「小学校の勉強についていけない子」は、どこで食い止められるのか?
「ユって何だっけ?」
「・・・」
オイオイ。
数日前、子供達と市販のワークに取り組んでいた時の事。
小2の長男が「カタカナのユ」の書き方が思い出せないと言い出した。
その他にも「テ」「ワ」も思い出せなかった。
「覚えられてない」と言うよりも「ど忘れ」「出てこない」という感じだったけど、忘れるには早すぎる…💦
って言うか、カタカナ。
小1の夏休み前に習ったよね?
当時は丁寧に宿題のプリント書いてたよね?
むしろ年中か年少の頃に、チャレンジでやってたよね?
漢字はともかく、カタカナに気を配っていなった。
まさに盲点。
ついでに言えば、漢字も全然書けてる気配がない。
これで来月から小3になって、どんどん「覚える漢字」が増える?
社会の様な、暗記科目が追加される?
ちょっと無理なんですけど💦
まるで自分の事の様に、来年以降が不安になってきた。
「ついていけない子」は沢山いる
色々な場所で、ママ友同士が「我が子の学力」について話しているシーンに遭遇する。
「小学校高学年になるのに九九ができない」
「もうすぐ小3なのに、1年生の算数からつまづいているので小1のドリルをやらせている」
振り返れば、私が中学生だった頃にも「九九ができないクラスメイト」がいた。
ここで我が子に視点を置いてみる。
長男は未就学児の頃からチャレンジに取り組み、年長の頃から「RISU算数」をスタートした。
RISUは問題を解くと「新しいステージが開く」というゲーム要素があり、学年関係なくどんどん解き進める事ができる。
長男は当時やる気に満ち溢れていて、1年生の夏休みを迎える頃には「小3の算数」までどんどん先取りをしていた。
そんなに先取できた理由は何か?
それは、RISUのお陰も勿論あるけど未就学児の頃に通っていた幼児教室のプリントが「式を使わない四則演算」みたいな難易度高めな問題だったからだと思う。
対して国語。
小さい頃から沢山の本に触れてきたので、「お話の内容理解」みたいな問題は大体バッチリだ。
だけど、漢字は?
最近「テスト」を持ち帰ってこなかったので「レベル」がサッパリ分からなくなっていた。
年度末に机に丸まっていた紙類を全て持ち帰ってきたら、出てきた出てきた、初見のテスト。
やっぱり「漢字だけ×」みたいなテストが何枚もあった。
色々な事が見えなくなる
長男が小2になってからの一年。
小学校では色々な変化があった。
まず「学年だより」が廃止になった。
以前は「2年生の学年だより」として、日々の予定+教科別毎に今月の学習内容が書かれていた。
それが年度の途中から「学校だより」に統合されて、情報量が激減した。
今はこれしか書かれていない。
・行事予定(下校時刻)
・徴収金の有無
・持ち物(図工関連が殆ど)
「今月の学習内容」を細かく読んでいたワケではないけれど、「あ~、今は単位をやってるのか・・」とかうっすら把握できていた。←うっすらね(笑)
でももっと大きいのは、教科書・ノートの持ち帰りが一切なくなった事だ。
正確に言えば、国語は音読の宿題があるので持ち帰っていた。
だけど、それ以外の教科書やノートは後期に入ってからサッパリ見かけなくなった。
何を勉強してきたのか?が分からない。
更に言えば、長男の様な「面倒くさがり」な子供はノートのページが終わっても親に申告してこないので毎日「仮ノート(学校で用意されたコピー)」でやり過ごしてくる。
今振り返れば、音読の宿題ついでに「漢字のミニテスト」でもすれば良かったのだけど・・・。
「日々のタスク」を増やす事って…。
余裕がない。
誰が責任を持つの?
小学生の家庭学習事情について、語り合うママ友がいないので(笑)
世の中のご家庭はどうしてるのか?サッパリ分からない。
「子供が学校の勉強についていけない」に対して、誰が最後まで面倒を見るのだろうか?
まず、先生や小学校ではないだろう。
たまに「うちの子が勉強できないのは、先生の教え方が悪い」とか「公立ではフォローが足りない」と言う人がいる。
だけど、「完璧にできるようになる」を先生に求めるのは違う気がしている。
だって義務教育はあくまでも「履修がベース」だ。
更に言えば、学校へ行かなくても「卒業する年齢」に到達すれば「卒業証書」が授与される。
何よりも、学校から出された宿題すらマトモにやらない長男の「漢字力」を「学校の先生が悪い」なんて、どんなに私が図々しいヤツだとしても言えない💦
では、子供本人の責任なのか?
いやいや、どうだろう。
正直、小2の子供にとって「漢字を書けないと何が困るのか?」はサッパリ分からないだろう。
親は「受験が…就職が…」と不安になるかもしれないが、子供にはそんな先のイメージが全くつかない。
私も、「あまりにも簡単な漢字すら書けないと恥ずかしい思いをするだろう…」と思う一方で、「大人になったらカンニングし放題だよな」と思ったりする。
そうは言っても、私自身が「漢字が苦手な小学生」だったので分かるけど。
学校の中で「苦手」が多いと、自己肯定感は低下する。
隣の子はできるのに、自分はできなかった。
友達の前で漢字が書けなくて、笑われた。
テストの点数が低くて、呼び出された。
今は先生が「周りの子と比べる発言・行為」をする事は少なくなっただろうけど、それでも至る所で子供自身が他人と自分を比べてしまう。
廊下に貼り出した絵・作文・レポート。
子供の目にも「出来栄えの差」が露わになる。
「毎日楽しい時間を過ごして欲しい」と願う母にとっては、「できない」を放置するのは違う様な気がする。
春休み漢字テスト
という事で、この週末を利用して「漢字テスト」を実施した。
小2の国語の教科書を片手に、1年間で習った漢字全てを口頭で出題した。
つまりは「付きっきり」である。
小2で習う160字全てをテストした結果、間違えたのは30字位。
間違えた漢字は「再テスト」をした。
この再テストの方法にはコツがある。
それは「再テストまでの練習方法は、子供が自分で決める」という事。
春休み初日に30問程のテストをした時は「間違えた漢字は10回書く」という課題を出したけど、こうやって強制すると物凄く嫌がる。
そもそも「漢字テストをする」という時点で、大反発が起きる。
そこを何とか「漢字テストに取り組む」という所までこぎつけたのだ。
ここで機嫌が悪くなったり、やる気を失われたら困る(切実に)。
長男は間違えた漢字によって「見るだけ」や「数回書く」を繰り返していた。
こうして「再テスト」が2回、3回と続く字もあったものの全ての漢字が「一応書ける」という状態まで持ってくる事ができた。
↑「綺麗に書ける」とか、もう諦めました(笑)
かかった時間は、トータルで約3時間(!)
お陰で、「ピクニック日和」だった晴れの日曜日が半分潰れちゃったよ(笑)
でも、当初の想定よりも長男が「楽しそう」にテストに向き合ってくれた。
そのポイントは「孤独じゃない」という事な気がする。
漢字のテストって答えを知った後に「あー!そっちだったかー!!」みたいな事がある。
その時に一緒に笑い合えるって大事だと思う。
自分で課題を設定して、自分で取り組む「1人芝居」みたいな自習も年齢が上がればできる。
だけど、まだ小2だ。
もちろん、便利な漢字学習アプリの様なツールも沢山ある。
探してみようと思う。
でも、こういう時間を通して子供を理解する事や、喜怒哀楽を一緒に味わうって親の醍醐味でもある。
私自身も、未だに漢字が苦手なワケだし(笑)
小学校に無理に合わせる必要はない。
だけど、勉強の「好き・嫌い」と「得意・不得意」って鶏と卵みたいな関係だと思う。
好きだから得意になるのか。
得意だから好きなのか。
因果関係が複雑な気がする。
正社員を辞めると決めたものの、具体的なスケジュールはまだ見えない。
だけど、子供達の毎日に「適度な距離感」で伴走していきたいと思う。
3月31日。
皆、今年もお疲れ様でした。
<あとがき>
漢字のカードゲーム等もチェックしてみましたが、「書けない」に効果があるのか?が疑問です。
でも、部首とか覚えたらやっぱり役に立つかな?
近々取り入れてみたいと思います。
時間切れの為、ヨンデミー!はまた明日。
今日も有難うございました。
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