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「Solaria 第一話|はじまりの坂」(後編)

ー はじまりの歌 ー

 昼休みのチャイムが鳴る。

 教室のざわめきの中で、ひなたは机に突っ伏していた。

 頭の中には、昨夜見た映像が何度もよみがえる。

 光。

 音。

 笑顔。

(……やりたい)

 その気持ちは、もう消えなかった。

 ガタッ。

 勢いよく立ち上がる。

「……よし」

 向かう先は、ひとつしかない。


 ■ 練習室

 放課後。

 高等部校舎の4階、あの部屋。

 ドアを開けると、いつもと同じ光景があった。

 鏡張りの壁。

 差し込む西日。

 そして――

 水瀬しおりと白石ゆい。

 しおりは腕を組んで、鏡を見ている。

 ゆいはストレッチをしながら、こちらに気づいて顔を上げた。

「あ、ひなた。今日ちょっと早いね」

 ゆいの声は、やっぱりやわらかい。

「うん、ちょっと話したいことあって」

 ひなたの声は、少しだけ緊張していた。

 しおりが、視線だけこちらに向ける。

「……なに?」

 短い一言。

 でも、ちゃんと聞く姿勢。

 ひなたは、ぐっと息を吸った。

「スクールアイドル、やらない?」

 一瞬。

 時間が止まったみたいに、静かになる。

 ゆいが目を丸くする。

 しおりは――

 表情を変えない。

「……どういうこと?」

 静かな声。

「昨日、動画見てさ。歌って踊ってて、すごく楽しそうで――」

 言葉が少しずつ熱を帯びていく。

「私たちのダンスに、歌も加えてさ、もっといろんな人に見てもらえるっていうか――」

「――ひなた」

 しおりが、言葉を遮る。

 その声は、冷たくはない。

 でも、はっきりしていた。

「それ、本気で言ってる?」

 ひなたの言葉が止まる。

「遊びじゃないんだよ、部活は」

 空気が、少しだけ張り詰める。

「私たち、今どういう状況か分かってるでしょ」

 しおりの言葉は、正しい。

 正しすぎて、少し痛い。

「同好会で、人数も足りなくて。まずやるべきことは、ちゃんとした形に戻すことじゃないの?」

 わずかな沈黙の時間がとても長く感じた…

 ゆいが、そっと口を開く。

「しおり……」

「それに」

 しおりは続ける。

「中途半端が一番ダメだと思う」

 その言葉は、まっすぐだった。

「やるならちゃんとやる。やらないならやらない」

 ひなたは、何も言えない。

 でも。

 胸の奥の気持ちは、消えない。

「……本気だよ」

 小さく、でも確かに言う。

「私、本気でやりたい」

 しおりと目が合う。

「今のままじゃダメなんだよ」

 言葉が、少し震える。

「このまま3人で踊ってても、前みたいにはならない」

 ゆいが、少しだけ驚いた顔をする。

「でも……だからって、新しいこと始めるのは――」

「違う」

 ひなたは首を振る。

「逃げじゃない」

 一歩、前に出る。

「前に進みたいだけ」

 沈黙。

 窓の外で、風が吹く。

 カーテンが揺れる。

 しおりは、しばらく何も言わなかった。

 やがて、小さく息を吐く。

「……分かった」

 その一言に、ひなたの目が少しだけ明るくなる。

「でも条件がある」

「条件?」

「ちゃんと形にすること」

 しおりはまっすぐに言う。

「遊びで終わらせないなら、やる」

 ひなたの表情が、ぱっと変わる。

「ほんと!?」

 ゆいも、ほっとしたように笑う。

「よかった……」

 しおりは、少しだけ苦笑する。

「ただし――」

 ひなたが身を乗り出す。

「人数、足りてないからね」

 現実が、そこにある。

「部にするなら、あと二人は必要」

 ひなたは、一瞬考えて――

 すぐに笑った。

「じゃあ、探そう!」

 その明るさに、しおりは小さくため息をつく。

「……ほんと、そういうとこだよ」

 でもその声は、どこか少しだけ柔らかかった。


■ 新たな出会い

 翌日。

 昼休みの廊下。

 窓から差し込む光が、床を照らしている。

 ひなたは、掲示板に張り紙をしていた。

「スクールアイドル同好会 メンバー募集!」

 少しだけ手書きの文字が震えている。

(来るかな……)

 不安と期待が混ざる。

 そのとき。

 ふと、視界の端に入った。

 小さな女の子。

 ピンク色の髪。

 少しだけ俯きがちで、静かに歩いている。

 でも――

 なぜか、目が離せなかった。

(……あの子)

 

 ひなたの足が、自然と動く。

「ねえ!」

 思わず声をかける。

 その子が、びくっと肩を揺らして振り返る。

 小鳥遊さくら。

 大きな瞳が、少しだけ戸惑っていた。

「な、なに……?」

 ひなたは、にこっと笑う。

「スクールアイドル、興味ない?」

 間髪入れない一言。

 さくらは、きょとんとする。

「え……?」

「一緒にやろうよ!」

 まっすぐすぎる誘い。

 数秒の沈黙。

 そして――

「む、無理……です」

 小さく、でもはっきりとした拒否。

 ひなたは一瞬固まって――

 すぐに笑った。

「そっか!」

 引かない。

「じゃあさ、見に来てよ!」

「え……?」

「放課後、屋上でやるから!」

 さくらは戸惑ったまま、言葉を失う。

 でも――

 ひなたの目は、まっすぐだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 放課後。

 屋上へ続く扉の前で、小鳥遊さくらは立ち止まっていた。

 来るつもりなんて、なかった。

 断ったはずだった。

 でも――

(ちょっとだけ……見るだけ……)

 理由をつけて、自分に言い訳をする。

 胸の奥が、少しだけざわついている。

 ドアの向こうから、かすかに声が聞こえた。

 歌声。

 思わず、息を呑む。

 ゆっくりと、扉に手をかける。

 ――開ける。

■ 屋上

 風が、ふわっと吹き抜けた。

 夕暮れ前の光が、校舎の屋上を優しく照らしている。

 その中央に――

 天野ひなた、水瀬しおり、白石ゆいの三人がいた。

 歌っている。

 まだ未完成で、少しだけぎこちない。

 でも――

 まっすぐだった。

 ひなたが、笑っている。

 しおりが、真剣に歌っている。

 ゆいが、優しく声を重ねている。

 その光景に、さくらは言葉を失った。

(……なんで)

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

(どうして……)

 自然と、足が一歩前に出る。

 歌声が、風に乗って届く。

(どうして、そんなに――)

 気づいたときには、声に出ていた。

「……楽しそうなの……?」

 三人の歌が、ぴたりと止まる。

 ひなたが振り返る。

「あ、来てくれた!」

 その声は、あまりにも嬉しそうで。

 さくらは一瞬、たじろぐ。

「え、あ……その……」

 うまく言葉が出ない。

 逃げようとする。

 でも――

「ね、どうだった?」

 ひなたが、まっすぐに聞いてくる。

 その目から、逃げられない。

「……なんで」

 ぽつりと、言葉がこぼれる。

「なんで、そんなに楽しそうなの……?」

 少しだけ震えた声。

 ひなたは、一瞬きょとんとして――

 すぐに笑った。

「だって、楽しいから!」

 迷いのない答え。

 その一言が、胸に刺さる。

(……そんな簡単なことなの?)

 さくらは、視線を落とす。

 手が、ぎゅっと握られる。

「私……」

 言葉が、うまく出てこない。

「歌うの……好きだったの」

 初めて、誰かに言った。

 しおりとゆいが、静かに聞いている。

「でも……」

 あの日の記憶が、よみがえる。

 笑い声。

 視線。

 止まった声。

「うまく歌えなくて……」

 違う。

 本当は、違うのに。

「笑われて……」

 唇が震える。

「それから……人前で歌えなくなって……」

 言葉が、途切れる。

 風が吹く。

 髪が揺れる。

 ひなたは、黙って聞いていた。

 そして――

 一歩、近づく。

「じゃあさ」

 さくらが顔を上げる。

 ひなたは、にこっと笑った。

「もう一回、歌ってみようよ」

 あまりにも、まっすぐな言葉。

「ここなら、誰も笑わないよ」

 さくらの目が、揺れる。

「私たちしかいないし」

 ゆいが、やさしく微笑む。

「ね」

 しおりも、小さく頷く。

 逃げ場は、ない。

 でも――

 怖さと同じくらい、別の気持ちがあった。

(……歌いたい)

 胸の奥で、ずっと消えなかったもの。

 ゆっくりと、息を吸う。

 声を出そうとして――

 止まる。

 怖い。

 でも。

 目の前には、三人がいる。

 笑っている。

 待っている。

 もう一度、息を吸う。

 小さく、声を出す。

 震えている。

 でも――

 音になる。

 途切れない。

 さくらの声が、空に広がる。

 

 風に乗って、やわらかく響く。

 ひなたの目が、少しだけ見開かれる。

(……綺麗)

 思わず、そう思った。

 しおりも、ゆいも、黙って聞いている。

 歌い終わる。

 静寂。

 数秒のあと。

「……すごい」

 ひなたが、ぽつりと言った。

「めっちゃいいじゃん!」

 満面の笑顔。

 さくらは、固まる。

「え……?」

「なんでやめちゃったの!?」

 まっすぐすぎる疑問。

 さくらの目に、少しだけ涙が浮かぶ。

「……だって」

 言いかけて、止まる。

 でも――

 もう、分かっていた。

 あの時の言葉の意味も。

 自分の気持ちも。

 小さく、笑う。

「……もう一回、やってみたい」

 その一言は、震えていたけど。

 確かに前を向いていた。

 ひなたの顔が、ぱっと明るくなる。

「じゃあ決まり!」

 手を差し出す。

「一緒にやろう、スクールアイドル!」

 さくらは、その手を見る。

 一瞬だけ迷って――

 そっと、握る。

 その瞬間。

 風が吹いた。

 桜の花びらが、舞い上がる。

 

■ ラストシーン

 翌朝。

 学校へと続くいつもの坂道。

 ひなたが立っている。

 振り返る。

 そこには――

 しおり、ゆい、さくら。

 そしてその少し後ろに――

 まだ知らない一人の少女の影。

「ここから、始まる」

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そして、物語は次の出会いへ。

それは――

あまりにも、強くて。

あまりにも、まっすぐで。

ひなたの世界を、
大きく揺らす存在だった。

第一話 はじまりの坂 (後編)終

▶ Solaria 第二話|「衝突の先にある光」
 ― 衝突の先にある光 ― へ続く


※本作はオリジナルスクールアイドルプロジェクト「Solaria」の物語です。
X(旧Twitter)にてビジュアルと連動しています。


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