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学校に行きたくないという子どもとの向き合い方|AC✖️HSPの私の子育て

やまねです😊
今週は、夏休みが終わり学校が始まった子たちも多かったのかなと思います。

そして、学校が始まると夏休みのときと生活のリズムも環境も大きく変わるから、子ども達にとっては大変な1週間だったんじゃないかなと思います。

私も親として、何とか切り替えようと頑張る子どもの姿を息を呑んで見守っていました💦

なんで、こんなに学校って大変そうなんだろう?

歴史的背景

実は、歴史を紐解くと、今の学校のベースになっているのは、産業革命の頃に考案されたモデルなんですよね。

だから、もともとは工場で働くための人材育成として「画一的」な教育をすることが重要だった。

今は、もっと色々な働き方があるし、価値観も大きく変わっているので、それに合わせて、教育のあり方も、学校、先生、親、そして子ども達自身など、教育に関わる人たち、それぞれの努力によって、少しずつ変わってきている状況です。

今の学校は、どうなのか?

でも、この画一的な教育のあり方は、私たちの社会の中に深く浸透しているなと思うし、その名残は根強く残っているように感じます。

教室の中で、生徒が机を並べて同じ方向を向いて座り、チャイムに合わせて行動し、授業の開始や終了の時には号令があって、それに無条件に従わなければいけない。

このスタイルって、日本で子ども時代を過ごした人にとっては、とても馴染み深くて、当たり前のようですが、当然ながら世界中の学校で行われているものではないし、普遍的な学校のあり方ではないんですよね。

例えば、こんな学校もある

この間、図書館で世界の学校教育についての本を借りたんですが、それが非常に興味深かったです。

ヨーロッパのどこの国の学校かは忘れてしまいましたが、先生に大きな裁量があって、授業の時間数は先生が決めることができるそうなんです。

だから、場合によっては2時間やったり、この内容だったら30分くらいでよいだろうと切り上げたり、教える内容によって先生が適切な時間を判断して授業を進めます。
で、トイレに行ったりなどは、子どもが自分の判断で好きな時にクラスを出入りするようになっている。
先生にも子どもにも、かなり自由が認められているんですね。

それから、皆んなが同じテストを受けて、スコアなどによって同じ基準で評価が行われるというのも、学校教育の普遍的なスタイルというわけではないようです。

例えば、日本の私立の話ですが、何を学ぶかを自分たちで決めて学習していて、成績はつけないという方針の学校もあると聞いたことがあります。

だから、「学校」って本当に色々ある。

なぜ、今も昔ながらの「画一的」な学校のあり方が続くのか

同じ時間に登校して、チャイムに合わせて行動して、テストを受けて成績表をもらうというのは学校の一つの姿に過ぎないわけです。

でも、今も日本の学校で一番多いのは、この形なんじゃないかなと思います。

色々な理由があるかと思いますが、画一的ではない教育を目指すためには、まず先生一人当たりの教え子の人数を少なくしていかないと難しいし、保護者の理解や協力も大事だし、ハードルがたくさんあるんですよね。

特に、子どもが小学校へ入学して実感したことは、現場の先生方が、色々な制約のある中で、子ども達に素晴らしい教育をしようという高い志を持ってお仕事をされているということ。

だから、そういう先生方を社会がもっと後押しすることができれば、教育のあり方は、きっと大きく変わっていくと思うんです。

👇「I SUED THE SCHOOL SYSTEM」(私は学校制度を訴える)
この問題について、法廷で弁護士が訴え、主張するという形で表現した動画。5分程度の短い動画で、字幕も出せると思うので、よかったら観てみてください!

「画一的」な学校教育

当たり前のことですが、人間は一人一人違いますから、画一的なやり方をすれば、そこに合わない人も出てきます。
上でご紹介した動画の中では、そのことをこんなふうに表現していました。

すべての人に天武の才能がある。
しかし、もし魚が木登りの能力で評価されたとしたら、その魚は自分ことをこう思い込んで一生を終えるだろう。
なんて、自分は無能なんだ、と。

I SUED THE SCHOOL SYSTEM

勿論、学校教育で採用されいる評価基準とか、ルールが自分にあっていて、学校生活を楽しめる子もいます。

でも、それはたまたまその子がその基準やルールに合っていたというだけに過ぎません。

同じように、たまたま、その基準やルールに合わないという子も当然いるわけです。

そして、全てが合わないってわけじゃなかったとしても、どこかしら合わないところがあれば、その場合は自分が合わせていく必要があったりするから、多くの子にとって、学校生活が大変なのかなと思ったりします。

「学校へ行きたくない」っていう場合に、どう向き合うか。

そう考えると、子どもが「学校へ行きたくない」って言い出したとしても、それは何の不思議もないことなんですよね。

学校教育のあり方以外にも、人間関係など、子ども達にとって試練となりうることは他にもあります。

だから、むしろ普通に通えている方が不思議なくらいに思えてきます。

一方で、学校へ行かなかった場合に起こる現実の問題がある

とはいえ、現実問題として、学校へ行ってもらわないと色々大変だったりします。

仕事があるから、日中は学校に行ってもらわないと困るし、
ずっと学校に行かないままになってしまったら、子どもの将来はどうなるんだろうと心配になるし、
経済的に許されるようであれば、私立の小学校とか、フリースクールを探すという手段もあるからいいけど、そうじゃなかったとしたら、この先、子どもの教育をどうすればいいのか等々。

親の悩みは尽きなかったりします。

現実の問題と気持ちの問題を分けた上で、子どもと共に考えよう

でも、その問題とは別に、「学校へ行きたくない」っていう子どもの気持ちに心から共感することはできますよね。
だって、画一的な環境に対して、自分がピッタリだって思えることの方が稀なんですから。

そして、その心からの共感というのが、子どもの心にとっては非常に大事なものなんじゃないかなと思う訳です。

だから、まずは子どもの学校へ行きたくないって気持ちが、とても自然なものであることを心から受け止める。

その上で、現実の問題を子どもと共有して、一緒にどうすればいいかを考える。

そうやって、子どもと共に問題に向き合うことで、この難しい局面を乗り越えることができれば、それ自体が親子にとっての成長のチャンスにもなるかもしれないなと感じています。

おわりに

私自身、子ども時代は、自分の家庭環境とか、HSP的な傾向とかもあり、学校生活が非常に大変だったので、学校へ行きたくないと思ったことが何度もありました。

そして、実は、夏休み明けの今、親として、子どもの学校へ行きたくないという気持ちを受け止めてもいるという状況です。

実際に、子どもが学校へ行きたくないって言うと、親はすごく心配になるし、本当に大変だなと実感したもので、今回の記事を書いてみました。

教育って、本当に難しいですよね。何が正解だかわからない。

けれど、そもそも教育は「子どもが幸せに生きていくため」にある、というシンプルな原点を忘れなければ、少しずつ答えは見えてくるのかもしれません。

子どもの幸せにつながる学びは、学校以外にもたくさんありますしね。

「人生の幸せにつながる学びは何だろう?」

それを子どもと一緒に考えること自体が、もしかすると一番の教育になるのかもしれないなと思います!

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