いつものダイニングバーで、いつものように祈る
とある東京多摩地方に存在するダイニングバー。地域住人が集い、周辺に存在する会社の飲み会の場所となるダイニングバーだ。
だか、私にとっては、友人と共に発表日前日に願掛けしながら酔い潰れる場所になっている。
鮮明に覚えているが、最初に願掛けしたのは、公認会計士試験の時だった。公認会計士試験の合格発表時間は朝の9時台だったが、結果発表が怖くて眠れない前夜になりそうだと思った。そこで、友人に一緒に飲んで欲しいと頼んだ。
公認会計士試験合格発表日前日、友人と飲んだ。私は自分自身を潰す前提で飲んだ。
XYZ、サイドカー、ホワイトレディ、ギムレット、マティーニ……。
ショットカクテルを次々と飲み干した。その夜、朝2時頃に帰宅すると、玄関の前でよろけて左の壁にぶち当たった。左の壁にあるインターフォンを思いっ切り押した。ぐっすりと寝ていた家族全員を叩き起こした。父が「何時まで飲んできたんだ⁈」と怒り顔で現れ、酔っ払った私は何か言い訳した。言い訳した内容は覚えていない。
迎えた合格発表日9時台。私は二日酔いで布団の中で爆睡していた。「合格発表時間でしょう⁈」と母に叩き起こされた。二日酔いで頭痛に耐えながら、PCで合格発表結果を眺めると、自分の受験番号を見つけた。雄叫びを発した娘の声を聞き、父と母がやってきた。父と母は「おめでとう」という言葉を口にした。
二度目に願掛けしたのは、公認会計士試験合格者が、正真正銘の公認会計士となる最後の関門である修了考査合格発表日前日だった。再び友人と共に飲んだ。修了考査の願掛けは同じダイニングバーで2回行われた。非常に簡単な理由だ。私が1年目は修了考査に落ちただけの話だ。
不合格となった修了考査1年目は、心の中で不合格になる予感を密かに抱いていたのか、私は酔い潰れた。飲んだショットカクテルは公認会計士試験発表日前日と変わらなかった。だか、何杯も飲み干した。友人に迷惑を掛けてしまい、自宅まで送り届けてもらう事態になった。
合格した修了考査2年目は、非常に楽しい時間を過ごした。友人と近況を語り合い、カクテルも適度に飲みながら、自然とお開きになった。翌朝、やはり、二日酔いで頭痛に耐えながら、PCで合格発表結果を眺めると、自分の受験番号を見つけた。公認会計士試験とは違い、リビングに行き、両親に淡々と合格したと告げた。心の中で密かに合否は分かっていたらしい、飲み方で合否が分かるのか、と謎の結論を導き出した。やはり、父と母は「おめでとう」という言葉を口にした。
次に願掛けしたのは、とある小説新人賞の二次選考発表日前日だった。友人に一次選考通過したと伝えると、「おめでとう! 祝おう!」と喜んでくれた。私は湊かなえ先生の著作である『Nのために』を思い出した。
『Nのために』の作中で、文学賞の一次選考通過した人物を祝いながら酒を飲む場面がある。祝いの場に現れたある登場人物が凄いではないかと思いながら、文芸誌を受け取る。すると、文芸誌に載っている通過者の名前の上に丸印が記載されている人物と、丸印が記載されていない人物がいると気付く。名前の上に丸印が記載されている人物が二次選考通過者と知った後、祝われている人物の名前を見ると、丸印が記載されていなかった。結局のところ、落選しているにも拘らず、何故、祝っているのかと登場人物は呆れた。
『Nのために』を読んだ当時は、自分が公募に挑戦する日が訪れると想像していなかった。私も登場人物と共に、途中で落選しているにも拘らず、何故、酒を飲みながら祝っているのかと呆れた。
今ならば、分かる。一次選考通過は、普通に嬉しい。そもそも、公募は自分の原稿を読んで頂けているのか、なかなか実感を持てない。一次選考通過者に自分の名前を見つけると、選考委員の方に最後まで読んで頂けたと分かり、嬉しくて仕方がなくなる。自分の作品が理解してもらえたのではないかと妄想したくなる。
友人は飲食業界で働いているため、私と休日が合わない。私がカレンダー通りに休むのに対して、友人の職場で最も稼げるのはカレンダー上の休日だ。すると、友人は貴重な土曜日を祝う日として提案してくれた。偶然とは不思議なもので、友人が提案してくれた日は、二次選考通過発表日前日だった。
行く店はあっさりと決まった。いつも発表日前日に願掛けしているダイニングバーで飲んだ。だが、点数の付け方がわからない小説の新人賞の二次選考通過の見通しは全く予想できなかった。
一応、祝いの場だ。『Nのために』を時折思い出しながら、友人となんともない会話をしながら、普段通りに飲んだ。飲んだカクテルの種類は変わらなかった。私は翌日の二次選考発表日を恐れていたが、友人にとっては純粋な祝いの場だった。酔っ払っているうちに、割り勘したはずが、友人が多めに支払ったと気付き、酔いが覚めると共に、非常に焦った。
翌日、二次選考落選したと分かった。友人に連絡すると、温かく慰めてくれた。
後日、また別の新人賞の結果発表日があった。中間発表で二次選考を通過していた。もはや慣例と化しているが、友人に連絡した。「おめでとう! 祝おう!」とまたもや友人は喜んでくれた。きっとまた同じダイニングバーで飲むだろう。
夢は年月と共に変わった。だが、東京多摩地方に存在するダイニングバーと友人の優しさは変わらない。家族の温かい眼差しも変わらない。昔の夢が叶った理由も、今、小説を書き続けられている理由も、応援してくれる家族と友人たちが存在するからだ。
小説を書き続け、ある時は友人と共に、同じダイニングバーで同じカクテルを飲みながら、いつか新たな吉報が訪れることを祈っている。(了)
「灯火杯 6th 2026 Spring」に参加させて頂きました。今回は「エッセイ限定」ということで、珍しくエッセイを書いてみました。
大会テーマが「お祝い」だったため、自分の中で「お祝い」前夜の象徴である出来事を振り返りながら、相変わらず「お祝い」してくれる家族や友人たちへの感謝をつづりました。
小説を書き続ける。一見、簡単なことのように思えますが、周囲の応援なしには難しくも思います。家族や友人たちへの感謝を忘れないようにしたいです。
【追記(2026年4月1日)】
同じダイニングバーで友人と乾杯しました!

