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連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第3章「笑う知性体」第1話


 人は初めての出来事に際し、進むべき道を見失い、混乱するものなのだと知った。
 荒野には道標など何もなく、正解も間違いも分からない。 
 吹きすさぶ風は容赦なく、旅人の外套を吹き飛ばさんとし、体温を、旅立った頃の情熱を確実に奪っていく。
 そんなとき、人々の目に宿るのは、縋るような祈り。
 自分以外の何か大きなものを求め、期待し、焦がれる。
 きっと、それは人が完全人工知能という炎を手に入れる以前の、不完全な人間であったころ、当たり前の光景だったのだろう。
 だとすれば、人間は、どのようにこの試練を乗り越えていたのだろうか。
 ヒューマロイドは、人間であることを嫌い、感情を克服し、排除した。
 完全人工知能が全ての答えを用意してくれる。
 安全な道を、方法を。
 従っていればいいし、それ以外の選択肢など、思いつきもしなかった。
 突然、選択肢が無限に目の前に現れたとき、何を選び、どこへ進むべきなのか分からなくなる。
 かつての人間は、これが当たり前だったのだ、
 だとすれば、人間とは、本当に欠陥生物だったのだろうか。

***

 「レム」「レムさん」「レム!」「レム?」「レムの旦那」「レムさま」「レムー」「レム殿」「レム」
 
 顔と名前が一致しない有象無象が、僕の名前を呼んで、その縋るような瞳を一心に向けてくる。
 怖い。
 僕は、ユグドラシルではない。
 正解など知らないし、誰かを導けるほどの強さも知識もない。
 
 「レム。私からユグドラシル接続権限を奪ったのです。責任を取りなさい」

 リリアは変わらず、厳しい視線を向け続けている。
 僕は、ただ、バルトと楽しい日々を過ごしたかった。
 それを理不尽に奪われて、ちょっとした復讐を果たしたに過ぎない。
 これは、望んでいなかったし、予期しない結果だった。

 反乱の日、中枢コントロール室を占拠した。
 その権限は、他でもない僕が奪った。
 すると、首輪から解放された人々は、本物の空を見上げて、歓喜した。
 それから、ふと我に返って、戸惑いはじめる。
 『これから、どうしたらいいのだろう』
 この施設が占拠されたことは、ユグドラシルを通じて、ユグドラシル管理局の職員達に知られていることだろう。
 このまま留まっていては、また蜂の巣にされる未来が待っている。
 そうした未来への不安が蔓延した頃、皆が僕を頼りはじめた。
 何故、僕なのか。
 それは、僕が機転を利かせて中枢コントロール室を乗っ取り、ユグドラシル接続権限を職員から奪い、その職員の一人を味方に引き込んだことが評価されてのことらしい。
 引き込んだ、というのは少々、語弊があるけれども。
 当のリリアは、最初は拒否反応を示していたが、ヒューマロイドらしく、合理的な判断によって、僕等側につくしかなかったのだろう。
 そして、僕は祭り上げられた。
 誰かが言っていた。
 このように皆を導く者を、人間だった頃は、リーダーと呼んでいた、と。
 僕は、反乱分子のリーダーになったのだ。
 望んでいるわけではなかったけれど、このままいたずらに時間を浪費したところで、死ぬだけだった。
 僕は、特に理由などないのだけど、死にたくはない。
 もう、痛い思いもしたくなかった。
 だから、僕は提案した。

 「中央、ユグドラシル管理局に行こう」

***

 無謀だと、誰もが言った。
 確かに無謀なことだと、僕も思う。
 管理局には、多くの制服の職員たち、ヒューマロイドの中でも、特に優秀な人材が集められている。

 「知っての通り、私のような職員は、身体能力、知能が高く、旧時代の知識へのアクセス権限も有しています。おそらく、あと8時間もすれば、体制を整えた職員達が、鎮圧の手段を講じにここまで来てしまうでしょう。そうなれば、生き残る可能性はありません」

 リリアが、僕の後押しをするように、淡々と残酷な事実を告げる。
 だからこそ、先に動く必要があると思う。
 それに僕は、その旧時代へのアクセス権限こそが、今の僕等に必要なものだと考えた。
 僕等は、ヒューマロイドから人間へと退化したに等しい。
 なのに、僕等は『人間』というものに、あまりにも無知なのだ。
 何故、人間はヒューマロイドになったのか。
 旧時代の人間は、どのように感情と向き合い、発展することができたのか。
 僕等は、それらを学び、これからの身の振り方を考えなければならない。
 それに、僕がバルトに抱いた愛という感情の正体を、何故だか無性に知りたいのだ。
 そうでなければ、また何かを失う、あの感覚に、次は耐えられる気がしない。
 
 「だから、僕等は、人間や感情を詳しく知る必要があるんだ」
 
 僕の説明に、皆は困惑しながらも、やがて輝きを増した瞳で頷いてくれたのだった。
 
 「しかし、ユグドラシルはあなたの状況を把握しているにもかかわらず、何故、あなたの接続権限をそのままにしているのでしょうか。通常であれば、危険分子とユグドラシルが判断すれば、権限を取り上げ、廃人にすることも可能なのに」

 リリアの不穏な疑問に答えられる者は、僕を含めて誰もいなかった。
 







→次話

 

まとめ




 
  
 
 
 
 

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