見出し画像

Netflix「二十五、二十一」を観て自分の青春と生きてきた時代を振り返る|AC✖️HSPの私のドラマ考察

やまねです😊

最近、色々あって疲れてしまい、
現在このnoteと別途やっているブログの方の記事の投稿をお休み中。

その他にも、休めることはできる限り休むようにした結果、子どもが寝た後など、いつもよりもだいぶ時間の余裕ができました。

で、何をしているかということ、Netflixでドラマや映画、アニメなどを観ています。

物語に没頭している間は、余計なことを考えないで済むし、物語が終わった後には、自分の人生について、生死について、今生きている世界について等、映画やドラマ、アニメなどの作品が新たな視座を与えてくれる。

だから、気持ちの切り替えをしなきゃいけない、
元気を出してまた前に進まなきゃいけない、
そんなときの時間の使い方にNetflixはピッタリだなと思います。
(ついつい観過ぎてしまうという難点もありますが💦)

そして、ちょうどNetflix×noteコラボ企画をやっているということだったので、今回の記事はそれに参加する形で書きました!

韓国ドラマ「二十五、二十一」を観た✨✨

2022年に公開された韓国ドラマ「二十五、二十一」。
2022年といえば、まだコロナのパンデミックの渦中にあった時期ですよね。

オススメに出てきたので、観てみることに…。

私は随分と出遅れて観てしまいましたが、公開時期を考えると、この作品のメッセージ性がより深く胸に突き刺さってくる気がします。

どんな物語なのか📖

2020年代の若者の視点から、90年代後半〜2000年初期を見る

物語は、主人公ヒドの娘が母ヒドの古い日記を見つけて、それを読み、母の青春時代を追体験するという形式で進んでいきます。

娘が日記を読んでいるのは、ちょうどコロナのパンデミックの頃。

そして、日記の中に記されていたのは90年代終わりから2000年代初期の数年間の出来事。
その時代に起きた様々な社会の変化を背景に、歴史の流れに翻弄されながらも、自分の生き方を貫き、人生を切り開いていく若者の姿が描かれています。

コロナのパンデミックの時代を10代の若者として生きる娘の目に、90年代後半から00年代を生きる親世代が若者だった頃の姿はどう映るのか。
それが物語全体のメッセージにも繋がっているように感じました。

90年代後半〜2000年代初期の若者たちの青春模様

この物語では、いくつかのドラマ要素が絡み合って、青春模様が描かれていきます。

  • 主人公ヒドとイジンの恋愛ドラマ

  • ヒドはフェンシングをやっているので、その選手としての成長を描いたスポ根ドラマ(もちろん宿命のライバルとの戦いとその友情あり!)

  • ヒドとイジンを含む5人の仲間の友情ドラマ

  • イジンがジャーナリストとして成長する職業ドラマ

これらのドラマが同時に展開していくので、
かなり長いドラマなんですが全く飽きさせない作りになっています。
そして、それぞれのドラマ全てに、歴史的な出来事が様々な形で影響していくんですね。

ヒドとイジンの関係と歴史的背景

その中でも、物語のメインになるのは、
やっぱりヒドとイジンの恋愛ドラマ。

ヒドとイジンの出会いは、90年代後半。
その頃、韓国ではIMF危機に直面し、大手企業が次々倒産し、多くの家庭が経済的に困窮するという時代背景にありました。

そして、ヒドとイジン、2人の人生もその影響で大きく変化していました。

高校生だったヒドは、通っていた高校のフェンシング部が予算カットのために廃部となり、自分の全てを賭けてやってきたフェンシングを続けられないかもしれない状況になる。

イジンは、父親が大企業の経営者である非常に恵まれた家庭の長男として生まれた御曹司だったのに、会社が倒産。
一家離散の状態となり、大学も中退して色々なバイトをしながら生活し、父の所在を探す債権者に自身も追われるなどの苦境にありました。

そんな2人が出会って、お互いの葛藤を深く理解し、共に支え合いながら、それぞれの人生を切り拓いていく。
その中で、愛が生まれていくんですね。

そんなふうに、歴史の大きな流れの中に生きる個人の姿が生き生きと描かれていきます。

大きな時代の流れの中に生きているという感覚🕰️

このドラマを観ていると、あの頃、自分はどうしてたかなと考えてしまうことがたくさんありました。

それぞれの時代を背景として自分の姿がどうあったのかということを想起させられるんですよね。

例えば、コロナの頃。
緊急事態宣言があって、学校や商業施設が閉鎖されていた時のこと。
私は幼稚園に通う前の2歳前後の子ども抱えて、それまで毎日のように通っていた児童館も閉まり、行き場がなくて途方に暮れていました。

当時、結構、雨の日が多かったんですが、
ある雨の日、急遽思い立って、子どもにレインコートを着せて、2人で公園に行きました。

とはいえ、遊具は全部立ち入り禁止のテープが貼られて使えなかったので、遊ぶものもないし、すぐに飽きて帰るかなと思っていたんですよね。

でも、子どもは水たまりで遊び出して、水たまりの中に寝っ転がったり、バシャバシャしたりして、泥水の感触を思いっきり楽しんでいました。
全身、泥だらけになりながら、でも本当に楽しそうでキラキラしてたんですよね。

あの瞬間に、子どもってすごいなと思ったし、
子どもにとって大切なものは何かって言うことがわかった気がして、それが今の自分の子育て観に繋がっているような気がします。

そんなふうに、時代との対比の中で、
社会のあり方や自分を見つめることで、
社会の進むべき道、
その中に生きる自分の進むべき道というのも
見えてくるのかなと思います。

少女漫画のようなキラキラからの映画「追憶」のような大人の切なさ💖

そんな歴史的な視点から描かれるドラマという要素がある一方で、物語の展開はまるで少女漫画のようにキラキラしているのが、このドラマの非常に魅力的なところです。

ただ、ヒドとイジンのように、お互いが自分の生きる道を直向きに追求し、そういう人間同士だからこそ理解し合えるという関係性の中で描かれる恋愛関係というのは、大抵の場合、映画「追憶」のような運命を辿ることになっちゃうんですよね(「追憶」は70年代の古い映画です)。

「追憶」の中にだけ存在する、あの瞬間、あの人がいるからこそ、
私は今日も生きていける。

そういう瞬間や、そういう人との出会いというものは、例えそれが儚いものであったとしても、私たちの人生の全てが凝縮されているような煌めきを持つのだとこのドラマが教えてくれました。

👇この動画の最後の方に出てくる場面で、
イジンの目が少女漫画の登場人物の瞳みたいにキラキラ輝いてるところ✨
すっかり心を奪われてしまいました…💖

おわりに

私のように、もう青春時代から離れてしまった人にとっては、自分の生きてきたた時代と共に、今も心の中に生き続けている煌めくような瞬間や人との出会いを思い出し、明日を生きるための力にしていくーー
そんなきっかけをくれる作品かなと思いました。

また、今まさに青春時代を送ろう、送っているという若い人にとっては、どんなに時代の流れに立ち向かうことが困難であっても、仲間を見つけ、その仲間と共に、その時、その瞬間にしかないような煌めきを感じることが、長い人生の中でどれほど大切な意味を持つのかを教えてくれる。

だから、いつか子どもがティーンエイジャーになったら、
今度は子どもと一緒に観たいなと思えるような作品でした!

ちょっと前の作品ですが、ご興味がありましたら、ぜひ観てくださいね。

📚関連記事のご紹介

🎬ブログでも作品の考察をしています!

💡この記事を楽しんでくださった方には、こんな考察記事もおすすめです。

👉AC✖️HSPの私のアニメ考察|「タコピーの原罪」について考えてみたっピ

👉『劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』は、アダルトチルドレン(AC)やHSPなど「生きづらさ」を抱える私たちに、何を教えてくれるのか?

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集