連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第2章「愛知る知性体」第5話
よろよろと、僕だけが立ち上がる。
倒れた人々から、霧雨のように血しぶきの跡が漂っている。
硝煙の匂いと、血の臭いが入り乱れて、僕は螺旋の渦の中で取り残されたような虚無感を感じていた。
反乱の結末など、存外、あっさりとしたものなのだろう。
機関銃を構えた職員達は、微動だにしていない。
ショウケースの着飾ったマネキンのように、不気味に美しく、そこにあった。
僕は、床を埋め尽くした壊れたマネキンの中に、全く美しくない、ドワーフの亡骸を見つけた。
青い空を見たかったのだろう。
その光を失った虚ろな瞳は、地下にありながら真上を見つめていた。
まるで、冷たく無機質な天井を透かして、青く澄んだ空を見ているように。
バルトとの日々は、楽しかった。
これまでの人生で味わったことのない、重厚で、濃密な、そして軽快な日々。
人と会話するということが、こんなにも楽しいのだと知った。
僕は、バルトから感情というものを学んだのだ。
もっと、話したかった。
これまで学んだ結論から、こういうとき、ヒューマロイドではない人間は、涙を流して死を悼むものなのだろう。
だけど、僕は、自分でも驚くほど、落ち着いていた。
心の中は凪いで、冷たい視線で、ただの死体と化したバルトを見ていた。
ヒューマロイドだった頃と同じように、冷え切っていた。
***
「レム、おめでとうございます」
突然、リリアが場違いな祝福を口にした。
僕は凪いだ心のまま、顔を上げる。
「銃を向けられ、友を失い、自らも死に切迫しているにもかかわらず、あなたは感情を抑制できている。そう、ユグドラシルが判断しています」
職員達は機関銃をおろし、僕を囲むようにして無表情に並んで、乾いた拍手を送ってきた。
「あなた達の行動は、全てユグドラシルが監視していました。あなたは、反乱に参加せず、ただ冷めた目で反乱分子達を眺めていた。あなたはプログラムを修了し、エラーを克服したものと見なされます」
リリアは無表情に、そう告げた。
僕は、無言のまま頷いて、それから静かに尋ねた。
「修了は了解しました。でも、ユグドラシルと接続ができない。どうすればいい?」
リリアは僕をコントロール室内へと促し、答えた。
「首輪を」
リリアが指先を僕の首元に伸ばして、首輪をなぞる。
なぞったところを、緑の光が浮かび、カシャンと、乾いた音を立てて首輪が床に落ちた。
何の余韻も感慨もない、あっさりとした開放だった。
「レム。コントロール室のパネルに掌を置いてください。ユグドラシルシステムの再インストールにより、あなたの半年分の記憶はリセットされ、元の生活に戻ります」
リリアが淡々と説明を続ける。
僕は、リリアに言われるまま、掌を液晶パネルに置いた。
***
『エラー。接続に失敗しました』
『エラー。接続に失敗しました』
『ユグドラシルシステムの再インストールを実行します』
『…………』
『再インストールしました』
『あなたの識別符号を入力してください』
頭の中に響く機械音声に、僕は答える。
「レム。Rem0420」
『識別符号を確認しました』
『ユグドラシルシステムに接続します』
『おかえりなさい。レム』
『記憶と感情抑制に深刻なエラーが発見されました。リセットしますか?』
「中止する」
『リセットを中止しました』
「施設権限を職員用に変更」
『パスワードを入力して下さい』
「Lilia0206、khptkanem」
「レム、何故私のパスワードを」
『認証しました。権限を職員に変更しました』
「レム、何をするのです」
リリアが異常を検知して、僕に詰め寄る。
僕は、無視、システムに命じる。
「反乱による異常が発生。施設のセキュリティをリセット。最高権限者以外の権限を一時無効」
僕がシステムに命じると、施設の電灯が落ち、辺りを暗闇が襲った。
「やめるのです、レム」
リリアは、淡々と進める僕の意図を図れず、混乱している。
他の職員も、暗闇の中で判断出来ずに動きを止めている。
持っている機関銃も、権限がなければ使えない代物だろう。
その権限を、僕は剥奪した。
そして、僕は館内放送をオンにする。
「コントロール室を占拠した。開放を望む者たちは、集結せよ。君たちの首輪は無力化した。君たちは、自由だ」
遠くから、怒号のような歓声が聞こえた。
***
僕はこれまで、機会がある度にリリアを観察した。
リリアの後をつけて、認証のための識別符号を呟くのを盗み聞きしていた。
別に反乱や脱走を意図していたわけではないけれど、電撃を幾度と浴びせられた、その意趣返しのつもりだった。
まさか、こうして反乱が起こるとは思っていなかったし、さっきまでこの識別符号が役に立つなどと確信してもいなかった。
僕が放送を入れてからは、早かった。
2千人を超える収容者達は、コントロール室に殺到した。
権限を奪われ、機関銃を使えなくなった職員など、何の抵抗も出来るはずがなかった。
リリアたち職員は、解放に沸き立つ人々に縛り上げられていた。
僕は、彼等から代わる代わる賞賛を浴びせられた。
だけど、僕は、バルトの亡骸を前にして、立ち尽くしていた。
状況が落ち着いてくると、凪いだはずの心が、少しずつ白波を立て始めていた。
どうして、彼は死ななければならなかったのだろう。
どうして、僕は彼と過ごす日々を楽しく思っていたのだろう。
答えの出ない疑問がグルグルと頭を巡り、僕は荒野に立つ枯れ木のように、ふるふると指先を痙攣させながら亡骸の瞼を閉じた。
指先に、まだ温もりを感じて、僕の頬を何か生温かいものが一筋流れていった。
「レム……バルトのことは残念だった」
同じ作業班だった男が、僕の肩に手をかけて、言葉をかけてきた。
残念とは、どういう意味だろう。
『ユグドラシルのデータベースは検索できません。レムの記憶ベースから、最も相応しい説明を検索します』
突然、ユグドラシルシステムが起動し、何か検索しはじめる。
『ヒューマロイドシステムが確立される以前の、人間の関係性に近しい結果を発見しました』
システム以前の人間に関する情報。
そんな古い情報は検索できなかったはずなのだが。
『あなたとバルトのケースは、人間でいうところの【友人】を指します。そして、あなたが感じている感情と完全に一致する言語はありませんが、ニアヒットに【愛】が該当しました』
愛。
植物を駄目にされて、人を殴るのが「愛」。
友人を失い、叫びたいような、走り出したいような、蹲りたいような、殴りたいような、バルトとの思い出が、目まぐるしく頭の中を何度も繰り返されて、思い出し笑いして、声が浮かんで、また笑いかけてほしいと、そう混乱した感情が、愛。
愛とは、何なのか。
『検索途中、エラーが発生しました。システムによって、閲覧制限が課せられました』
愛。
そうか、僕は。
バルトとの日々に、愛を感じていたのか。
それから頬を流れたのは、涙。
僕は、愛を失って、泣いていたのか。
***
「ぐ」
潰れたような声に、意識が戻る。
見ると、職員の一人が、反乱者の一人に刃物で刺されていた。
目を見開き、口から血を流して事切れた。
「お前等のせいで、5年も苦しめられた。その報いを」
怒りの形相で、反乱者が呟く。
そして、その凶刃がリリアに向けられた。
このままでは、リリアも殺される。
それは何だかとても胸がざわついた。
僕もリリアから電撃を浴びせられていたけれど、その溜飲は、十分に下がっていた。
すると、何故だか分からないが、このままリリアを失うのは、良くないことだという思いが浮かんでくる。
バルトと同じように、リリアと話せなくなるのは嫌な気分になった。
僕は叫ぶ。
「リリア、ありがとう!あなたのおかげで、施設を制圧できた」
理解できないように目を見開くリリアに、僕は少しだけ、胸がすくような思いがした。
→次話
まとめ
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