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連載小説「アイは夢に揺らぐ〜1,528,009回の検証記録〜」第3章「笑う知性体」第4話



 『ユグドラシルシステムへようこそ』

 『当システムは、完全人工知能を搭載した医療ナノマシンを体内に注入することで、半永久的に稼働します』

 『医療ナノマシンによって、あなたの身体異常を自動で24時間監視。異常発見時には、警告を発し、適切なメンテナンスを受けることが出来ます』

 『同時に、あなたの正常な判断を狂わせる劇的な感情変化を抑制し、冷静沈着な思考をサポートします』

 『必要な知識アーカイブにも接続でき、辞書をひく必要もありません』

 『さぁ、あなたもユグドラシルの住民になりましょう』

 『あなたの名前を教えてください』

 『………………』

 ザザ…………ザザ…


 

 

 『…………おかえりなさい、レ…博………』



 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ




***

 

 カップに満ちたコーヒーに、最後の一雫が落ちるときのように、ユグドラシル管理局内は完全な静寂が支配していた。
 天井のライトは途切れることなく、不気味にどこまでも伸びて先が見えないほどの廊下を、隙間なく照らしている。
 規則正しく並んだ扉は沈黙し、開くことはなかった。
 普段は多くの職員が行き来しているであろう廊下は、永遠を思わせる完璧な清廉さを保っていた。
 その静寂を打ち破る僕等エラー達は、順調過ぎるほどに深部まで侵入を果たしていた。
 「おいおい、マジで職員が全員出払ってんのか?」
 先頭を行く僕に、エルクが走り寄って言う。
 「不気味だね」
 僕達が侵入していることを、システムは既に把握しているはずだ。
 それなのに、僕に警告メッセージがあるわけでも、職員が現れたりすることもなかった。
 「この長い廊下の突き当たりに、上層へ向かうエレベータがあります。最上層には、レムが奪った私の権限では行けませんが、ある程度までは行けるはずです」
 若干の棘を含んだリリアの言葉に、僕は気にした風を見せないで頷く。
 「行けるところまで行こう」
 僕等は、警戒を途切れさせず、先を急いだ。

***

 「これがエレベータ?」
 リリアの言うように、長い廊下を抜けた先のホール。
 その中心に上層へ伸びる透明な円柱状のチューブのようなものがあった。
 チューブに設置された扉を指差し、リリアが言う。
 「あの扉近くに、生体認証の操作端末があります」
 僕が扉に近づくと、確かに床から伸びる細長い口紅のような端末があった。
 掌を載せて認証するようで、緑のタッチパネルが怪しく光を放っている。
 僕が掌をあてると、その光が一層強くなり、頭の中にシステムの声が響く。
 
 『認証個体:レム』

 『権限確認』

 『エレベータ使用許可』

 『99層までの階層を解放します』

 端末から掌をあげ、背後のエラー達に振り返る。
 「99層までエレベータが使えるようだ。リリア、過去の歴史アーカイブに接続できる階層は分かる?」
 リリアに問うと、リリアは頭を降って目を伏せる。
 「100層以上に上位職員がアクセス可能な端末があると思いますが………私では分かりません」
 「99層には、何かあるのか?」
 エルクが聞くと、リリアは端的に答える。

 「生産工場ですね」

***

 一層に比べ、深淵を思わせる闇に、蒼白い光が浮かんでいる。
 その光の中、大小様々な透明なカプセルが並んでいる。
 筒の中には、疑似羊水が満たされていて、ビクビクと、世界に怯えるかのような生命の細動を見せる幼体が浮かんでいる。
 深海のような鼓動音に包まれ、僕等は言葉を失っていた。
 室温は、生命が育つのに十分に温められている。
 だけど、その光景に呑まれた僕等にとっては、どことなく肌寒いものとして感じられていた。
 「いや、なんつーか……分かってたよ?俺達はこうして生まれてきたって。でも…」
 喉に何か詰まったように、エルクが言葉にできない何かを訴えていた。
 「私は、何度かこの幼体達を管理する業務にもついていました。ですが、ユグドラシルの感情抑制から離れた今は…………何だか異様に感じます」
 いつも凛としているリリアも、今は少し青ざめている。
 僕はといえば、ふつふつと腹の底から沸き上がる、怒りに近い感情を覚えていた。
 鳥肌が立ち、正体不明の悪寒がしているのに、血が頭に集中しているかのように熱かった。
 理由は、分からない。
 だけど、僕の中にある何かが『違う』と叫んでいた。
 他のエラー達も、エルクやリリアと同じように、困惑の表情を浮かべていた。
 僕は、工場の最奥に設置された、一際大きなカプセルに目が留まる。
 そのカプセルは、幼体を培養するにはやけに大きく、成人が入るかのようなものであった。
 幼体カプセルは透明だが、巨大カプセルだけは、金属製のカバーによって、中身を窺うことはできなかった。
 カバーには、『プロト』と刻印されている。
 プロト………プロトタイプ。
 もしかしたら、僕等の元になった生体でも保管されているのだろうか。
 僕は、何となしにカバーに手を触れる。
 ひんやりとした、他を拒絶するような硬質性を宿している。
 すると。
 
 『権限を確認。開披します』

 突然、ユグドラシルシステムの音声が響き、目の前のカプセルを覆っていたカバーが、蒸気が噴出する湿り気のある音とともに開かれる。
 透明の巨大カプセルが露呈する。
 僕は、絶句した。
 絶句するしか、なかった。

 「レム…………どうしました?……………嘘………」
 
 背後から近づいてきたリリアも、言葉を失う。
 カプセルに入っていたのは、成人男性だった。
 目を閉じて、まるで赤子のように眠っている。
 鼓動のように、コポコポと泡が立ちのぼる。
 


 そこに眠る生体は、僕だった。












次話→





まとめ



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