連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第2章「愛知る知性体」第4話
その日が訪れるのは、必然だったのだろうか。
感情が薄いヒューマロイドには、決して起こり得ない出来事。
いや、感情が芽生えた僕から見ても、その効果は懐疑的だった。
非効率。
無意味。
手段としては強硬に過ぎるし、到底、目的を達することなどできはしない。
そもそも、目的らしい目的もないだろうと思う。
施設で、反乱が起こった。
***
「何だか、外が騒がしいな」
僕は、独房のスプリングが効いていないシングルベッドの上で、喧騒めいた遠くの音で目が覚めた。
白く塗りたくられた室内は、外界から切り離されたかのようで、僕の関心を満たしてはくれなかった。
鉄製の扉に取り付けられた、小さな格子窓から外を覗いてみても、長い廊下が続くだけで、誰も通らない。
僕は、諦めてもう一度シングルベッドに横たわる。
白い天井を見つめていると、いつの間にか眠っていた。
「おい、レム!起きろ!」
ドワーフのようなダミ声に、微睡む瞼を開いてみると、やっぱりドワーフのような大きく粗野な顔面が、僕の顔を覗いていた。
「やあ、バルト。おはよう」
「おはようじゃねぇ!とっとと起きやがれ!行くぞ」
バルトは急かすように、僕のパジャマの首元を掴み、乱暴に抱き起こした。
「行くって、どこへ?」
状況が掴めない僕は、我ながら能天気に尋ねる。
焦ったようなバルトは、舌打ちをしながら、早口に説明してくれた。
この施設に入れられた人々は、完全人工知能のエラーで連れてこられた。
矯正施設でのプログラムを経てエラーを正し、元の生活へ戻される。
が、少なくとも僕が知る限りにおいて、誰一人として、復帰を達成した者はいなかった。
長い者で、5年はここにいるとも聞いた。
ここでの生活に、不自由はない。
ただし、それは合理的に考えられればの話だ。
合理的に考えられない僕達は、翼を奪われてしまった、大空を求めて泣き喚く鳥だった。
そのひずみは、ゆっくりと、だけど確実に悪意となって侵食していた。
そんなとき、僕はみんなの前で、「人を殴る」という見本を見せてしまった。
気に食わないことがあれば、暴力に訴えればいいのだと、生物本来の本能を呼び覚ましてしまった。
暴力。
それは野生動物にしか宿らないものだと、僕らは教わってきた。
本能を克服した、完全知性体たるヒューマロイドにはない発想。
そうか。
ヒューマロイドたり得ない僕らは、野生に戻るのだ。
これが、人間。
そして誰かが呟いた。
「本物の空が見たい」
きっかけは、それだけだった。
「そんなわけで、今、施設のあちこちでエラー達が暴れ回ってやがる」
渋い顔をするバルト。
僕は、ふと思い浮かんだ疑問をぶつけることにした。
「ねぇ、首輪は?暴れ回るほどの感情の高ぶりに、首輪は作動しないの?」
バルトは、指先で首輪に触れながら、何のことはないとでも言いたげに、ため息をついて答えた。
「なに、単純なことだ。どこまでも冷静に暴れればいい。感情の揺れさえ抑えれば、この首輪は作動しない。失敗して白目を剥いて倒れてる連中も少なくないがな」
***
バルトの先導で、長い廊下を足早に進む。
バルトの言うとおり、そこかしこで職員を殴る者であふれていた。
殴る者も殴られる者も、無表情だった。
ヒューマロイドの職員は、痛みをほとんど感じない。
だから、どれだけ血を流しても無表情に、合理的に無抵抗のまま、「やめなさい。こんなことしても何も変わりません」と、壊れたアンドロイドのように繰り返していた。
僕は、そんな異様な光景に、これまで味わったことのない、不快な気分を覚えていた。
「バルト、どこに向かってるの?」
「施設の中枢さ。そこに首輪を外す鍵のようなものが保管されてるだろう」
バルトは、感情の揺れを上手に抑えることができない。
だから、一刻も早く首輪とお別れしたいのだろう。
僕は、この沸き上がる嫌な気分を必死に鎮めながら、バルトの後を追った。
最初は2人だけだったのに、段々と反乱した人々が合流してくる。
長い廊下を駆け抜け、目が回るくらいに長い螺旋階段を降りる。
その先に、巨大な扉に阻まれた中枢コントロール室があった。
扉は、反乱した人々によって、職員から奪ったであろうカードキーで開放された。
無表情の反乱者達が、壁一面にモニターが取り付けられた室内になだれ込む。
僕は、我先にと押し合う人々に押されて、倒れてしまった。
バルトは、僕を気にかけようとしてくれたけど、人の流れに逆らえず、室内に消えていった。
直後。
連続した破裂音が響いた。
オーケストラの後の儀礼的なスタンディングオベーションのような、そんな乾いた大きな音だった。
そして、室内になだれ込んだ人々が、身体中から血を流して、倒れた。
ほんの刹那の時間だったけど、スローモーションのように時間はゆっくりで、僕は怒ったり泣いたりするべきなんだろうけど、どこまでも感情は凪いでいた。
僕の視線の先に、黒い筒のようなものを構えた職員達が、無感動に立っていた。
「リリア」
僕は、その中に見つけた顔見知りの名前を呼んだ。
次話→
まとめ
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