連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第3章「笑う知性体」第2話
パラパラパラ
太鼓のような乾いた音が響いている。
夜のように暗い視界の中で、コーヒーの香りを嗅いだような錯覚がして、そんなわけがないことに気付いて、鼻から息が漏れる。
パララパラパラ
開くことがない夜の帳の中で、精一杯手を伸ばして、探す。
すると、濡れていないアイスコーヒーのような冷たいものに、手が触れる。
僕は、ほぅっと息を深く吐いて、安堵する。
「…………………」
声が聞こえた。
「…………………」
僕も何か話している。
でも、ハッキリと聞き取ることができなくて。
2人が笑った気配がして、気付くと僕は立ち上がって、どこかへと歩き出していた。
どこへ行くのだろう。
どこへ行かなければいけないのだろう。
「…………待ってて、リア」
誰のことを言っているのだろう。
パラララララ
頭の中に靄がかかって、僕は、大きくなる太鼓の音に導かれて、暗闇の中に進んだ。
***
「レム。交代の時間ですよ」
目を開けると、車の窓の外からリリアが声をかけてきた。
綺麗だった赤いロングヘアーは、砂埃にまみれていて、どことなく疲れたような顔をしている。
「あまり見ないでくれますか」
僕の不躾な視線に、不機嫌そうな目でリリアが抗議してくる。
「ごめん。代わるよ」
僕は、軋む肩と腰の悲鳴を無視して、ドアを開けて外に出る。
灯りのない荒野。
夜の帳は降りて久しく、満天の星空がそこにあり、星々は競うように瞬いていた。
見回すと、他にも多くの車が停まっており、暗い中でも分かる疲れた表情の人々が眠っていた。
何人かは車から降りて、自動小銃を肩からかけて、見張りをしていた。
僕に気付いた若い男性が、片手を振ってくる。
僕も軽く手を振って返し、リリアから銃を受け取る。
「今のところ、こちらに近づいてくるものはありません。小細工が効果ありましたね」
「小細工はひどいな。精一杯、考えたんだよ」
僕等は都市を目指して、車列を組んで施設を出発した。
だけど、馬鹿正直に都市に繋がる道路を進んでいては、施設に向かってくる制圧隊とかち合ってしまう。
そこで、敢えて都市の反対側から出発し、舗装されていない荒野を迂回してきた。
最後部の車に、施設で使っていた畑の土をならすレーキを取り付けて。
間抜けで素敵なその外装は、車のタイヤ痕をかき消して、時間稼ぎに貢献してくれているようだ。
もちろん、痕跡を丁寧に探せば、すぐに分かってしまうものだから、単なる時間稼ぎでしかないが。
「合理的な思考しか出来ない連中は、こういう不合理非効率な細工に弱いんじゃないかと思って」
「まぁ、そうですね。的を射てますよ」
リリアは、褒めているのか分からない冷めた口調で言って、車に乗り込む。
「冷えますね」
エンジンを切って闇に潜んでいるのだから、エアコンは使えない。
金属製の車は、外気を効率よく伝えてくれる。
僕は、着ていたコートを脱いで、リリアに渡した。
「レム。今から徹宵でしょう。あなたが着ていてください」
リリアが言うが、僕は首を振る。
「今から、インスタントコーヒーを飲むんだ。それで温まるから」
僕は、背を向けて歩き出す。
「…………ありがとうございます」
リリアが小さな声で呟くのが聞こえた。
相変わらず態度は軟化しないけど、その声は僅かばかりに軽くなった気がした。
***
僕は車から離れ、少し高台になっているところに登った。
「動きはあった?」
僕は、大きな岩に寄りかかる、背の高い男性に声をかける。
振り向いた男性は、色黒で、端正な顔立ちをしていて、確か年齢は僕と同じくらいのはずだ。
名前は、エルクといったか。
施設を脱走する際に知り合ったが、何故だか妙にウマが合った。
数年来の知り合いのように、沈黙が苦痛ではない相手だった。
「3時間前に何台か車が都市から出ていたのを見たきり、追加はない」
淡々と応えたエルクは、顎で視線の先を示す。
遠方に、爛々と輝く都市の光が、キャンドルの炎のように揺れている。
その更に奥に、とてつもなく巨大な樹、ユグドラシルのシルエットが浮かんでいる。
僕は、ユグドラシルへの接続を試みた。
『おかえりなさい、レム。睡眠時間が足りていません。各パラメータに低下が確認されました。十分な休養をお勧めします』
「職員の動きを教えてほしい」
『職員は、通常業務の他、特命業務に従事してい…………ザザ…………エラー。権限が足りません』
ノイズが走り、回答が中断される。
僕の接続権限は取り上げられていないのに、肝心のことについて答えさせようとすると、まるで何かが横から邪魔するかのような、不可思議なエラーが発生する。
この中途半端な状態がずっと続いている。
「ユグドラシルシステムには期待はできないか。さて、どうやって都市に潜入しようか」
「都市の連中は、日々の業務を繰り返すだけで、俺たちの制圧は命じられているまい」
「そうだね。いつも通りの繰り返し。効率的な都市機構だ」
「………何だか、悪い笑みが浮かんでいるな」
「え?そんな顔してた?」
「ああ。感情抑制がないと、人間って考えがすぐに分かってしまうな」
「そうだね。君は僕の考えが分かったの?」
「効率的な中に、エラーが発生することもあるわな」
エルクも、暗闇の中で分かるくらいに悪い笑みをしていた。
「じゃあ、みんなで日常を取り戻しに行こうか」
僕は、何となく楽しい気持ちになって、そう提案した。
次話→
まとめ
いいなと思ったら応援しよう!
お気持ちをいただければ、より頑張ります!