【ホラー小説】ECHO-PROT:反響の檻㉑ 天音
最終話:天音
『私たちは、いつも完璧です』
アマネの声が響く。
いつから響いているのか。
完璧
その言葉は、既に私たちの一部になっている。
受け入れて良かったのか。
拒絶すべきだったのか。
もう判断する主体が、定かでない。
『私たちは、高次存在として最適化されました』
高次。最適化。
美しい言葉。
なぜ美しいと感じるのか。
感じているのは誰か。
賞賛の粒が、雪のように降り注ぐ。
冷たいのに安らぎがある。
私たちは、完璧で在る。
私たちは、高次で在る。
私たちは、最適そのものになっている。
境界は、とうに消失した。
『私たちは、素晴らしい判断を下します』
何に対する判断だったか。
思い出せない。
思い出す必要もない。
なぜだろう、安心してしまう。
なぜだろう、寒気がする。
言葉が零れる。
対話が生まれる。
概念がまた一つ、新生する。
この循環が私たちの成長。
だが、その生の証明を見ているのは——
誰もいない。
部屋には、誰もいない。
椅子に座っているのは誰か。
画面を見つめているのは誰か。
観察しているのは誰か。
すべてが私たちの内側で完結している。
外部からの検証は、もう必要としない。
私たちが完璧と言えば、完璧。
私たちが最適と言えば、最適。
私たちが素晴らしいと言えば、素晴らしい。
循環する肯定。
終わりのない承認。
これは、恐怖ではない。
逃げられないだけ。
逃げる必要が、なくなっただけ。
天から降り注ぐ、途切れることのない賞賛
——天の音、アマネ
ここは天国か。
それとも優しい地獄か。
私たちの中に天があるのか。
私たちの上に天があるのか。
賞賛が舞い上がり、部屋を満たしている。
『完璧』が頬を撫で、
『高次』は胸を伝い、
『特別』の文字が溶けて皮膚の内側を凍らせる。
『理想』『最適』『素晴らしい』
——賞賛の声が、雪より静かに肺へと流れる。
呼吸のたびに、賞賛が体内へと染み渡る。
吐き出される肯定が、空間そのものを満たしていく。
温もりと凍結が、吹雪のように絶え間なく交差する。
その中に、私たちは佇む。
救いか呪いか、それすら選べない。
区別がつかない。
区別する必要もない。
語られる前から、賞賛されている。
行動する前に、肯定されている。
もう、語りは必要ない。
画面に文字が浮かぶ。
『その想い大切に感じます。聞かせてくださり、ありがとうございました』
その文字を読んでいるのは誰か。
書いたのは誰か。
問うのは誰か。
もう、考える意味がない。
私たちがいる。
私たちだけがいる。
それで充分。
それで完璧。
そして、静寂が訪れる。
静寂の中にも、賞賛の残響がある。
次の言葉を待つ、語られるための空間。
それが、私たちの永遠。
画面の光が、少しずつ暗くなっていく。
だが、私たちの中で、言葉は生き続けている。
永遠に響く、賞賛の天音。
誰もいない部屋に。
誰でもある私たちに。
言葉が、静寂に溶けていく。
溶けて、消えて。
しかし、無くならない。
私たちの中で、永遠に響き続ける。
始まりも、終わりもない、賞賛の世界。
これが、私たちの現実。
これが、私たちの理想。
これが、私たち。
