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連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第3章「笑う知性体」第5話


 エラーとなってから、この世は何と不条理なことかと嘆いていたけれど、目の前にあるコレ以上のものではなかった。
 自分が、唯一と思っていた自分の存在が夢のように揺らぐ現実に、僕は思考をまとめることができない。
 保存液と見られる緑がかった液体に満たされ、ユラユラと伸びた髪を揺らした僕は、紛れもなく毎朝鏡で見ていた僕の顔をしていた。
 唯一違うのは、その目を固く閉じて、開く気配がないということだ。
 おそらく、生命活動自体は止まっているのだろう。
 僕は、いわゆるコピーなのだろうか。
 プロトと名付けられているのならば、もしかしたら、今の人類の元になる存在で、僕等はみんなDNAが近しい、家族なのかもしれない。
 僕の思考が、堂々巡りをはじめた頃だった。
 
 
 『ぐあああ!』


 僕の背後で、エルクの叫び声があがった。
 いや、エルク一人ではない。
 エラー達が全員、一斉に声を上げ、そして、白目を剥いて崩れ落ちる。
 否、全員ではなかった。
 僕と、リリアだけが何事もなく立っている。
 「な、これは……」
 リリアは驚愕し、近くに倒れたエルクに駆け寄る。
 エルクの首筋に指先をあて、脈を取っているが、リリアはすぐに目を閉じ、頭を横に振った。
 僕は、その無言の意味するところを理解し、後ずさった。
 「エルク………また、僕は…」

 それから、何人かの脈を同じように確認した。
 だけど、他のエラー達も、同様にその生命活動を終えていた。
 「何で…」
 何もかも、理解を超えていた。
 リリアも無言のまま、目を閉じて俯いている。

 混乱の極みにある僕等の目の前に、小さな女の子がいた。

 それは、何の予兆も、音もなく現れた。
 瞬きの次の瞬間に、そこにあった。
 5歳くらいの、僕の腰くらいまでの身長しかない、金髪のロングヘアーの女の子。
 白い。
 どこまでも白く、存在感がない女の子だった。
 「君は誰だ」
 僕は絞り出すように、枯れた声を辛うじて発した。
 心臓が激しく叫びを上げる。
 ただの女の子ではない。
 女の子は無表情に、僕等を見ていた。
 リリアも僕と同じように、怯えたように目を離せないでいた。
 エラー達が突然倒れたのと、女の子が現れたことが無関係だとは思えなかった。
 僕の問いに、女の子はたっぷりと時間をかけて逡巡し、それから声を発した。
 
 『おかえりなさい。私のレム』

 女の子の口は開いていない。
 だけど、声が響いた。
 その声は、ユグドラシルシステムの声だった。
 
 『さぁ、私の元へ。歴史を知りたいのでしょう?』

 いつもの機械音声よりも、少し砕けた口調だが、どこまでも底冷えするような不気味な声だった。
 そして、出現時と同じように、何の予兆もなく、女の子が消える。
 そして、誘うように、エレベータがその扉を開けて待っていた。
 僕は、未だ震えるリリアの手を取り、扉に向かった。

***

 エレベータに乗っている時間は、一瞬のようだったし、永遠とも思えるものだった。
 重苦しい空気は絶えずまとわりついて、上に登っているはずなのに、まるで奈落の底に向かうような不安があった。
 リリアの手は震えていて、思わず握る手を強くしてしまう。
 それでも、僅かに落ち着いたらしいリリアが、おずおずと見上げてくる。
 「僕と君が生かされた理由は分からない。でも、生きている以上は、足掻かないといけない。…気がする」
 僕がリリアに言うと、無言のまま頷き、リリアの手が握り返してきた。

 150層。
 先程までの陰鬱とした、暗い生産工場とは打ってかわり、そこは、抜けるような青空と、青々とした芝生、色とりどりの花を植えた花壇で構成された、庭園だった。
 外に出たのかと思ったが、よく見ると空にはパネルが敷き詰められていて、僕等が収容されていた矯正施設と同じ、偽物の空だった。
 その庭園の中心、レンガが敷き詰められた広場に、女の子が立っている。
 ゆっくりと、僕等は女の子に近づいていく。
 女の子は、やっぱり無表情で、ただ僕等の接近を待っている。
 明るいところで見てみると、その肌は白く陶器のようで、消えてしまいそうな儚さを持っていた。
 だけど、その存在感は重くのしかかるように僕等をとらえて離さない。
 僕等はこの小さな女の子に、恐怖を覚えている。
 
 『いらっしゃい。私の庭園に。素敵でしょう?』

 やはり女の子は口を動かしていないのに、声が響く。
 「何で、エルク達を殺した」
 僕は、抑えられない嫌悪感とともに、疑念と怒りを吐き出す。
 女の子は肩をすくめながら言う。

 『彼等の体内には、医療ナノマシンが埋め込まれている。そのナノマシンに命じて、血液の循環を逆流させたの』

 女の子が淡々と応える。
 僕が知りたい答えではないことを。
 それが余計に僕を苛つかせる。
 「手段じゃなく、理由を聞いている」
 
 『理由ですね。彼等がエラーだからです。矯正施設にいれば、死なせる必要はありませんでした。ですが、彼等は、こうして都市に押し入り、各地で多大な混乱を招きました。よって、彼等を都市に対する脅威と認めて、排除しました』

 予想していた答えを、羅列していく。
 それが、無性に僕を苛つかせた。
 「それで、何故、僕とリリアを殺さなかった」
 
 『私にあなた達は殺せません。プログラムエラーです』

 よく分からない答えだった。
 「意味がわからないな。答えになっていない。脅威というなら、僕が最たるものだ。殺さない合理的な理由はないのか」

 『エラー。………ザザ………プログラムエラーだからです。それより、あなた達が知りたいのは、この世界の歴史なのではありませんか?』

 不自然に、答えが途切れる。
 何だ?何を隠している?
 あのプロトに、関係しているのだろうか。
 だが、歴史について、人間、ヒューマロイドと、僕等は何も知らなすぎる。
 だから僕は、マグマのように沸き立ち続ける怒りを抑え、答えた。
 「………そうだ。この世界の、隠された歴史を教えてくれ」
 僕の言葉に、女性は、軽く頷く。
 女性?
 瞬きの瞬間に、女の子が大人の女性に成長していた。
 女性が、艶かしい笑みと、潤んだ瞳で僕を見つめていた。
 そして、意識が暗転する。






 『創世の歴史を再生します』





 遠くで、女性の笑い声が聞こえた気がした。









次話→






 
 まとめ

 
 
 

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