偽憎代稿(十五)
前話↓
それから数日。
俺は小説執筆に戻ろうとしていた。
もちろん書こうとしているのは、いつも通りホラー小説だ。だけど、ヒロシが酷い目に遭う小説じゃない。普通のホラーを書こうと思っていた。
どうにも筆が乗らない。
それくらい、俺はあの「ヒロシ」の件で気が散っていた。
あのDM。
俺は「ヒロシ」から、ヒロシを酷い目に遭わせる小説を書くよう協力要請された訳だが、正直気乗りはしない。
理由は2つ。
1つは、誰か特定個人を傷つけるための創作はしたくないからだ。たとえSNS上で消息が途絶えている相手だとしても、相手は生きている人間。意図を持って傷つけた時点でソレは誹謗中傷だ。できるならそれは避けたい――そもそもやってはいけないことだし、誹謗中傷をするような作品を書くことにメリットがない。……俺も、そういうことはSNSでよくよく学んできたつもりだ。
それに、後で一等星に輝いたとしても、過去の誹謗中傷や差別発言を掘り起こされて落とされる、なんてこともある。とにかく良いことはないのだ。
そして2つ目。
漆賀矢浩を知っていただきありがとうございます
この文章だ。
突如DMされてきたこの文章が何より気持ち悪くて、俺は正直、この件に積極的に関わる気を失くしていた。
でも、関わる気を失くしたとしても関心はそう簡単に無くならない。むしろ、この件に何かまだあるんじゃないかと、気にはなっている。
なので。
色々悩んだ末、俺は実録エッセイみたいな形で、この件について書くことにした。どうせオリジナルのホラー小説を書けるような気分ではないし、こういうのを書くのも、今後ホラー小説を書く良い練習になりそうだと思ったからだ。
そろそろ流行りが飽和してきているのを分かりながらも、ホラーモキュメンタリーみたいな形にした。小説は流石に引用で載せるのは良くないので、リンクを貼っておいて、中を見たい人は見れるようにはした。あとは、ほぼ脚色を加えていない――俺にまつわる平凡な部分については盛ろうかは悩んだが、盛ったらエッセイではなくなるという変なこだわりが発動し、結局そのままにしてある。文筆家は、自身の恥を切り売りする職業だ――なんて言葉を思い出す。
ちなみにあらすじも「この件についてご存知の方は情報をお寄せください。」の一文に留めておいた。こういう手合いのモノはよく演出として用いられるが、俺は実際に情報を寄せてくれ、というメッセージを込めている。なので、ジャンルはホラーではなく、エッセイに設定。
そして2日ほどかけて、今し方、俺が知っている限りのことを全て投稿し終えたところだ。その間、ツイッターでの宣伝という名のお願いも欠かさない。
PV数は――お蔭様でいつもより結構伸びた。コメントやブクマもそこそこ。それが俺にとっては嬉しくもあった。ジャンル違いだろ、というお門違いなコメントも来てはいたが、正直そんなのが気にならないくらい、今までより遥かに読まれてブクマもされる現状が嬉しい。普段の小説もこのくらい読まれたら嬉しいんだけど……とも思うので、複雑な気持ちではある。
けれど。
俺が求めている「この件についての情報」は、今日に至るまで一向にやって来ていない。まあ、この1週間かそこらですぐやって来るとも思ってはいないが……電子的集合知ならその内やって来るだろう、という楽観的観測もある。焦らず待つことにして、俺はウーバーイーツでマックでも頼もうと、スマホを操作する。この寒い時期には、アツアツのグラコロに限る。
「ペイペイ!」という明るい音が、一人暮らしの薄暗い部屋にこだまする。空しさを覚えるが、この空しい孤独を選び取ってしまったのは自分だ。他の誰にも責任を押し付けようがない。
仕方ない。
ウーバーが届くまでの待ち時間に、孤独を紛らわせるべく、YouTubeでホラーコンテンツを見ることにした。
最近見ているのは、たまたま見つけた「何でもござれ!ホラー先輩」という名前のチャンネルだ。いわゆる「ゆっくり解説系」――ゆっくり(正式にはAquesTalkというらしい)というボイスソフトを用いて、雑学や各種コンテンツなどを解説する形式で、このチャンネルでは主としてホラーとかオカルトとかのさまざまな話題を解説していた。チャンネルの名前は何ともパッとしない感じだが、解説も上手いし所々入る茶々もユーモアがあって、20〜30分の動画もあっという間に見終わってしまう。小説を読むよりハマってしまっているそれは実際、登録者数10万人を超えている。
……超えているのだが、惜しいことに、1年くらい前に更新を止めてしまっていた。古い方から順に投稿された動画を見ているが、俺がまだ見ていないヤツも、あと数本で終わりだ。
今日見る動画のタイトルは、『【謎のWEBサイト】掲示板で話題?ホラー話を集める呪いの個人サイト【ゆっくり解説】』。20分くらいあるから、ウーバーを待つにも丁度良い。クリックして、広告をスキップし、再生する。
つづく
