たいせつ
朝、二十四節気カレンダーをめくると「大雪」とあった。
おおゆき?
よく見ると、「大雪 たいせつ」と添えてある。
「12/7 そらさむく 冬と成る」
たいせつ。
そらさむく、ふゆとなる。
なんて美しい響きなんだろう。
からだで音を感じてみる。
たい
せつ
「たい」であたたかさが胸にやわらかく広がっていく。
「せつ」で、お腹の奥にすっと縦におさまるような凛とした静けさがある。
「せつ」の響きは確かに冬らしい感じがする。
けど「たい」はなぜ、広がるような響きなんだろう。
昨日見た、葉を落としたけやきの枝先が浮かぶ。
かたい冬芽のなかに、来年の葉の力が静かにたまっている。
その、じわっと内側に宿るものが、「たい」の響きとどこか似ている気がした。
なんども声に出して、
新しい言葉との出会いを楽しんだ。
白湯を飲んで、瞑想をする。
友だちとお昼を食べに出かけるパートナーを見送って、パソコンをひらいた。
休みの日でもつい、「あれを済ませておけば明日少し楽になるかも」と動いてしまう。
でも、自分のリズムで進めていく感じは、ずっと好きだ。
お昼は昨夜のスンドゥブを温めた。
ピリッとしたスープの奥に広がる旨み。
しんなりした野菜もスープと一体になっている。
「あぁ、うまい」
自然と、うんうんと頷いてしまう。
豆腐を追加して、また頷く。
お腹の中があたたかい。
しあわせだ。
そのままソファへ寝転ぶ。
うとうとと、時間の輪郭がゆるんでいく。
目を開けると、部屋の静けさがひとまわり深くなっていた。
起き上がって、パレットを開き、絵の具を出す。
「たいせつ、たいせつ……」とつぶやきながら色を重ねる。
日曜の午後。
耳を澄ましても、外には何の音もしない。
しんしんと、音が奥へ沈んでいく。
たいせつ。
その言葉だけが、ゆっくり降りてくる。
