偽憎代稿(十七)
前話↓
思わず腰を抜かす俺の目の前で、ピンポーン、とまたインターホンが鳴る。
……開けられない。
開けられる、訳がない。
今、扉の前に何がいるのか、分からないのだから。
ピンポーン。
三度鳴る。
その瞬間、なんとなくだけど。
気配がなくなった、気がした。
思わず息を呑む。1分、2分、3分――と待ってみるが、一向にインターホンの音は鳴らない。
恐る恐る立ち上がり、ドアスコープを覗く。
やはり、誰もいない。
チェーンをかけたままドアを開ける。隙間から、インターホンの位置を覗くが、いない。廊下にも。
「……なん、だったんだ」
ドアを閉め、鍵をかける。
その瞬間。
ピンポーン。
……流石に、心臓が止まりかけた。
ドアスコープを覗く。
目が合う。
さっきまで、廊下には誰もいなかったはずなのに。
まさか、幽霊――
「……いや」
違う。
違う違う。
そんな訳がない。
幽霊な訳が。
よく考えてもみろ。俺はチェーンのかかった、少ししか開かないドアから、廊下を覗いただけだ。ドアの後ろ側を、まだ見ていない。
そうだ――今覗いている何者かはきっと、ドアの後ろ側に隠れてやり過ごしたのだ。そしてドアを閉めて再び、インターホンを鳴らした。
そうだ。
そうに違いない――
皆で、折角だからこのページにあるホラー話を使って物語を書いてみようぜって流れになったんだ
でもな
これが呪いの始まりになるとは、この時誰も思ってなかったんだ
そうに、違いない。
でも創作の中なら、何をされたって大丈夫!現実世界に侵食するなんてことは、普通ないですからね。
幽霊なんていない。
ホラー小説を読むだけで、怪異に出会うなんて。
ましてやこんな、ピンポンダッシュ紛いのことに――
えへ。たの、しいね。いたずら
不快でザラついた架空の声が、脳に疼く。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
5分経っても、10分経っても……30分経っても、鳴り止まない。しかも、一定間隔で鳴ってる。
おかしい。
あの小説で読んだままの出来事が、今、目の前で起こっている。
怖気。俺は部屋に駆け戻り、スマホを見る。ウーバーが届くまで9分弱。その残り時間に絶望しながらも、俺は文明の利器で耳を塞ぎ、ホラー先輩の動画に戻る。
え?
ほら、サイトに載ってる話を使って、
ホラー小説を書いてた、って言っただろ?
え、ええ
小説サイトにそれを載せるヤツもいれば、
2chのいわゆる「SS形式」で書くヤツまで、
色んな形でホラー話が転載・リライトされて
結構な盛り上がりを見せたんだ。
一種の「祭り」状態になったわけだな
「おねがい」は、皆守ってたんですか?
当然守るヤツも、守らないヤツもいた。
守らないヤツは「ヒロシは?」って
ツッコミを貰ってたみたいだぜ
まあ、でしょうね
で、そんな感じで「祭り」は
盛り上がりを見せたワケだが、
そんな「祭り」も突然終わりを迎える
皆飽きてきた、って感じですよね?
いいや。
きっかけは、投稿したヤツが軒並み
変なことを言い始めたトコロからだ
変なこと?
その時の文を幾つか引用するぜ
『お前ら、関わるのはやめとけ
マジでやめとけ
釣りじゃない
釣りじゃない
今、誰かに追いかけられている』
『誰か人形を燃やしてくれませんか?
良いお寺知りませんか?
助けてください
書かなきゃよかった』
『ずっとだ
インターホンが鳴り止まないんだ
今度は、ドアまで叩いてやがる
警察呼ぼうにも、誰もいないんだよ、外に』
音量を上げるボタンをめちゃくちゃに連打する。もう最大音量だった。
なのにうるさい。
インターホンが。その連打が。ドアを叩く音が。ドアノブをめちゃくちゃに回す音が。
イヤホンから流れる音をどんなに大きくしても、ずっとずっと聞こえてきやがる。動画を止めてハードロックを流す。それでも聞こえる。縋るようにウーバーのアプリを見る。あと7分。
クソが。
クソが!
ふざけやがって。
……これが、呪い?
随分とちゃちい呪いだな――そう言いたかった。でも、訳のわからんヤツが自分の部屋に土足で踏み込んで来ようとすることが、こんなに怖いとは。
逃げたい。でも、ここは4階。まさか飛び降りるわけにはいかない。しかし今はそこしか逃げ道がない。でも飛び降りたら死ぬ――現世から逃げるわけにはいかない。なら逃げ道はドアしかない。ドア? 行けるわけねえだろ。あのドアノブがめちゃくちゃに回るドアなんかに。
「なん……っなんだよ」
音量最大で音楽を流したまま、ドアを見る。
「何なんだよ! 俺が! 何か悪いことしたかよ!!」
その瞬間。
ピタリ、とドアノブが止まった。
それから数秒。ドアノブは動かない。
恐る恐る、イヤホンを外す。インターホンの音も、ドアノックも、全て鳴り止んでいた。
……消えた、のか?
「……なん、なんだよ、本当に」
心臓が五月蝿い。
汗もいつの間にかかいている。
……深呼吸だ。とにかく、こういう時は、深呼吸。
吸って、
吐いて。
吸って、
吐いて。
吸って、
ウィーーーン……。
ガッガッガッガーーーッ。
……。
プリンターが。
使ってないプリンターが、突然動き始めた。
「……おい、おい」
電源なんて、刺さっちゃいないのに!
……。
これじゃ、まるで。
俺が書いた話みたいじゃねえか。
白い紙が床に向かって舞っている。やけに、ゆっくり落ちているように感じる。
そして偶然にも、俺の足元に、紙が滑り込んだ。
A4用紙を贅沢に使って、たった一言、印字されている。
みーつけた
…….喉が、ヒュッと鳴る。
見つけた?
俺を?
何のために。
ウィーーーン……。
ガッガッガッガーーーッ。
また、紙が印刷される。
立て続けに。
何枚も。
にがさない
ヒロシをひどい目にあわせろ
はやく
はやく
はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく
――俺は、部屋から逃げ出した。
エレベーター……に乗るのも気が引け、階段を、何段か飛ばしながら駆け降る。地上に辿り着くまで、ひどく長く感じる。
1階に着く。そのままマンションから逃げ出す。金はない。スマホはあった。流石俺だ。だから、なるべく遠くに行こう。そう思って、走る。
息が、切れる。
寒さで、肺が、焼けそうだ。
後ろは、振り向かない。
何かが追ってきたと分かったら、きっと俺は正気じゃいられないから。
つづく
