偽憎代稿(二十)
前話↓
インターホンが鳴り止まない。
プリンターが壊れ、紙を吐き出し続ける。
段々と、息苦しくなる。
そんな怪現象に見舞われながらも、俺はそうして小説『腫物家』を書き切り、ロクな推敲もせず、ヒロシの立てた個人企画に参加した上で投稿した。SNSには宣伝しなかった。というか、宣伝する気も起きなかった。
投稿を終えたその瞬間、あれだけ色々起きていた怪現象がピタリと止んだ。続けて、数十秒後に感想通知。ヒロシから。変わらず、「ありがとうございました」の一言のみ。
――マンションを飛び出したあの晩、俺は結局あてどなく彷徨った挙句、ホテルに泊まった。身銭を切る羽目になったが、まずは一安心――そんな俺の期待を打ち破るように、「ヒロシ」は俺に怪現象を浴びせ続けた。
4階に部屋をとったのに窓ガラスを叩く音はするし、「書けぇ」と野太い男の声で言ってくるし。
部屋のインターホンはずっと鳴り止まないし、出てもやはり廊下には誰もいないし。
何より、発疹のようなものまでできてしまった。発疹は、少しずつ――腫れるように大きくなっていった。
ストレスで頭がおかしくなった、と言いたいところだが……そう言えたら、どれだけ楽だったろう。
結局、どこに行っても同じだと思った俺は、寝ずの夜を過ごした後にマンションに戻り、『腫物家』を書き上げた。当然これは前に読んだ、田中彼方氏による『ハヤリヤマイエ』のパクリだ。オマージュですらない。普段なら断罪すべき、そして俺なら間違いなく断罪する行為を、自分でやってしまった。自己嫌悪で死にたくなるが、これこそ背に腹はかえられぬ、というヤツだった。
パクリをすることには、この場合、大きく2つの利点がある。
1つは、早く物語を書き終えられるところ。一から物語を紡ぐ必要がないので、執筆スピードは段違いだ。そしてそれは、怪現象をいち早く鎮める、という意味でも役に立つ。
そしてもう1つは――これは俺の仮説も込みだが、怪現象の強化を防げるところだ。
俺は、この「ヒロシ」の怪異は「ヒロシを酷い目に遭わせる小説で描写された怪現象を再現できる」のではないかと考えている。実際、俺が出会った怪現象は今のところ、これまでに読んだ「ヒロシ」ホラーの怪現象のみ。それ以外はなかったように思う。
この仮説が正しいのなら、同じ怪現象を扱う小説を書けば、ヒロシの怪現象レパートリーの増加を防げるはず――俺はそう思った。合っているかどうかは分からないけれど、一生懸命話を考えて投稿してバカを見るよりは、遥かにマシなように思えた。
だから、盗作した。
その罪悪感は半端じゃない。それこそ、筆を折りたくなるくらいに。そんな気持ちを押し殺して、俺はあの作品を――ヒロシを酷い目に遭わせる作品を書いた。
それでも、「ヒロシ」は許してはくれない。今も俺のマンションの扉をガンガンガンガン叩いている。
もう限界だった。
俺はGoogle検索の窓に、「除霊 寺」と打ち込む。藁にも縋る思いだった。でも折角なら丸太に掴まりたい――そう思って検索欄に追加で「最強」と打ち込んだ。
そうして検索結果の1番上に出てきたのは、「高山寺」だった。俺の家からは電車で2時間のところにあったが、最早距離は問題ではない。
念のため、レビューがないかを探してみる。まさかないだろうと思ったが、13件あった。星の分布はバラけていて、「めちゃくちゃ効果があった」とする星5つや、「ここの坊さんはインチキだ」「それはあなたの気のせいだと言われた」とする星2つやら星1つやらもあった。
こういうレビューの方がいっそ信頼できる。
俺は一も二もなく身支度をする。今日は授業だった気がするけど、もし授業があったとて無断欠席することに決めた。
***
ということで、自室から遥々2時間。
神奈川の西側にひたすら向かい、随分と自然豊かなところに来た。高い建物や忙しく動く人も交通機関もいない、開けた風景というのは、それだけで心が癒される。怪異に憑かれて疲弊していたので尚更だ。
今も、何かの視線を感じてはいる。
そちらに目を向けたら絶対に良くない気もしている。
マジで頭がおかしくなりそうだ。
そんな緑色の映える風景の中を彷徨っていると、ぽつんと寺の門が見えた。
随分デカくて、新しく、豪奢だ。門の左右にはそれぞれ、立派な阿吽像が収められている。
由緒ある寺を想像していた俺は、少し不安になる。しかしここまで来て引き返すことはできない。門を潜って寺の境内に足を踏み入れた。
立派な本堂が1つ。
その前で、1人の若い僧侶が太極拳をやっていた。しかも上裸で。太極拳? このクソ寒い時に。でも筋肉は凄い。僧侶とは思えない体つき。
だが僧侶は、やって来たこっちに目もくれない。余程、太極拳に集中しているのだろう。
声を掛けるのも憚られるな、ということか。それなら、終わるまで待っておくとするか――
「ちょっと待ってろ」
「っ!?」
顔を向けずに、俺にそう言った。……心臓に悪いぜこの僧侶。
「もう少しで終わるからな。そしたら、お前さんに纏わりつく悪霊について、話を聞こうじゃねえの」
……。
まだ何も言っていないんだが。
俺に悪霊が纏わりついていると看破した? ……いや、よく考えれば看破というよりはコールドリーディングみたいなモンか。他にも沢山、俺みたいな――「除霊 寺 最強」と調べてここに辿り着いたヤツがいたのだろうから、推測くらい、この僧侶にはできるのだろう。
まあ、何でもいい。
この僧侶は、『悪霊』を祓ってもらいに来た俺に全く動じていない。彼がインチキにしろホンモノにしろ、手慣れていることには違いない。
それに、折角2時間かけてやって来た。ここで帰ったらただの骨折り損だ。
寒空の下、上裸の僧侶が太極拳を終えるのを境内で待っていた。待つのは苦痛じゃなかった――待っている間、道中も悩まされていた霊障は、1つとして起きなかったのだから。
***
「いやあ、すまねえ。待たせたな。……ああ、くつろいでもらって構わねえよ。遠路遥々疲れたろうさ」
中に招かれ正座で待っていた俺に、僧侶の衣装を着た坊さんは優しげな声をかけてくれた。名は天灯というらしい。随分カッコいいじゃねえの。
「さて。改めてにはなるが――佐藤さんよ、悪霊に憑かれているんだろ? だから、オレの処にやって来た。早速話してみな」
話が早い。
まずは深呼吸。一旦落ち着かなきゃ、こんなはちゃめちゃな話、ちゃんとできる気がしない。
俺は、順を追って話した。恥もなるべく捨てて、趣味で小説を書いてることから、変なアカウントに目をつけられたこと、そこから集めた情報のあれこれ、そして遭遇した怪現象と、その考察まで。
天灯さんは、その話の全てを頷きながら黙って聴いてくれた。だからというのもあるんだろう、俺もほとんど包み隠さずに話をすることができた。
一通り話した後、天灯さんは「ちょっとその動画とやら、見せてくれ」と言ってきた。お安い御用とスマホを出して、『何でもござれ!ホラー先輩』のチャンネルの、『白い蝋の話』の回を開いて見せてみる。
暫く聴いて、それからWEB小説を要求されたのでまたスマホを操作して渡す。それが何回か続いた後、ふっ、と天灯さんは微笑んだ。
何か解決の糸口を掴んだのだろうか。
「佐藤さん」
息を呑む。
「今のオレには、どうしようもねえな」
……おい、おいおいおいおい。
どうしようもない、だと?
じゃあ。
「じゃあ、俺は――怪異に襲われるばかりってことですか」
「ああ、いや、そんなにカッカしないでくれ。別に、何も全く手段がないわけじゃない」
天灯さんが、慌てるような声で訂正する。
どういうことですか、と自分でもビックリするくらいの小さな声で尋ねると、天灯さんは続けた。
「コイツは、通常の手続きで祓うのが難しいんだ」
なんつーんだろうな……と少し考えて、こう答えた。
「お前に纏わり付いている怪異は、祓えはするんだ。でもな――祓っても意味がないんだよ」
つづく
