偽憎代稿(十八)
前話↓
今、マンションには戻りたくない。
しかし、悲しいことにバイトだけしている大学生に、ホテルに泊まる余裕もあるわけがなく。漫画喫茶は漁ってみたものの、運の悪いことにどこも満室で入れやしない。
どうしようか……と思いながら、コンビニで温かいほうじ茶でも買って、どこかも分からない公園のベンチに座っていた。ほうじ茶をひと口。暖かさが体を貫いて、少しだけホッとする。
「……」
まるで家なき子だな。いや、本当にホームレスならあったかいほうじ茶は買えていないだろうけど……といつものクセで小説に使えないか考えてしまう。
当面、小説なんて書けそうもないのに。
……小説。
「ヒロシ」が酷い目に遭う小説。
アレにさえ手を出さなければ……いや、そもそも情報を得るためにエッセイを書いたりしなければ、きっとこんなことにはならなかったはずだ。
もしかして、こんな形で筆を折ることになるのか、俺は?
クソ。
俺の糧にするために探ったのに。
これじゃまるで、俺が養分じゃねえか。
クソ、クソ、クソ……!
……。
……いいや。
落ち着け。
落ち着くんだ、俺。
あの時は怖くなって逃げてきたが、よくよく考えれば――ピンポンダッシュとプリンターの怪現象に見舞われただけじゃないか。
大した怪現象じゃない。
ピンポンダッシュとプリンターを勝手に動かすくらいで、ヤツらに一体何ができる?
そうだ、落ち着け。
まずは深呼吸だ。
吸って、吐いて、吸って、吐く。冬の夜の寒い空気が、頭まで冷やしてくれるような気がする。それから、温かいほうじ茶を飲んだ。より一層の落ち着きを取り戻した感じがする。
そうだ。
怖気づくことなんてない。
遅くはない。
糧にしろ、喰らってやれ。
……ということで、改めて考えを整理しよう。頭だけで考えるのも限界だから、スマホのメモ帳を開き、書き込みながらにする。
「ゆる=シツガヤ=漆賀矢浩」に気味悪さと恐怖とを抱かせるために、「ヒロシ」は「ヒロシが酷い目に遭う小説」を集めている――しかもその集め方は、ホラー話を蒐集していたサイトの話を転載ないしは引用させる形で実現していた。だから、「ヒロシ」は、そういう小説を見つけるたびに「ありがとうございました」とお礼を言う。そして、「ヒロシ」はそうした小説を携えて「シツガヤ」に総攻撃を仕掛けた――ここまでは良いだろう。筋も通ってる。
問題はここからだ。
現時点で思ってる謎を書いてみよう。
①「ヒロシ」は何故、標的がアカウントを消した後も――つまりは、総攻撃が成功した後も、ヒロシホラーの蒐集をしているのか。
②「ヒロシ」は、シツガヤに何の恨みがあるのか。
③そもそも「ヒロシ」が、ヒロシホラーを書いた小説家に怪現象を起こして脅かしているのはなぜか。
④「ヒロシ」は人間じゃないんじゃねえのか? ヤツは何者だ?
④については、ほとんど確定的だろう。ピンポンダッシュはまだしも、コンセントの刺さっていないプリンターを起動させて、更に印刷までするのは、いくら何でも人間業じゃない。怪異か……そうでなければ幽霊か。
どちらにせよ、と②に目を向けながら俺は思う――シツガヤは、「ヒロシ」に何かしてしまったんじゃないか、と。最近流行った、「お前さん、その祠壊してしまったのか!」に始まる祠破壊ホラーみたいに。
あるいは――あまり想像したくない事態だが、シツガヤが、ヒロシを手にかけたか。その結果、ヒロシは幽霊になって小説を蒐集し、その小説に書かれたことを実際にシツガヤに仕掛ける復讐をした――丁度、俺に対してピンポンダッシュと、プリンターの怪現象を起こしたみたいに。
いずれにせよ、②はそんな感じだろう。
だとしても、①と③が分からない。今も話の蒐集を続け、しかも蒐集の手助けをしたヤツを(俺も含め)脅かす理由がマジで分からん。
あまりにも無差別が過ぎるし、何より無差別攻撃が目的なのだとしたら、②のシツガヤへの復讐と、全く論理が繋がらない。
無理に繋げようとするなら…………そうだな。初めはシツガヤを標的にしていたが、そうやって人を追い込むことが楽しいと気づき、他の人にも行うようになった――とかになるのか?
だとしたら迷惑な話だ。
ホント、勘弁してほしい。
ここで息をつく。スマホの画面を落とし、伸びをして、顔を上げる。
少し遠くに、誰かが立ってる。
暗くて姿はよく見えない。性別も年齢もよくわからない。ただ、やたら背が高くてスラッとした細身だな、ということは分かる。
そして。
何となく、こっちを見てる、ということも。
公園を出よう。
俺はスマホをしまい、静かに立ち上がる。ボヤッと立つ人影を見ながら、後退りするように出口へ向かう。
人影は、動かない。
出口に近付く。
人影は動かない。
なんだか逆に不気味になっ
ゴ
キッ
……く、びが。
首が、右側に、90度曲がった。
コレ、読んだぞ。
『90度』。街の中の不審者情報に、首を横向きに直角に曲げたまま走ってくる男がいる話――。
ヒロシはソイツに追いつかれ、同じように首を。
走り始めた。
公園を出て、後ろを見る。
とてつもないスピードで、首を90度に曲げたナニカが、走ってきてる!
「……っべえ、やべえやべえやべえやべえええっ!!!」
撒かねば。
捕まったら、俺は――。
右に曲がる。次は真っ直ぐ進んで、左。
なのに。
足音は、もう、すぐ後ろに。
走るスピードを上げ――る前に。
肩に、抉られるような痛みが、した。
物凄い力で、ナニカが肩を掴んでる。
足が、止まってしまう。
死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ!
震えて、動かない。
すぐ後ろに、息の音。
後ろを振り向くのが怖い。
肩が痛い。力が強くなってる。
クソ。
……畜生。
「……俺が、何したってんだよぉ……」
ナニカが、耳に息を近づける。
そして。
俺の、そんな問いに答えるように。
「――ケカケカケカケカケカケカケカケカケカ――」
変な、笑い声みたいな何かが、耳元に聞こえる。
そして、ごきり、と音がした。
目が覚めた。
俺は、公園のベンチに横たわっていた。
夢――と思いたかった。けど、異常な首の痛みが、これは現実だと訴えかけてくる。
アイツが何だったのかは分からない。
でも、何となく分かったことはある。
アイツの、妙な笑い。
アレは、俺に。
「書け」、と言っているんじゃないか――。
つづく
