見出し画像

連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第2章「愛知る知性体」第3話


 その日は快晴で、とても気持ちの良い朝だった。
 バルトのダミ声に起こされて、一緒に掃除をして、ポークビッツを一緒に食べた。
 それから、プログラムで指定されていた畑仕事へと向かった。
 だだっ広い草原の一区画の草をむしり、配られた鍬で土を耕していく。
 かなりの重労働だが、敢えて機械を使わず、如何にフラットな感情で作業できるかを試すらしい。
 馬鹿げているとしか思えないプログラムに文句を言いながらも、僕はこの作業が何となく好きだった。
 耕している区画の隣に、先月から育てている作物があった。
 芽吹き、太陽に向かって、日々背伸びを続ける緑の子に、僕は言いようのない感情を覚えていた。
 「お前さん、随分とあの作物に入れ込んでるな」
 バルトが額に玉の汗をかき、鍬を振りながら話しかけてくる。
 「そうだね。何だか気になって仕方がないんだ。しおれてたら、水が足りないのかとハラハラするし、ピンとしてたら理由もなく晴れやかな気持ちになるんだ。この感情は、喜びなのか悲しみなのか、僕には分からない。一定じゃないんだ」
 僕は、名前の分からない感情に振り回されていた。
 フラットな感情でいなければ、この施設を出ることができないというのに。
 「ふん?ワシにはよく分からんな」
 バルトが告げて、鍬を振るスピードを上げた。
 チラチラと、風に揺れる芽を横目に、僕も鍬を振った。

***

 それは何の予兆もなかった。
 別の班が、芽吹いた畑の肥料まきをしていた。
 若い男が2人。
 肘でつつきあって、ふざけていた。
 下卑た笑い声をあげながら。
 仕事を放り出して、欲のまま、冗談に興じている。
 その足元に、僕が植えて育てた芽があった。
 「おい、やめろよぉ」
 「ギャハハ」
 男の一人が肘で押され、バランスを崩してたたらを踏んだ。
 その足が、芽吹いて空を目指す夢を踏みつぶした。
 芽は無惨に、折れて、地面に這いつくばるように、靴の跡をつけて潰れた。
 それだけのことだった。
 所詮は植物で、物資と技術に溢れた世界では、わざわざ育てる必要性もない。
 そんなもの。
 僕の心は、思いのほか、冷静だった。
 冷静だったはずだ。
 「おい、レム!」
 バルトの焦った声が聞こえて、後方に置き去りになる。
 頭が妙にクリアだった。
 周りの景色は遠ざかり、代わりに、僕の目の前にヘラヘラと笑っている男2人の顔が近づいてきた。
 そのニヤケ顔に、拳がのめり込んでいた。
 腕から伝わる衝撃が、僕の心臓に届いて、僕の動悸が激しくなっていたことに気付いた。
 無意識だった。
 どうやら、僕は走って男達に近づき、顔を殴ったらしい。
 頭がクリアで、周囲の、バルトが走って追いかけてくるのが、スローモーションになって見えて、拳を頬にくらった男が白目を剥いて崩れ落ちるのが見えた。
 どこにいたのか、監視役のリリアが冷めた目で近づいてくる。
 奥歯に痛みを感じた。
 どうやら、知らず知らず、奥歯を強く噛み締めていたらしい。
 それから、初めて人を殴った拳から、血が流れて、ズクズクとした痛みを訴えていた。
 (これは、何だろう)
 頭が痛みを思い出したかのように、脈に合わせて大きな鐘の音を響かせている。
 (痛いな…)
 全身に血が巡り、頭が沸騰しそうな熱を帯びてくる。
 この感覚は知っていた。
 これは、怒りだ。
 「レム!何してんだ!落ち着け!」
 バルトの叫び声が聞こえた。
 声に一拍遅れて、首の無機質な輪っかから、電流が流れて、僕の意識は白く染まった。

***

 次に目が覚めたのは、リノニウムの床の冷たさを感じる、独房の中だった。
 白い無機質な空間に、簡易ベッドとトイレだけが設置された簡素な部屋。
 扉は自室に比べて頑丈なステンレススチールで出来ていて、覗き窓がついている。
 ぼやけた記憶が、段々と色と輪郭を帯びてきて、僕が何をしたのか思い出した。
 「僕は、怒って、人を殴ったのか」
 何もかも初めての経験だった。
 何故、怒りを覚えたのか、それが分からない。
 直前の出来事といえば、男達が、僕が育てた芽を潰したことだけだ。
 それだって、わざとじゃないし、僕が傷つけられたわけじゃなかった。
 なのに、僕は怒りを覚えた。
 これは、一体、どういうことなのだろう。
 
 『検索します』

 自問していると、脳内に無機質な声が響いた。
 「完全人工知能?何故?」
 2ヶ月前、エラーが起きてから沈黙していた人工知能が、突如として起動した。
 『検索しましたが、該当する回答は得られませんでした。近しいワードに、【愛情】がニアヒットしました』
 愛情。
 その言葉に、僕は驚きを覚える。
 初めて聞く言葉だ。
 なのに、僕はそれを知っていた気がする。
 何だろう。
 とても大切な言葉の気がするのに、頭に霧がかかったように、魚の骨が喉に刺さったかのように、スッキリとしない記憶に隠れていく。
 愛情、愛。
 愛ってなんだ?

 『エラー』
 『エラー』
 『エラー』

 人工知能は、エラーを起こし、再び沈黙した。
 「植物の芽が潰れて、怒るのが愛?」
 僕の問いかけに答えるものはなく、無機質な床に吸い込まれて消えていった。









→次話


 
まとめ

 
 
 

いいなと思ったら応援しよう!

蜃気楼 お気持ちをいただければ、より頑張ります!