偽憎代稿(十四)
前話↓
正確には、シャッターの閉められた店の前に、ガラスケースに入った綺麗な日本人形が、ポツンと置いてあって。ほら、あの商店街の、田中館八百屋っていう店。俺、大学行くのにあそこ通るんです。
やっぱ名前が一字一句同じだ。どころか、大学の近くにあることも一致してるときた。
芋蔓式に情報が出てきやがる。なかなか面白い。思えばそんなホラーゲームがあるって聞いたことがあるな……タイトル何だったっけ。実在しない少年院か何かだった気がするが。
まあ良い。
そんな少年院とは違って、この「田中館八百屋」は実在する――すぐさま別タブでググると、商店街が運営するホームページがヒットした。その中の、田中館八百屋の紹介ページをクリックする。
実に簡素なページだった。
「地元のフレッシュ野菜を地元にお届け!」というストレートなフレーズと共に、八百屋の簡単な説明、お店の位置、そして店の写真が掲載されているだけ。
しかし、妙に解像度が悪い写真だ。画素の足りない機械で撮ったんだろう――とまじまじ見てると。
「……マジか」
思わず、声を上げてしまった。
野菜が並んでいる所より更に奥。画質が悪いので微かにではあるけれど。
日本人形。
和服を着た、のっぺりした顔をした、黒髪の日本人形がいた。
ここまで忠実だったとは――リアリティさに思わず頭が下がる。
けど、忠実過ぎるが故の気味悪さもある。
『くぐつ』は明らかに、この商店街の田中館八百屋がモチーフだ。そしてこの商店街は、「シツガヤ」と所縁がある。そこを舞台にした小説――ヒロシが酷い目に遭う『くぐつ』という小説を「ヒロシ」が見つけ、そのURLを「シツガヤ」に共有した。
恐らくは、日常と地続きなホラー小説によって、シツガヤに嫌な気分を抱かせるために。
まあ、確かにこんなものを突如共有されたら、暴言の一つでも吐きたくなる。たとえBANされたとしても。
ならば尚のこと。
コイツがやるべきことは、罵倒でも、懇願でも、アカウント削除でもない。ミュートやブロックだったはずだ――俺はWayback Machineの検索結果に戻って、「シツガヤ」の繰り広げる罵倒返信を見ていた。
どれもこれも似通った文言。しかし罵倒にバリエーションがあって中々見応えがある。これはこれで参考にしても良いかもしれないな……とスクロールをし続けていた。
そうしながら、こう考えてもいた。
日常と地続きなホラー小説によって、シツガヤに嫌な気分を抱かせる――これで、「ヒロシ」がヒロシホラー小説=「自分を傷つける小説を蒐集して共有すること」で、そのまま「シツガヤ」への攻撃となる論理に、一定の説明はついた。
けど、所詮は他人の話だ。
確かに、自分と関わりのある土地を舞台にしたホラーというだけでも気味悪くはある。けど、「シツガヤ」が危害を加えられている訳ではない。ここまで「ヒロシ」を罵倒するほどのことではないはずだ――と。
その瞬間。
ある返信が、目に止まった。
てめえいい加減にしろよ なんなんだよ その名前も
その返信を見て、脳内に電流が走る。
勢いのままに新しいタブを立ち上げ――冗談半分で「シツガヤヒロシ(Shitsugaya Hiroshi)」のローマ字と大学名を組み合わせて、検索する。
うぅぅぅぅ、とPCは唸って、検索結果を表示する。
見つかった。
Facebookのユーザーページ。そこには漆賀矢浩という名前と、ツイッターのものと同じ大学名の書かれたプロフィール、そして写真があった。
写真。
コイツが、「シツガヤ」。そして「ゆる」――ぶっちゃけイケメンだった。プロフィール画面で彼は、アロハシャツみたいなモノを着て、バーベキューをしている。その全身で陽キャを迸らせる、底抜けに明るく微笑む男。
そんなザ・陽キャのプロフィールから、ページを下にスクロールすると、直近の投稿が現れる。
もうゆるして
投稿日付は2ヶ月前。
ツイッターでの罵倒や陽キャな姿の写真とは随分かけ離れている。実際、何人かの友人と思しき人が心配の返信を投げている。まあ、俺もコイツの友人なら同じ反応をしそうだ。
そんな中にあって、「ヒロシ」は。
笑
https://www.████.co.jp/works/9365████
相変わらず、小説URL付きの返信をしていた。明らかに、悪意ある笑みと共に。
なるほどな。
思わず微笑む――『「ゆる=シツガヤ」に危害が及ぶので、「ヒロシ」が酷い目に遭う小説を蒐集するという精神的自傷行為をやめさせようとしている』という俺の考え出した論理が、一定程度整合してきているのだから。
「ヒロシ」というユーザーが、「ヒロシという名前の登場人物が酷い目に遭う」小説を送り続けていたのは、シツガヤの本名が漆賀矢浩だからだ。自分と同じ名前の人物が苦しんでいる小説を送り続けられて、誰も流石に良い気はしないだろう。
というかこんなの、遠回しな誹謗中傷だ。「お前が、この小説の中のヤツのように、苦しんでしまえば良いのに」と言っているように、俺には聞こえる。
だから、罵倒するほどのこともあるし、アカウントを消すほどのことでもあるだろう。アカウントを非公開にするのも一つの手だろうが、精神的に追い詰められている時は、衝動的にアカウントそのものを消していなくなってしまいたいものなのだ。
というわけで、これで謎は一部解けた訳だが、まだまだ残っている。
「ヒロシ」が、シツガヤがいなくなった後も蒐集をやめていない理由もそうだし。
「ヒロシ」をここまで狂気的な行為に駆り立ててしまったシツガヤは。
そして、そんな行為をする「ヒロシ」に謝り倒しているシツガヤは。
一体、「ヒロシ」に何をしてしまったのか? ということも、まったくの謎だ。
面白い。
人が苦しんでいるのに不謹慎だとは思うが、これは相当に面白い。
執筆に戻らなきゃならないのだけど、ここまで面白いものを見せられて、引き下がる訳にはいかない。それに、こういうのも小説のネタになるし。
というかいっそ、これを元ネタにホラー小説を書くのも良いだろう。アイデアは面白いし、ちゃんと書けば読まれるはずだ。
俺の野望――一等星になるという未来に、一歩近付ける。
もっと探りたい。シツガヤと「ヒロシ」の間に、一体どんな因縁があるのか――そう思った時だった。
ツイッターの通知が届いた。DMだった。
俺のDMは、編集者とかからいつ声が掛かっても良いように、万人に対して開けている。…………まあ、たまに変なヤツが殴り込んでくるくらいしかないけど。今となってもイヤな思い出だ。
けど、今回は。
およそ、DM主が誰なのか、想像がつく。
ツイッターを開く。果たしてDM主は「ヒロシ」だった。
漆賀矢浩を知っていただきありがとうございます
ご協力ください
https://www.████.co.jp/users/hhiro/news/████
「…………あ?」
意味が、わからなかった。
DMの文面――特に一行目。
漆賀矢浩を知っていただきありがとうございます
俺が「ゆる」の正体――漆賀矢浩を知ったことを、「ヒロシ」はいつ、どうやって知った?
監視カメラはあり得ない。そもそもこんな俺をストーキングしようなんて奇特な女子も俺にはいない。男子など、もっての外。
だとすると、なんか変なサイトを踏んでウイルスに感染して、ブラウザを見られているのか――とも思ったが、そんな怪しいサイトは開けていない。WEB小説サイトとSNS、そして商店街のホームページ。この中にウイルスに感染しているものがあるとは考えづらい。
訳がわからない。
というか。
俺は、もしかすると今も、「ヒロシ」に見られているのか?
そう考えると、ゾッとする。
「ヒロシ」について調べると取り憑かれてずっと監視されるようになる――なんて展開は、ホラー小説としてはアリだが、現実では遭遇するのは勘弁だ。
ここまでにしておいた方が、良いのかもしれない。流石の俺も、気味悪くなってきた。
でも。
もう少し。
ほんの、あと少しだけ。
別に、送られてきたWEB小説サイトのURLを踏むくらい、害はないだろう。それに、もうここまで来たらURLを踏んでも踏まなくても同じだ。
知れるところは、知っておきたい。
今後の俺の小説の糧になるためにも。
URLを踏む。「ヒロシ」の活動報告ページだ。内容は、「ヒロシを酷い目に遭わせる小説募集」の自主企画紹介。
内容は、さっき俺が見たものとほとんど同じ。だから、ザッと読み流していた。
だけど。
ある文章で、目が止まる。
でも創作の中なら、何をされたって大丈夫!現実世界に侵食するなんてことは、普通ないですからね。
現実世界に侵食するなんてことは、ない。
俺もそう思う。所詮「こっちに来る」系の、いわゆる現実と創作の垣根を飛び越えてきそうな作品というのは、来そうというだけで実際に飛び越えてくることはない。完全なる、対岸の火事。だからこそ俺たちは、ホラー小説を楽しめる。
そのはずなのだ。
頭では分かっている。
それでも。
この文章が鉤爪の様に、俺の頭に引っ掛かっていた。
つづく
