偽憎代稿(三)
前話↓
「…………は?」
……ありがとうございました?
喜びに打ち震えた心臓の鼓動は徐々に収まっていく。そして俺の頭に、クエスチョンばかりが浮かんだ。
何だ、この感想?
例えば面白かったですだとか、ここがつまらないですだとか、そういうのならまだ分かるのだが。
ありがとうございました。
一体、何に対する感謝なんだ?
というか、この一種露悪的な(まあ、そういう自覚はある)ホラー小説に、感謝する要素なんてあるか? いや、「面白い小説を読ませてくれてありがとうございました」ならまだ素直に受け取れるんだが、それならいっそストレートに「面白かったです」と言って欲しい。
それに、ペンネームも変だ。
ペンネームが、「ヒロシ」。
俺が書いたホラー小説の被害者と、同じ名前。
つまりコイツは、自分と同じ名前の登場人物が酷い目に遭っている小説に、感謝を述べていることになる。ドMも甚だしい。
何だコイツ、変なの。
そう思って俺は、小説投稿サイトを閉じた。その日はこれ以上感想は来なかった。PVもつかない。
ただ一言、「ありがとうございました」という感想を貰えたことは、まあ感謝すべきなのかもしれない。でも、どこか引っ掛かるモノがあって、素直に喜べないのもまた事実だった。
***
数日だ。
数日経った。
いまだに俺の頭の中には、ヒロシの「ありがとうございました」という言葉が引っかかっていた。お蔭で小説の執筆に集中できやしない。
何に対して、「ありがとうございました」と言っているのか。何故にその言葉遣いなのか。
もう一度、俺は感想ページを開く。何度見ても不可解な感謝。もう一周回って興味が湧いてくる――こんなよくわからん感想を送るヤツは、一体何者なのか。
少しだけ、執筆の手を止めて逡巡してみる。そして、俺は結論を出す。
コイツのこと、探れるだけ探ってみよう――と。
こんな普通じゃないヤツは一体どんなヤツか。単純な好奇心もあるが……あわよくば、この「普通でなさ」を学び取って、自分の小説のネタに昇華させるのも悪くないな、と思い直した。
思えば、とある売れっ子漫画家がこう言っていた――「リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーであり、リアリティこそがエンターテイメント」。
そう、リアリティだ。
「自分と同じ名前の人物を痛めつける小説に、感謝を告げる奇人」という、小説より奇なる事実。これは間違いなく、自分の小説のpvも評価数も高め、一番星になるための礎になるだろう。
いや、礎にしてやる。絶対に。
それに、早速息の詰まってきた執筆の良い息抜きになりそうだしな。
俺は感想欄のユーザー名「ヒロシ」のマイページを表示する。
彼(彼女?)の作品投稿数はゼロ。いわゆる「読み専」――毎日大量に溢れ返るWEB小説を読むためのアカウントなのだろう。まあ、ブックマークの小説数が100もないから、そんなに熱心ではなさそうだが。
どんな小説をブックマークしているのかザッと見る。
様々なタイトルがズラリと並んでいるが――どれもこれも、ホラー小説ばかりだった。
ヒロシ。
あまりにも日本では一般的な――それこそ、国民的アニメの父親の名前でもある「ヒロシ」。ここにブックマークされている小説も、もしや、「ヒロシ」を痛めつける物語なのか?
……読んでみないと、分からないな。
そう思った俺は、ブックマークされていた小説を開くことにした。
つづく
