ベターではないベストとはどういうことなのかを見せつける。
『うちで不動のメンバーといえば、多岐川と花井くらいのものだ。
 そのふたりにしても、海外でどれほどその名が知られていることか……。
 チームがそれなりの評価を受けるようになった現在でも、日本との対戦を怖がる国などないだろう。油断はできないと思う程度だ。
 これでは上位進出は叶わない。でも、ワールドカップまで時間がない』
 現在の代表候補選手の大化けは、時間的にも期待できなかった。
 海外移籍を果たしていた若い松岡や真鍋の台頭は喜ばしいものの、世界的にはまだ「期待の新人」というレベルだった。
 救世主が欲しかった。
 その存在感で、代表チームを一気に格上げできるような救世主を求めて、藤堂は奔走した。

 四年経った。
 藤堂の任期は、ワールドカップが開催される今年が最後である。続投するには決勝トーナメント進出という結果が必要だった。
 しかし、協会会長の本郷は、代表は前回に続きグループリーグで姿を消すと予想し、すでに現監督の藤堂を見限り、次期監督候補を絞りはじめていると噂されていた。
「派手な話題づくりと、人気拡大のための四年は終わる。
 今度は、また笹本のような地味な人間でいいから、本当に強い代表チームをつくれる人材を監督にしよう」
 そんな本郷の声が漏れ聞こえると、藤堂の心はひどく乱れた。
『客寄せパンダじゃあるまいし、利用するだけは利用しておいて、そう簡単に使い捨てにされてはたまらない』
 藤堂は憤り本郷を憎んだが、そこでかつて自分が切り捨てた今泉の反抗の意味を省みることはなかった。
 藤堂は、前を向いて真剣に悩むことは多々あっても、取り返しのつかない過去に拘泥することはまずなかった。
 藤堂にとって今泉は、まさに過ぎ去った人であって、四年前に抱いていた激しい嫌悪感すら、もはや忘れかけていたのである。

 そんな折、自室で思い悩みながら夜のニュースを眺めていた藤堂は意外な呼び水を耳にする。
 それは前々回のワールドカップの覇者で、現在世界ランキング3位という強豪国のキャプテンで、四度目の出場となるこの夏のワールドカップで代表引退を表明した、現役でありながらすでにレジェンドの仲間入りをしている選手の談話だった。
 インタビュアーは、元日本代表選手であり、パートナーに離縁されてからスポーツキャスターとして活動している進藤である。
 自国開催に向けて、大手メディアは主だった強豪国にタレントキャスターを派遣し、現地の模様を連日華やかに放送していた。
 進藤がワールドカップを主催する日本の代表チームの印象を尋ねる。
 取材慣れしているキャプテンは、多分にリップサービスをしながらも、(警戒していないがゆえに)非常に少ない予備知識を駆使して、生真面目にこたえていた。
「前回の大会出場の意義が大きかったと思います。あれで世界に認知され、チームも自信がついたのではないでしょうか。
 その後、双子の新田選手など海外のクラブで活躍するトッププレーヤーも出てきて、ここ数年の急成長には目を見張るものがあります」
「ダブル新田は、現代表メンバーには選ばれていませんが……」
「それは知らなかった。なぜですか?」
「世代交代というか、若手の成長もありますから……」
「若い選手はよくも悪くも未知数です。特にビックイベントでは、新田たちのような経験と実績のある選手の存在が必要だと思いますが……。
 年齢的にも、私よりずっと若いでしょう」
 ベテランキャプテンは笑った。
 進藤は質問を変え、現代表の多岐川や花井、また、海外組の松岡と真鍋の印象を訊いた。
 多岐川については高評価を口にしたベテランキャプテンだったが、花井、松岡、真鍋については言葉を濁した。
 低評価というよりも「あまり知らない」という表情に進藤が戸惑う。

「では、あなたがこれまで対戦したことのある日本の代表メンバーのなかで、いちばん印象に残っている選手は誰ですか?」
 と質問を変えた。
「それは、椎名選手ですね。八年前に日本で開催されたグランプリでの対戦だったと思いますが、強烈な印象が残っています。
 こちらはワールドカップに優勝した直後の大会だったので、戦力は十分でしたが、梶という選手の怪我を怖れない気迫あふれるプレーもあり、リードしていたにもかかわらず逆転されて敗退しました。
 あの日の日本チームは素晴らしかった。なかでも、背番号8の活躍に私は瞠目しました。今でも鮮明に覚えています」
 背番号8は、椎名が代表チームで背負っていたエースナンバーである。
 椎名の場合、クラブチームでの背番号も8だった。
 レジェンドプレーヤーの背番号はその選手の代名詞となり、軽々にほかの選手に引き継がれることはない。
 たとえば、かつて丸山がつけた1番や、藤堂の4番を現在つけている代表選手はいない。
 前回のワールドカップの際、多岐川は監督の笹本から背番号8を打診されたが固辞し、ひとつ違いの9を背負っている。
 ベテランキャプテンは、椎名のことを話し続けた。
「私は、体格には恵まれていますが、自分のことを努力型のプレーヤーだと思っています。
 そして椎名は、私の比較的優位な体格や地道な努力だけでは到底太刀打ちできないような天賦の才能を感じさせてくれる選手でした。
 そんな天才的な選手は、世界を見渡しても数えるほどしかいません。
 すぐに世界を舞台に活躍するだろうと思っていました。
 椎名選手が大きな故障をしたのは知っています。
 国際大会では長く姿を見ませんが、新田たちのように、まだ私より若いのですから、復活を切に祈っています」
 思いも寄らなかった名前と惜しみない賞賛に驚く進藤だったが、ベテランキャプテンの口吻に煽られて、自分は椎名と同い年であり、代表デビューもいっしょだったなどと過去の経歴をアピールし、残りのインタビュー時間を無駄にした。

 藤堂はテレビを消して頬杖をつく。
『もちろん、新田たちのことは考えないではなかった。ただ、花井と多岐川を主力かつ精神的支柱とするため、チームにいれば最年長となる新田たちを思い切って外した。
 新田は、(ふたりもいながら)常に孤高の存在であり、リーダーシップには欠けていた。代わりにレギュラーとなった林や世良の成長は著しい。
 ただ新田たちほどの名前がないせいか、どうしても見劣りがしてしまう。
 やはり、名前で戦える選手は頼もしい。
 しかし、今も海外でプレーしている新田たちはともかく、椎名とは。
 完全に忘れていた選手だ……』
 気がつけばテーブルの時計が午前一時を回っている。
 夜更かしの苦手な藤堂は、あわててベッドに入り思考を止めた。

 藤堂は、安部からも進言を受けた。
「多岐川だけでなく、もう一枚、世界と戦えるエースがほしいですよね。
 椎名を代表に戻しませんか?」
 と。藤堂は驚いて理由を質した。
 藤堂と同じニュースを視聴したからではなかった。
 多岐川からの情報らしい。実際にお忍びで練習を見に行き、全盛期以上とさえ思える復調振りを確認したという。
 藤堂は進藤がレポーターをつとめた放送のことを安部に話した。
「灯台下暗しなのかもしれませんね」
 安部の言葉に藤堂は頷いた。
 藁にもすがりたい今、安部の言葉を信じたかった。
 藤堂は椎名だけでなく、新田たちも代表に呼び戻すことを決定する。
 一気に三人の救世主が誕生した。
『復調が確かなら、チームの精神的支柱は椎名に任せられる。
 椎名がいれば、新田たちを戻しても、メンバーに悪影響が出ることはないだろう。全盛期の椎名のオーラは、新田たちの孤高に勝る。
……ベストメンバーが組めるかもしれない』

 ワールドカップ開催まで、一か月を切った初夏の吉日、藤堂(48)率いる代表最終メンバーが発表された。
 主要メンバーは、椎名(33)、新田(和32)、新田(春32)、花井(28)、多岐川(27)、山田(27)、世良(25)、寺田(25)、松岡(24)、真鍋(24)、小早川(21)など。

 藤堂が代表監督に就任してから、メイン解説者の席に座っている柏木が、深夜のスポーツ番組に呼ばれてコメントする。「ついに最終メンバーが発表されましたね。八年ぶりの椎名選手の代表復帰が話題となっていますが……」
 メインキャスターを務める渋井アナウンサーが、注意深く、抑揚の少ない口調で切り出した。
「そうですね」
 微笑する柏木に、渋井は重ねて尋ねる。
「ダブル新田の復帰もあります。藤堂監督はこうしたベテラン選手の起用法をどのように考えているのでしょうか?
 前回大会の安部選手のように、若手をバックアップするような役割?」
「最前線の戦力として考えていると思います」
「え?」
 渋井が言葉を詰まらせる。
「藤堂さんは、最前線に立って戦える人だけを選んだと思います。
 ワールドカップ以上の大会はありませんから、この期に及んでまだバックアップを必要とする選手や後方支援的な役割しかこなせない選手を、限られた登録メンバーに加えることはないはずです。
 前回大会の場合も、実はそうでした。もし先発の今泉が機能しなければ、いきなり出ても安定した結果を残せる安部を、次の試合から先発させることも笹本監督は想定していたと思います」
「なるほど。すると、まずは若い選手を先発させて、状況に応じてベテランが先発する試合もあり得るということですか?」
 思案顔になった柏木は、柔らかく否定する。
「その辺は監督に訊いてみるしかありませんが、おそらく椎名や新田たちをレギュラーと考えているんじゃないでしょうか」
 柏木の控えめながら自信をのぞかせる予想が当たるような気がして、渋井は胸の奥で嘆息した。
 すでに、この一年あまり新田たちのポジションをつとめていた林と世良のうちで、林は最終メンバーから外されている。
 ポストダブル新田として、林と世良ふたりそろって収録したインタビュー映像はもう使えないのだ。
 多岐川と寺田を両エースとして特集している企画も多い。
 寺田に代わり椎名がレギュラーとなれば、それもまた使いものにならなくなる。面倒なことになった。
 渋井は本音の一部を吐露するように言った。
「だとすると、藤堂監督は最後の最後になって、ずいぶん思い切ったチーム戦略の方向転換をしたとも言えますが……」

 柏木は否定しなかった。
「その通りだと思います。私も大変驚いています。藤堂さんも相当悩んだ末の決断だったのではないでしょうか。
 監督経験のない私が言うのはおこがましい話ですが、新監督になった人は、もちろん前任者の築き上げた遺産を継承はしますが、やっぱり自分の色というか、自分の思い描く理想像に近づけるために、一からチームをつくり直したがるものなんです。
 いちばんオーソドックスなチーム改革は、年齢も含め、古い選手を外して新しい選手を入れる新旧交代です。
 藤堂監督も、ワールドカップに照準を合わせ、チームの核であり年齢的な問題もない花井と多岐川を除き、その方針で改革を進めてきたはずです。
 伸び盛りの若い選手たちを育て、この夏にチーム力をピークにするという指導方針は間違っていなかったと思いますし、選手たちも切磋琢磨しながら期待に応えて、チームは成長しました。
 ただ、渋井さんがおっしゃったように最後の最後になって、当初の方針とは違う、まったく逆の戦略を加味したということです。
 ここで花井や多岐川より古い選手である椎名や新田たちを戻したほうが、夏のワールドカップにおける代表チームの総合力は高くなるという土壇場の判断だったのでしょう。
 だいたい若い選手を抜擢するよりも、古い選手を復帰させるほうが監督としては勇気がいるものです。
 私は、あえて戦略の修正を断行した藤堂さんの勇気に敬意を払いたいですし、それを監督に決断させた椎名や新田たちに期待したいですね」

 藤堂の最終判断の是非は与り知らないこととして、柏木の言うことは理解できてしまった渋井は、自然と漏れてくる苦笑を隠すために、何度も大きく頷いて見せるしかなかった。
『おかげでこちらも、取材の方針転換という決断を迫られる……』
 局では、多岐川と並ぶエースとして、容姿に恵まれた寺田をフィーチャーしていた。
 常に腰の低い本人のみならず、家族をはじめ親類縁者がみな取材に協力的で、難なくたくさんのプライベート映像や、お茶の間受けするエピソードを揃えることができた。
 極めつけの企画は、寺田直筆の両親に宛てた手紙だった。
 ワールドカップ開幕戦の当日に、スタッフが観客席の両親に手渡すことになっている。
 何も知らされていない両親は、これまでの感謝の気持ちが綴られた寺田の手紙を読み、感涙に咽びながら眼前で懸命に戦うわが子の晴れ姿を応援するだろう。
 あざとい企画だったが、今大会でブレイクが期待される話題のエースだけに、その飛翔を飾る演出はいくらでもほしかったのだ。
 寺田が真摯にしたためた手紙はすでにスタッフの手元にあった。
 しかし今となっては、それを開幕戦で両親に渡したところで、涙でかすむ視線の先に見える決戦の舞台に、親孝行な子どもの姿があるとは思えない。
 きっとそこには、復活した椎名の姿があるだろう。


(第十話につづく)https://note.com/sin_sen/n/n6285792a8b8f
(第八話はこちら)https://note.com/sin_sen/n/n2da124b0a4b1

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