見出し画像

受け取るばかりで

眠りが浅いまま、早めに布団から出た。
まだ外は暗く、しんとした静けさが耳の奥で広がっている。

歯を磨き、白湯を持って机に向かう。
白湯を一口すすり、ノートを開いてペンを動かす。

今読んでいる本のこと、
やりたいこと、
何気なく浮かぶことを、つらつらと書いていく。

ノートをめくる、ぱらっとした音。
指先に伝わる、しなやかな紙の弾み。

紙の感触を感じながらペンを動かしていると、
頭と心、からだがぴたりとつながって、不思議な安心感がある。

この紙に使われている木は、どんな景色を見ていたのだろう。
日々、鳥たちとどんな会話をしていたのだろう。
お別れの言葉は、何だったのだろう。


ノートを閉じて、私を支えてくれているものに、もう一度触れていく。


瞑想をして、ヨガをする。
固まっていたからだがほぐれ、温かさがめぐった。

身支度を整えて、月に一度のコーラスへ向かう。
自転車を漕ぎだすと、すでに少し暑いくらいの日差しだった。

部屋に入ると、賑やかな声があちこちからする。

「おはようございます」
「あら〜。今日もいい天気ね」

席について楽譜を出す。
七十代から九十代のおばあさまたちと並んで歌うこの時間が愛おしい。
知らない曲も多いけれど、声がひとつに重なった瞬間、胸の中があたたかくなる。

そして、ひそかに楽しみにしているのは、みんなのファッションだ。

おしゃれな方が多くて、
特にリーダーの九十歳のおばあさまの着こなしに、毎回憧れている。

今日は厚手の赤いチェックのシャツに、
襟元だけちらりとのぞく紺の水玉。

柄と柄なのに、それぞれの生地の違いと色の風味が自然とまとまっていて、
彼女の雰囲気にとてもよく似合っていた。

私もこんな風に歳を重ねたい。
そう思える先輩が身近にいることに、希望をもらう。

帰りに、家の近くの公園に寄る。
ベンチの隣にある桜の木は、赤やオレンジ、黄色と色づいた葉が多くなってきていた。


桜の葉や枝をじっと見ていると、
枝の先に、何層にも包まれた茶色のつぼみがたくさんついていた。

調べてみると、芽鱗というらしい。
来年の花や葉になるものを、固い層で守っている。

そうか。
寒い冬の終わりに、桜の枯れ木が内側から動いているように見えるのは、この芽鱗の働きだったのか。


太い幹はごつごつとして、浅い割れ目に深い緑や白っぽい苔がゆるやかに混じり合っている。

そのあいだに、花びらを平らにして広げたような薄灰色のものが、ところどころにあった。

これは何だろう。
調べてみると、地衣類と出た。

以前、環境哲学の本で
言葉と働きだけは知っていたけれど、
こうして目の前で見るのは初めてだった。

いや、きっと今までも見ていたのだろう。
ただ、私が気づかなかっただけだ。

そうか、これが地衣類。

菌と藻が、寄り添うようにひとつになっている。
片方が守り、片方が光を受ける。
小さな共同体だった。

地衣類は、空気のきれいな場所にしか生えないと聞いていた。
それなのに、こんな街中の公園にもあるのか。

丘の上だからだろうか。

いろんな場所を見ては、地衣類を探す。
それぞれ形も大きさもさまざまで、見つけるたびに胸がはずんだ。

桜の木一本の中にも、いくつもの生きものがいて、太陽や風や温度のなかで、
あたたかさが満ちてくるのを待っている。

春になれば一斉に花を咲かせる。
それを見た人の心にも、春がやってくる。

なんておおきな、めぐりあわせなんだろう。

そう思ったとたん、涙がぽろぽろと溢れてきた。

たくさんのありがとうと
たくさんのごめんなさいが
一緒くたになって胸をつらぬく。

受け取るばかりで
何ひとつ返せていない気がした。

風が吹く。
そのまま、しばらく目を閉じた。








いいなと思ったら応援しよう!