ワヤカグラ‼︎ 第一幕「桃色夜叉」編 #1鬼の出る廃ホテル
あらすじ
岡山の夜には、“鬼”が出るらしい。
半グレ、喫茶店、旧い任侠、猟師、探偵、BAR。
地方都市の片隅で、それぞれの事情を抱えた人間達が交差していく。
ある夜。
大学生・浦上伊織は、廃ホテルで“不良達の山”の上に立つ一人の少女を目撃する。
血塗れの特攻服。
桃色に染まった肌。
まるで鬼のようなその少女、“鬼姫”こと城代桃花に、伊織は一目惚れしてしまう。
その出会いをきっかけに、
岡山の裏社会と怪異が絡み合う“祭”が静かに始まる。
それでは、岡山の夜へ。
#1 鬼の出る廃ホテル
「綺麗だ」
気づけば、その言葉が口から漏れていた。
煌々と照らされた廃ホテルの駐車場。
円を描くように並べられた単車のヘッドライトが、夜の闇を白く切り裂いている。
その中心に、彼女はいた。
積み上げられた肉の山の上。
真っ白な特攻服は返り血を吸って赤く染まり、熱を帯びた肌が月明かりを受けて淡く桃色に輝いている。
乱れた黒髪。
白い吐息。
紅潮した頬。
まるで、人の形をした鬼だった。
なのに。
俺は恐怖より先に、見惚れていた。
夜風が吹くたび、鉄とガソリンの匂いが流れてくる。
ヘッドライトの白い光と月光が混ざり合い、彼女だけが現実から切り離されたように浮かび上がって見えた。
あまりにも綺麗だった。
…俺は、この瞬間から彼女に恋をした。
◇
倉敷駅から少し離れた場所に、美観地区へ続く古い商店街がある。
昼間は観光客で賑わう通りも、夜になればシャッターの閉じた店が並ぶだけの静かな道へ変わる。
その一角。
古びた雑居ビルの二階に、小さな看板が掛かっていた。
『BARアラモット劇場』
一見すると、何の店かさっぱり分からない。
実際、初めて見た時の俺もそう思った。
だが中身は、ただのバーだった。
しかも客層が終わっている。
カラン、カラン。
古いドアベルが鳴る。

「いらっしゃい! おぉ〜イオちゃんじゃが〜!」
カウンターの奥から、マスターのアライが真っ赤な顔で笑った。
今日もかなり酔っている。
酔っていなければ恥ずかしくてやっていられないのだそうだ。
俺は酔っているか泣いているか、そのどちらかしか見たことがない。
「近くまで来たので」
上着をカウンターへ掛けながら、いつもの調子で答える。
アライは震える手つきでビールを注ごうとしたが、軽くジェスチャーで断った。
「あれ、飲まんの?」
「車なんで。今日はお茶で」
大学の講義を終え、そのまま車を流してこの店へ来ていた。
この店は、退屈を少しだけ忘れさせてくれる。
「真面目じゃなぁ〜。まぁ好きなん飲みんちゃい」
そう言うとアライは、カウンターへ座った俺を放置し、千鳥足で奥のテーブル席へ戻っていった。
そこには、いつもの三人組が実家の居間みたいに陣取っていた。
坊主頭で煙草ばかり吸っているイッテツ。
元自称ハンサム、現在バツ二のモンキー。
そして最年少なのに、なぜか一番疲れた顔をしている店のオーナー、オタク。
全員ろくでもない。
俺は勝手知ったる様子でカウンターへ入り、冷蔵庫からウーロン茶を取り出した。
店内には煙草と古い木の匂いが染み付いている。
古い邦ロックが、思い出を振り返るみたいに静かに流れていた。
この店は、どこか時間が止まっている。
「のぉ〜知っとるか? あの噂!」
大声を上げたのは、案の定モンキーだった。
イベント関係の仕事をしているせいか、いつも妙な噂を仕入れてくる。
「なんの噂よ」
イッテツが煙草を咥えたまま聞き返す。
「あの小町トンネルの上にある廃ラブホ」
「あぁ、ガキが溜まっとるとこな」
モンキーはわざと間を空け、ニヤニヤしながら続けた。
「そこに鬼が出るらしいんよ」
数秒、沈黙。
そして。
「ぶははっ!」
モンキー以外の全員が吹き出した。
「また始まったわ」
「今度は鬼かぁ?」
「しかも女らしいんよ。めちゃくちゃ可愛い鬼」
モンキーは楽しそうに笑う。
「どうせ地獄落ちるなら、美人の鬼に罰してもらいたいよな〜」
「アホぬかせ」
下品な笑い声が店内へ広がった。
俺は黙ってウーロン茶を飲み干す。
鬼。
そんなもの、いるわけがない。
だが。
少しだけ、興味が湧いた。
「マスター、ご馳走様です」
小銭をカウンターへ置き、上着を手に取る。
「あれ、もう帰るん?」
「ちょっと気になることがあって」
嘘ではない。
本物の鬼はいないだろうが、不良くらいはいるらしい。
ほんの出来心だった。
「若いのぉ〜」
アライはどこか懐かしそうに笑い、手を振った。
カラン、カラン。
鬼が出るか蛇が出るか。
なんでもいい。
少しでも気が紛れるなら。
俺は店を出て、駐車場へ向かった。
◇
美観地区を抜け、小町トンネルを正面に見ながら左の脇道へ入る。
狭い林道の脇には、小さな霊園が並んでいた。
歪に並ぶ墓石を横目にしばらく進むと、三叉路へ出る。
『ホテル ニュートーキョー 1.2km』
錆びた案内看板を頼りに、さらに山奥へ車を走らせた。
街の灯りは徐々に薄れ、代わりに聞こえてきたのは空ぶかしの音だった。
エンジン音が夜の山へ反響している。
「……この辺か」
適当な茂みに車を停め、徒歩で廃ホテルへ向かう。
入口のゲートを抜けた瞬間。
空ぶかしの音が止んだ。
代わりに聞こえてきたのは。
バキ。
ドゴ。
嫌な打撃音だった。
思わず足を止める。
数秒後。
辺りには、アイドリングする単車のエンジン音だけが残っていた。
俺は念のため携帯電話を握り締めたまま、息を潜めて坂道を登る。
そして。
駐車場を覗き込んだ瞬間、言葉を失った。
数十台の単車が円を描くように並んでいる。
ヘッドライトが中央を照らしていた。
その中心。
積み上げられた不良達の上に、一人の少女が立っていた。
血に染まった純白の特攻服。
月光を浴びて紅潮する肌。
熱を持った白い頬が、桃色に輝いて見えた。
まるで鬼だった。

「……綺麗だ」
いつの間にか、俺はシャッターを切っていた。
パシャッ。
フラッシュが夜を裂く。
少女がこちらを振り返った。
息が止まる。
次の瞬間。
肉の山から飛び降りた彼女が、一瞬で目の前にいた。
速い。
理解する前に、彼女の顔が目の前へ迫っていた。
「撮るな」
低い、小さな声だった。
紅潮した頬。
荒い息。
熱を帯びた肌。
近くで見る彼女は、恐ろしいほど綺麗だった。
彼女は俺の携帯電話を奪い取ると、そのまま片手で圧し折り、地面へ叩きつける。
カラカラと軽い音を立てながら、二つになった携帯が坂を転がっていった。
視線を戻した時には、彼女はもう夜の闇へ消えていた。
静寂。
震える指。
春だというのに、全身から汗が流れ落ちる。
周囲には、まだ熱を持ったエンジン音と血の匂いだけが残っていた。
なのに。
「……はは」
笑いが込み上げてきた。
「綺麗だ……」
息が苦しい。
心臓が痛い。
それなのに。
頭の中は、あの桃色だけで埋め尽くされていた。
会いたい。
もう一度。
今すぐにでも。
気づけば俺は、夜の山道を駆け出していた。
続き #2 BARアラモット劇場

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