888を8時8分に見た意味
アトリエに着いて自転車を停めようとすると、同じタイミングで住人の方が帰ってきた。ここで住人の姿を見たのは初めてだ。
「こんにちはー」
あいさつをして、自転車を停めて玄関へ向かうと、今度は同じ階の方とも顔を合わせた。
ぺこぺこと頭を下げながらドアを開けた。
手を洗って絵の前に座る。
昨日描いた絵はすっかり乾き、音のない海の底のように静まっていた。
どこに線を重ねるか絵を見ながら筆を空中で何度か動かす。
絵の具をつけて円を描き、ローラーの角を使って下から上に線を流す。
やわらかな空気の流れを描きたかったのに草原の長い草のようになってしまった。
中心に寄せ過ぎたのかもしれない。
円の色も明る過ぎたかも。
次に重ねる色や位置をよく見ながら描いたのに、ここからうまくいくのか不安になった。
今日できるところまでを終えて自転車で帰る。
アトリエから自宅までは車同士がすれ違えないほど細いのに、抜け道になっていて車がよく通る。
ゆるやかな坂を上っていると、前から赤い車が連なってきた。
一台、二台、三台、四台。
こんなに赤い車が続くのは初めて見た。
「すげぇー」
声を上げている間に、私のすぐ横をびゅんびゅんと通り過ぎていった。
夕食はパートナーがシーフードカレーを作ってくれた。
週明けに久しぶりに喧嘩をしてしまった。
彼はそのまま出張に出ていたから会うのは五日ぶりだ。
言葉では仲直りしたけど、まだなかなか彼の顔を見ることができない。
カレーは隠し味の梅干しがよく効いていてとっても美味しい。
「美味しいね。ありがとう」
本当はもっと言いたいことがあるのに、言葉にできないままスプーンを動かした。
部屋に戻ってソファに寝転ぶ。
本を手に取るけど読む気になれず、お腹の上に本を乗せたままSNSを開いた。
「令和8年8月8日にフォロワーさん888人じゃないですか」
フォロワーさんから、スクリーンショットと一緒にツイートが届いていた。
ふと画面の左上を見る。
20:08。
びっくりして、その画面もスクショした。
あのまま本を読んでいたら、この時間には気づかなかった。
けど、そもそもパートナーとのモヤモヤがなければきっと本を読んでいただろう。
つい目の前のことを、これは良いこと、これは悪いことと決めて、見えているものだけを繋げて解釈してしまうけど、本当にそうなのだろうか。
この先で何につながり、どんな意味を持つのかそもそも私には何一つ分からない。
「この人生は一冊の本みたいなもので、終わってみなければすべて分からない」
そう言われることもあるけど、
人生は一冊の本ではなく、もっと大きな物語の中に置かれた一文くらいなのかもしれない。
死ぬまで生きてもその意味は分からない。
一文だけを抜き出しても、それが何を受けて書かれ、次のどんな一文へつながるのか分からないように。
そのくらいこの人生もこの一人生だけでは分からないほど緻密で豊かなのかもしれない。
いろんな人の、いろんな年代の、地球も通り越してすべてのものの物語。みたいな。
いや、そしたら私の人生は一文字かもしれない。
いいな、一文字。
スクショをリツイートしてスマホを閉じた。
