重ね煮のスープと、余計な力
風邪をひいて3日目。
朝の瞑想をしていると、
頚椎の5番あたりのつまりと、腰全体の冷えを感じる。
気の流れが滞っているのだろうか。
つまっているところに意識を向けて、流そうとする。
ゴホッ、ゴホッ。
とたんに咳が出はじめた。
何度か同じことをしていたら、今度は咳が止まらなくなった。
何か違う。
そう思って今度は、詰まっているところを、ただ見つめるように意識を置いてみる。
変えようとしない。
そのままでいい。
ただ、寄り添うように。
すると、咳はぴたりと止まり、静けさがやってきた。
「良くないから流そう」と急いだ私の意識が、邪魔をしていたのかもしれない。
私にできるのは、見つめて、そこにあると気づくこと。
そう思ったら、肩がゆるんだ。
喉がヒリヒリしているけど、不快ではない。
あるなぁ。
あるなぁ。
呼吸もまた、ただそこにある。
なんともいえない安らぎに包まれる。
どれくらい時間が経ったのだろう。
十分に日が高くなった気配を感じて、目を開けた。
レッスンを一つして、お昼を作る。
野菜室をのぞくと、食材がほとんどない。
あるものだけで重ね煮のスープにしよう。
鍋にエリンギ、白菜、玉ねぎを順番に重ねて、塩をふり、火をつける。
最後に豆乳ともちきびを加えて、塩で味を整えた。
食べると、とろとろの白菜の甘みが口いっぱいに広がった。
びっくりするほど美味しくて、思わず目がひらく。
いつも重ね煮をするときは、素材が多いほうが深みが出る気がして、いろいろな野菜を層にして入れていた。
けど、食材をシンプルにして煮るほうが、ひとつの美味しさが際立つのかもしれない。
シンプルであること。
私たちは、あれもこれもと足していくことに慣れている。
持ち物も、情報も、予定も、増やせば増やすほど良くなる気がする。
けど、たくさん持つほど、何が好きで、何を大切にしたいのかが見えにくくなる。
手に入れるほうへ心が傾き、失うことには先に怯える。
そうやって、自分の輪郭がぼやけていくほど、不安も増えていくのかもしれない。
白菜の甘みを確かめるように、ゆっくり噛んだ。
今日はこの後、指導者のレベルアップトレーニングが五時間。そのあとレッスンも入っている。
大丈夫。
からだはきっと、必要な方向へ連れていってくれる。
お腹の奥は、落ち着いている。
それを感じながら立ち上がった。
