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偽憎代稿(十九)

前話↓


腫物家
雷霧 雹

 俺の故郷は、それはもう、他の人の想像を絶するレベルのど田舎だ。
 周りには田んぼか畑か林ばかりで、近くの店も、地元の八百屋か駄菓子屋くらい。コンビニは車で30分のところにしかなく、スーパーはもっと遠い。ゲーセンなんてもっての外で、本屋も漫画の新刊が並ぶのが数ヶ月先、なんてのはザラだ。
 つまるところ、娯楽が少ない。
 子供特有の有り余るエネルギーを発散させるのに本では役立たずで、ゲームもそれほどなければゲーセンもないから、俺が子供の頃は外で遊ぶことがほとんどだった。けど、それも2〜3年もすれば飽きてくる。すると次第に、もっと刺激的な遊びがしたくなるのが、子どもの性ってモンだ。
 だからあの日、ヒロシが「幽霊屋敷の探索に行こうぜ」と言い出したのも、当然の流れだったように思う。
 幽霊屋敷。
 俺の田舎には、そう呼ばれる家がある。周りに建物がない所に、ぽつねんと立っている古ぼけた家。明らかに誰かが住んでいるようにも見えなかった。実際静かだったし、その家に明かりがついているのを見た人は、誰もいない。
 けれど、何故かドアのカギがいつもかかっていない。というより、カギをかけられない・・・・・・・・・という方が正しかった。大人たちが何度かカギをかけようと試み、そして確かにカギをかけるのだが、翌日になると何者かの手によって開いていたのだ。回覧板で、「件の家のカギを開けないでください」という紙が回っているのを、見た記憶がある。
 なら、取り壊したりはしないんだろうか――そう思うのだが、今も何故か残っている不気味な家だった。
「でもよ」遊び仲間の1人――トオルが言う。「あそこ、入るなって言われてんじゃん」
「だから面白いんだろ」はは、とヒロシが笑った。「何だ、ビビってんのか?」
 ヒロシの口調は、ややトオルを小馬鹿にするものだった。そういう口調が多少は許容される仲だったから、「ビビってねえし」とトオルは返す。ヒロシは、それにニヤリと笑ってから、俺と他の友人2人にも向けられた。
「なあ、お前らも行くだろ?」
 トオルがほとんど承諾したような返事の後で、「いや、行かないよ」と言えるはずもなく、全員2つ返事で了承した。
「OK。そしたら」ヒロシはわざと声をひそめる。「明日の放課後、あの家の前で集合な」
 全員頷く。その日は、それで解散となった。

***

 翌日放課後。
 幽霊屋敷に集まったのは、トオル以外の全員だった。
「やっぱりアイツ、怖気付いて逃げたんだ」
 はは、と笑うヒロシだが、俺と他の2人は内心キレていた。アイツが行くって言ったから、こっちも断りづらくなったというのに――と。しかし、来てしまったものは仕方ない。
 不法侵入しようとしている家に視線を向ける。
 改めて見るとやはり不気味だった。薄暗い雰囲気だから――というだけじゃない。太陽を遮るものもない、夏真っ盛りな気候だと言うのにどこか薄寒いのだ。それでいて、嫌な湿り気がする。本当に幽霊でも出そうな雰囲気がして、ワクワクする。
「じゃ、入るぞ」
 ヒロシがドアを開ける。やはりカギはかかっていない。
 中は荒れ放題なんじゃないか……と思っていたが、意外にも綺麗だった。新しくもないが、物が乱雑になっていたり、中の何かが壊れていたりとか、そういうことはなかった。唯一気になるとすれば、床に何かシミのようなものがあるくらいだろうか。
 少し拍子抜けしたが、まあ大人たちの誰かが掃除でもしてるのだろう、と思って気にせず中に入る。大人たちにバレないよう、ヒロシの指示でドアを閉めた。
「結構暗いな〜」
 そう言いながらも、ヒロシは薄暗い廊下をガンガン進んでいく。怖い物知らずかよ……と思いながらも、俺と残り2人は、おっかなびっくりヒロシのことを追いかけて行った。
 ギシギシ鳴る薄暗い廊下を歩いて、1番奥のドアに突き当たる。その右手には2階に通じる階段が伸びていた。ヒロシは、まずドアを開ける。
 そこはリビングのようだった。家具ひとつない、まるで生活感のない殺風景な空間。窓から太陽が差しているので、雰囲気は廊下に比べて明るいが、どこか寒く、ジメジメした空気は変わらずだ。
「うーん、何もねえな!」
 危機感が麻痺しているのか、ヒロシは次々にリビングを探し回り、併設されているキッチンの扉を開けていく。だけれど、全てもぬけのからだった。
「せめて昆虫の死骸でもあれば雰囲気あるんだけどな」
「やめろよ……」
 俺は思わず呟いてしまう。田舎での暮らしが長いので虫には慣れているし、虫の死骸を見ても驚きも気味悪がりもしないけど、それでもこういう場で何かが死んでいる姿はあまり見たくない。
「ま、いっか。次行こうぜ次。2階もあるみたいだし」
 ヒロシは用が済んだとばかりに歩き出す。リビングを出てすぐ左手側に階段があって、そこから上に上がることができるのだ。
 我先に、とヒロシがリビングから廊下に出た。その瞬間。
「うわっ!?」
 ドタッ、とヒロシは尻餅をついた。
 何やってんだよ、と俺たちは笑いながら、ヒロシの所へ向かう。案外ドジなところもあるのな、と思いながら。
 そうしてヒロシに近付いて。

 顔を青ざめさせているのが、ハッキリと分かった。それどころか、体も小刻みに震えている。
 俺たちは一瞬で異常事態を察した。
「おい、ヒロシ。どうし――」
「うわっ」
 俺が尋ねると同時、後ろにいた友人2人も、腰が抜けたように床に倒れ込む。
 全員、同じ方向を向いていた。
 恐る恐る、俺も視線を向ける。

 人がいた。
 いや、辛うじて人の形をした、何かがいた。
 全身という全身がボコボコと腫れている。そのせいでほとんど人のシルエットを失っていた。時々腫れた部分が、パン、パンと音を立てて割れて、そこから液体がビチャッと床を濡らしていた。
 床。
 ……あの、シミは。
 もしかして、コイツの。
「……ェ」
 その時。
「フ……ゲゲ……」
 人の形をした何かが、声を上げ始める。首や口の辺りが腫れてるからか、どことなく声はか細い。
 それから、ぴた、ぴたと歩き始める。
 ギシギシと床鳴りがするはずなのに、それもしない。

 バケモノ。

 そう直感した俺は、一目散に2階に逃げる――あのバケモノが外に出るドアを塞ぐように立っていたから、逃げ場は2階しかない。
 這々の体で、2階に辿り着いた。
 そこには、大量の容器が敷き詰められ、廊下を塞いでいた。
 俺はその容器が何なのかを知っていた。

 骨壷。

「……ひっ」
 足を止めてしまう。しかし、1階に降りるわけにはいかない。今降りれば、あのバケモノの餌食だ。後ろからどたどた走って上ってきた2人も、大量の骨壷が置かれているのを見て、逃げ道がないと察し、そのまま2階に留まった。
 2人。
 ……ヒロシが、いない。
 けれど、助けに行ける勇気など。
「お、おい……っ!」
 下から、ヒロシの声。
「お前ら……っ、助けろよ! 助けて……っ! ねえええっ!!」
 悲鳴。
 俺は思わず耳を塞いでしまった。それでも、悲鳴は手のひらをすり抜けて聞こえてくる。
 その悲鳴もそのうち小さくなり、最後には、ドタっと何かが倒れる音がした。
 何だ。
 何なんだコレは。
「……ごめん、なさい」
 謝罪の言葉が口をついて出る。
 今更遅いというのに、それでも言わなければならないと思った。
 その声に反応したのだろうか。

ひた。

  ひた。

    ひた。

ひた。

 階段を、上ってくる音がする。
 震えが止まらない。涙も溢れてくる。
 来るな。
 来るな。
 嫌だ。
 それでも、バケモノはこっちにやって来る。
「ア……フ……ゲゲ……」
 呻き声を上げながら。
 誰か。
 誰か、助けて。
 勝手に入ったことは謝りますから。
 どうか――



 その時。
 バン、とドアの開く音。
 それから、ドタドタと何人かの足音が響いて、こっちにやって来た。
「ヒ、ヒロシくん! ヒロシくん!!」
「救急車! 早く!」
「他の子は!?」
 大人たちだ。
 もう、バケモノが階段を上る音はない。いつの間にか消えたのか。
 俺は、「おおい」と声を上げた。ほとんど泣いていたので、上手く声を出せなかったけど、それでも声は大人たちに届いたようで、急いで来てくれた。
 やって来た大人たちは全員、フルフェイスのガスマスクをしていた。
「……っ!?」
 大人たちは、一瞬だけ声が引き攣っていたような気がした。この大量の骨壷を見たら当然だろう。
「た、立てるか!? この家から出るぞ!」
「う、うん……」
 そうして俺たちは、大人たちと幽霊屋敷から出た。前の方で、ヒロシがおぶられているのが見える。

 ヒロシの全身が、ぼこぼこに腫れていた。
 まるで、あのバケモノみたいに。

***

 その後俺たちは、こっぴどく叱られながらも、無事に治って・・・・・・良かったと喜ばれた。そんな俺は、遠く離れた大きな病院のベッドの上にいた。同じ病室に2人もいる。ヒロシだけは別室のようで、いなかった。
 ヒロシ以外の俺たちの体にも、あのボコボコとした出来物ができて、強制的に病院に連れて行かれたのだ。それで治るくらい、俺たちは軽症で済んだ。
 どうも、今回幽霊屋敷に行かなかったトオルが、俺たちがそこに行ったと大人たちに伝えたようだった。お蔭で助けが早く来て、俺たちは無事だったとのこと。
 もし、その助けが来なかったら、今頃俺たちは――あの骨壷の群れを思い出すと、ゾッとする。
 それから、治療が進むにつれて、俺の中には色んな疑問が渦巻くようになった。いや、俺だけじゃない、他の2人も同じだ。
 あの家が何なのか。
 あの骨壷は誰が置いたのか。
 そして、ヒロシはどうなったのか。
 けれど大人たちは答えてくれなかった。代わりに、「今はそんなこといい」「早く良くなってね」とはぐらかすばかり。

 あの家には、もう関わるな。
 大人達から、言外にそう伝えられているような気がした。

 結局、俺たちが学校に復帰してもヒロシは戻って来なかった。遠くに引っ越しました、というのが先生からのただひとつの説明があるのみで、実際、ヒロシの一家全員村から消えていた。
 それどころか、今度はそのヒロシの家も、禁足地として扱われるようになった。つまり新たな幽霊屋敷が出来た訳だが、流石に俺たちに足を踏み入れる勇気はなかった。
 今も、そのヒロシの家は残っている。壊されもせず、ただじっと。






 ……俺は。
 この話を思い出すたび、1つだけ、今も考え込むことがあった。
 あのバケモノが発していた、「ア……フ……ゲゲ……」という、あの言葉。
 何と言っていたんだろうか、ということだ。
 1文字目が「あ」、2文字目が「う」、3と4文字目が「え」の音を持つ言葉。
 考えて、考えて……最近俺は、この言葉なんじゃないか、と思うものがある。
 それは。






 「たすけて

 それ以来、俺はこの話について深く考えないことにしている。


つづく

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