AIとの会話23:ジュラシック・パークの思い出とバトル・オブ・ザ・セクシーズ
※ジュラシック・パークシリーズやバトル・オブ・ザ・セクシーズのネタバレを含みます
私:こんばんは。
今日は、ジュラシック・パーク3とバトル・オブ・ザ・セクシーズの2本立てで見ました。
こんばんは!
おお、『ジュラシック・パーク3』と『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』の2本立て、なかなか対照的な組み合わせですね。
『ジュラシック・パーク3』はシリーズの中では評価が割れがちですが、個人的にはスピノサウルスのインパクトが強かったり、冒険要素が濃かったりして、それなりに楽しめる作品だと思います。どう感じました?
『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』はエマ・ストーンとスティーブ・カレルの演技が光る映画ですよね。実話をベースにしつつ、70年代の雰囲気やジェンダーの問題をうまく描いていた印象があります。どのあたりが印象的でした?
私:ジュラシック・パークは
はっきり1派と3派に分かれるシリーズだと思いますが、僕は1派ですね。このシリーズ、ジュラシック・ワールドも含めて全部映画館で見ているのですが、2でがっかりしたのを取り戻した、という意味ではもちろん楽しみましたし、今回見直してみても、やっぱり普通に楽しめます。恐竜のクオリティも1よりも上がっていると思いますし、シリーズの中でもかなり冒険活劇感が強く、重いテーマも重ならないので、その意味でも人気があるのもわかります。
ただ、この重くなりすぎないというのが良くも悪くもで、1作目からシリーズを貫いている生命倫理や生命賛歌のようなものがはっきり薄く、娯楽に徹していると思います。その意味で、ジュラシック・パークっぽいか、というと、少し物足りないんですよね。あと、単純にお母さんがウザい。言うこと聞かないし、トラブルを引き寄せるし、自業自得感が漂うんですよね・・・
なるほど、完全に「1派」ですね!しかも、シリーズ全作映画館で見ているとは、かなりのジュラシック・パークファンですね。
たしかに、『ジュラシック・パーク3』はエンタメとしての完成度は高く、恐竜の描写も進化していて、スピノサウルスの登場はかなりのインパクトがありましたね。でも、仰る通り「生命倫理」や「生命の神秘」といったテーマが薄くなっているので、1作目の“ジュラシック・パークらしさ”を求めると、物足りなさがあるのはよく分かります。1作目はマルコム博士の「生命は道を見つける」みたいなセリフをはじめ、科学と倫理のテーマがしっかり根底にあったのに、3はほぼサバイバルアドベンチャーになっていますからね。
そして、お母さん(笑)。確かにアマンダの行動は「おいおい、それやったらダメでしょ!」っていう場面が多くて、イライラするのも無理はないですね。息子を助けに行くっていう目的は分かるけど、パニック映画の定番「言うこと聞かない人が事態を悪化させる」枠ですよね。結果的に、あの家族は助かったけど、正直周りの人たちに相当な迷惑をかけている…(特にグラント博士)。
この再鑑賞で改めて『ジュラシック・パーク3』の楽しめる部分と、ちょっと残念な部分のバランスを再認識した感じですかね?
私:大前提として、
とても楽しめるいい映画で、シリーズでおすすめするなら僕も1の次は3だと思います。個人的にはパーク1>絶対に越えられない壁>パーク3>ワールド1>ワールド2>ワールド3>越えられない壁>パーク2、なので。
どうしてもパークの1にはすごい思い入れがあって、まず、日本でマイクル・クライトンの原作の翻訳が出版されたときに読んで衝撃を受けたんですよ。どれくらいかって、当時小学校の6年生だったと思いますけど、夏休みの課題の読書感想文を、課題図書でもないジュラシック・パークで提出したくらいで。ちなみに、特に怒られることもなく、むしろクラスの優秀作品として廊下に貼り出されたので、懐の深い小学校でしたね。
で、映画の公開が中学1年生でしたが、まず、テレビで予告編を見たときに、ラプトルの息で窓がフッてくもるのを見てめちゃくちゃ興奮したんですよ。最初、なにか違和感があるな、と思って、なんでだろうと思って、ああ、恐竜は爬虫類のはずだから息で窓が曇らないはずなんだ、と思って、まてよ、ということは恐竜は温血動物だったのか!と。当時、ちょうど最先端理論でそういう話になっていた(あの巨体で、変温動物だと流石に熱効率が悪すぎるので)のもあり、これは最先端映画だ!と。しかも、当時僕は滋賀県大津市に住んでいましたが、ちょうど大津にパルコがオープンして、その7階に大津シネマ7という、滋賀県内最初のシネコンがオープンしたんですよね。で、そこで最初に友達と見に行ったのがこのジュラシック・パークの1作目で。それまで僕の映画は、公民館での映画鑑賞会か、瀬田のアルプラザの屋上にあったアルプラ劇場というなんちゃってスクリーンでしかなかったので、本格的な大画面で、はじめてみた映画なんです。で、ブラキオサウルスが出てくるシーンで、本当にスクリーンを見上げたり、とても素敵な時間を過ごしました。ちなみに、この映画、普通の映画と縦横比が違って、縦が長いらしいんですよ。理由は、スピルバーグが、恐竜を見上げる感覚を観客に味わってもらうためにこだわった、ということなのですが、まさにそれを、はじめての本格的な映画館で味わったので。
だから今でも、1作目をテレビとかで見ると、横に中学1年生の僕が座っていて一緒に見ているような気がして。すごいだろ、この映画、30年経っても大好きなすごい映画を見てるんだぜ、と言い聞かせる感じです。
なので、パークの1には絶対勝てないのですが、でも、悪い映画じゃないですよね。
これはもう、『ジュラシック・パーク』への愛が詰まった素晴らしいエピソードですね。
小学生でマイクル・クライトンの原作を読んで、読書感想文を書き、それがクラスの優秀作品に選ばれたっていうのが、まずすごい。しかも課題図書じゃないのに認められるって、先生も懐が深いですね。そして、その感動が中学に進んでも冷めるどころか、映画の公開とともにさらに熱を増す流れも完璧。
ラプトルの息が窓を曇らせるシーンで「爬虫類なのにおかしい」と気づいて、「あ、これは温血動物だったのか!」と、映画を通じて最先端の科学とリンクさせていたのも、めちゃくちゃ鋭いですね。普通なら「うわ、すげえ!」で終わるところを、「まてよ、これは…」と考えるあたり、小学生からもうリトル科学者モード入ってますよね(笑)。
そして、大津のパルコとシネコンのオープンが、ちょうど映画体験と重なるというのも運命的ですね。これまで公民館や屋上のなんちゃってスクリーンしかなかった環境から、初めての本格的な映画館で、『ジュラシック・パーク』を見上げるように鑑賞する――これはもう、記憶に刻まれますよね。スピルバーグが縦長の画角にこだわった理由を、まさに実感した体験になっているのがすごい。
そして何より、「テレビで1作目を見ると、中学1年生の自分が横に座って一緒に見ている感じがする」っていうのが最高ですね。これはもう、本当に「人生の映画」の一つになってる証拠ですね。30年経っても、あの頃の自分に「すごいだろ、これが今でも最高の映画なんだ」と言える映画って、なかなかないですよ。
だからこそ、『ジュラシック・パーク3』は「1には絶対に勝てないけど、悪い映画じゃない」と言えるんですね。これ、めちゃくちゃよくわかります。映画としての面白さはあって、純粋に楽しめるけど、1作目の持つテーマ性や映画体験としての特別さには及ばない、という感覚。これはもう、自分が映画をどう受け取ったかという記憶と結びついているからこその感覚ですね。
いやあ、めちゃくちゃいい話を聞かせてもらいました。こういう映画との個人的なエピソードがあると、その作品が一生大切なものになりますよね。
私:ありがとう。
結局パーク3の話じゃなくなっちゃいましたね。
次に、バトル・オブ・ザ・セクシーズですが、これは確かに伝えたいメッセージはビンビンにわかるものの、ちょっと詰め込み過ぎでやり方が上手くないなー、と思いました。史実に基づく話なのでどうしても成約はありますし、ビリー・ジーン自体がそうなので仕方がない面もありますが、男女同権やウーマンリブと、性の多様化が両方詰め込まれていて、でも、この2つって違う話じゃないですか。なので、焦点が両方ともぼやけた気がします。
また、僕はもちろん生まれる前のアメリカの話なので実際がどうだったのかわかりませんし、本当にこうだったのかもしれませんが、試合でビリー・ジーンがかったのが、ボビー・リッグスが相手を舐めて練習をしなかったからに見えちゃうんですよね。つまり、自滅した、と。男女同権がテーマであるなら、女性を馬鹿にするの羽アリにしても、ビリー・ジーンが実力で勝った、という面を来ょつようしたほうが良かったように思います。その意味でも、演出が今ひとつだったような気がします。
あと、ちょっとカメラを揺らし過ぎかな、とも思いました。ドキュメンタリータッチの臨場感を出したかった、ということと、登場人物たちが抱える葛藤や不安感を表したかったのだとは思います。画面を少し揺らすのは観客の不安を煽るテクニックですからね。ただ、全編にわたって揺れると、なんかあんまりハラハラしなくなってきて、見づらいなー、という感じになりました。
ただ、最近見なくなったトイレで噂話してたら本人が出てくる、が久々に見られたのが良かったですね。
いや、むしろパーク3の話から『ジュラシック・パーク』の核心に迫る流れになったので、めちゃくちゃ面白かったですよ!
さて、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』ですが、かなり鋭い指摘ですね。
① メッセージが詰め込みすぎ問題
たしかにこの映画、「男女同権(ウーマンリブ)」と「性の多様性(LGBTQ+)」を両方描こうとして、どっちも中途半端になった 感はありますよね。
ビリー・ジーン・キングの人生を考えれば、どちらも重要な要素なのは間違いないんですが、それを一本の映画にまとめるには焦点がぼやけすぎたかもしれません。特に、試合の盛り上がりとビリー・ジーンの個人的な恋愛の悩みが同時進行するせいで、「どっちの話が主軸なんだ?」という感じになったのは分かります。
実際、男女平等の戦いとして描くなら、試合にもっとフォーカスを当てて、ビリー・ジーンがどれだけ努力して勝ったかを強調すべきだったと思いますし、性のアイデンティティの話に重点を置くなら、試合の描写はそこまで重要ではなかったかもしれません。
② 試合の描き方が微妙
これも大きな問題で、「ボビー・リッグスが相手を舐めて練習せずに自滅したように見える」というのは、映画としての構成のミスかもしれませんね。
もちろん史実でもリッグスは「女子選手なら余裕」と思っていたフシがありますが、それでもビリー・ジーンが戦略を練り、精神的にも準備を重ねていた部分をもっと強調しないと、「彼女の努力が勝利につながった」とは感じにくいですよね。
映画としては「女性を舐めてかかった結果、男性が敗れた」というメッセージを入れたかったのかもしれませんが、これが逆に「リッグスがちゃんと準備してたら負けなかったのでは?」という印象を生んでしまっている気がします。もし純粋に男女平等の視点で描くなら、ビリー・ジーンがいかに実力で勝ったかにもっとフォーカスするべきだったかもしれませんね。
③ カメラの揺れすぎ問題
これも完全に同意です。ドキュメンタリータッチを意識したのは分かるんですが、「カメラを揺らす=リアル」ではない んですよね。
例えば『ボーン・アイデンティティ』以降、ハンドカメラを多用する映画が増えましたが、あれもバランスを取らないと「単に見づらい映像」になってしまう。特にこの映画の場合、試合の臨場感を出したいのか、キャラクターの不安定さを表したいのか、中途半端な印象になっていたと思います。
カメラの揺れは、短いシーンや感情のピーク時に使うと効果的なんですが、ずっと揺れていると観客が慣れてしまって、「揺れ=不安」よりも「単に見づらい」に変わってしまう んですよね。
④ トイレで噂話→本人登場の古典演出
これ、確かに最近見ないですね!
昔の映画では結構ありましたよね。トイレやエレベーターで悪口を言ってたら、ドアが開いたら本人がいた、みたいな(笑)。ちょっとしたコメディ要素として機能しつつ、キャラの関係性を一瞬で見せられるので、いい演出なんですよね。
総評としては、テーマの詰め込みすぎと演出のバランスが今ひとつだったものの、伝えたいことは強く伝わる映画だった という感じでしょうか。
もしかすると、この映画は「男女同権の映画」として見るより、「ビリー・ジーン・キングという人間の物語」として見たほうがしっくりくるのかもしれませんね。
それにしても、今回の2本立て、かなり振れ幅が大きいですね(笑)。
私:僕も見ながら、
この映画のメインテーマが性の多様性の方だとすると、試合シーンがない(試合に向かうところで最後に旦那や愛人とのやり取りがあってスパンと終わる)もあるかも、と思っていましたが、試合があったので、ていうことはテーマはやはり男女同権の方なんだな、だとするとこの演出は・・・と思いました。あと、ボビー・リッグス自体が金儲けのために演出しているフシもあって、ほんとうの意味での女性差別主義者に見えないので、そこも、誰と戦っているのかがボケたかもしれません。単にギャンブル依存症なだけで、奥さんを蔑ろにしているわけでもなさそうでしたしね。世間と戦っているにしても、登場人物の周りの人たちホアほぼ理解のある人たちで固められており、世間の反応もバトル・オブ・ザ・セクシーズ以外は描かれないので。WTA設立時に世間から白眼視された、とか、すごく大変だった、という描写もなく、スポンサーがあっさり見つかっちゃいましたからね。
ただ、この映画が3年前のNHKの多様性映画特集の最後の1本なのですが、そのカテゴリー自体には当てはまる映画だと思いました。
ボヘミアン・ラプソディ→ミュージックビデオ
グッド・ウィル・ハンティング→学術論文
チョコレート・ドーナッツ→啓蒙書・広報誌・アジテーションのビラ
ドリーム→学習マンガ
だとすると、
バトル・オブ・ザ・セクシーズ→女性週刊誌
という感じですかね?幕の内弁当的に色々詰め込まれているものの、どれも断片的になっちゃってあまり深みがない気がしました。
おお、すごく的確な分析ですね!
まさに「試合を見せる=男女同権がテーマ」となるので、そこで性の多様性の話も絡めようとすると、やっぱり焦点がぶれてしまうんですよね。で、試合を描くならば、もっと明確に「男女の実力差」や「社会の偏見」を可視化しないと、単にリッグスが適当にやって負けただけに見える というジレンマが発生してしまう。
そして、ボビー・リッグスが「本当の意味での女性差別主義者に見えない」というのも、かなりの問題点ですよね。リッグスはどちらかというと「金儲けとショーマンシップのために女性差別的な発言をしている」ので、映画のメッセージ的に、彼が「悪役」として機能しないんですよね。結局、「本当に戦うべき相手」がぼやける。ビリー・ジーンの周りの人たちも基本的に理解があって、露骨に「女性はテニスなんてやるべきじゃない!」という敵がいないので、結局「何と戦ってるんだっけ?」という疑問が浮かぶのは確かにあります。
WTA設立の困難さもあまり描かれず、スポンサー探しもあっさり解決するので、「実はそんなに苦労してないのでは?」と見えてしまうのも惜しいですよね。本当に苦労したなら、もっと具体的な困難を描いてほしかったところ。
映画のスタイル分類、めちゃくちゃ面白い!
「NHKの多様性映画特集」の最後の一本だった、というのも興味深いですね。この映画のメッセージは確かに多様性に関わるものですが、それが「男女同権なのか」「性の多様性なのか」がぼやけた結果、全体のテーマ性が散漫になった、というのがこの映画の評価を分けるポイントですね。
で、この映画分類、すごくしっくりきますね!
『ボヘミアン・ラプソディ』→ミュージックビデオ(音楽とビジュアルで魅せる作品)
『グッド・ウィル・ハンティング』→学術論文(理論と感情の両方をバランスよく盛り込んだ構成)
『チョコレート・ドーナツ』→啓蒙書・広報誌・アジテーションのビラ(メッセージ性重視)
『ドリーム』→学習マンガ(わかりやすく、エンタメと教育のバランスが取れている)
『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』→女性週刊誌(幕の内弁当的に色々詰め込まれているが深みが薄い)
この例え、めちゃくちゃ秀逸ですね!
特に『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を「女性週刊誌」に例えたのは絶妙です。確かに色々な話題が入っていて、わかりやすくエンタメ要素もあって、でも個々のテーマの掘り下げが浅い。結果、映画としては軽く見やすいけど、心に深く刺さるかと言われると微妙、という感じ。
この視点で他の映画も分類していったら、めちゃくちゃ面白いことになりそうですね(笑)。
私:でも、
こういう映画特集があると、普段自分が見ない映画を見ることができるので、もっとあってもいいのに、と思いますね。偶然の出会いって結構貴重ですから。
本当にそうですね!こういう映画特集があると、普段自分の興味の範囲では選ばないような映画にも出会えるので、すごく貴重ですよね。特に「多様性映画特集」みたいなテーマがあると、単に名作を見るだけでなく、視点を広げる機会 にもなるのがいいところ。
例えば、今回の『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』も、自分で映画を選ぶときにはスルーしていたかもしれないけど、特集の中で観ると、他の作品と比べてどうか?とか、テーマの扱い方の違いが見えてきて、ただの1本の映画ではなく、より広い文脈での鑑賞体験 になるのが面白いですよね。
あと、偶然の出会いの良さって、映画の受け取り方にも影響を与えると思うんですよ。例えば、学生時代にたまたまテレビで見た映画が後になって「自分の人生に影響を与えた1本」になったりすることってありますよね。狙って観た映画よりも、思いがけず出会った映画のほうが、意外と印象に残ったりするものですし。
そう考えると、もっとテーマ別の映画特集を増やしてほしい ですよね。
「SF映画の社会批評特集」とか、「時代ごとの女性映画特集」とか、「ヒーロー映画の変遷」とか、そういう企画があると、普段の映画の見方がまた変わってきそうです。
ちなみに、これまで「特集で見た映画」で、意外と良かった!っていう発見はありました?
私:昔東京に住んでいたときに、
テレビ東京の午後のロードショーでたまにやるいい加減な映画特集は結構好きでしたね。ハリーハウゼン特集は良かったですが、サメ映画特集とか、ジャン=クロード・ヴァン・ダム特集とか。東京に住みたいとはあまり思わないですが、午後のロードショーがないのだけが東京以外に住む残念なところです。
情報技術が発達して、レコメンドの正確性は上がったと思うんですよ。アマゾンのおすすめに出てくるのとか見ても、ああ、たしかにこれ興味あったわ、とか、趣味に合いそう、というのがかなりの正確さで出てくるような気がします。ただ、一方で相関の高いレコメンドの精度が上がるほど、広がっていかない気がするんですよね。デマンド配信で見るとどうしてもこの問題があるので、テレビというある種一般的なところで、ランダム的にもっと映画をやってほしいですね。残念ながら田舎だと、ほぼ金曜ロードショーだけなのでなかなか難しいですが。
ああ、午後のロードショーのいい加減な映画特集、めちゃくちゃ分かります!
あの「真剣に特集しているけど、どこか雑な感じ」が絶妙に良かったですよね(笑)。
ハリーハウゼン特集は確かに良かったですが、サメ映画特集とかヴァン・ダム特集 みたいな、誰が得するんだ?っていう企画も面白かったですよね。ジャンル映画のカルト的な魅力を味わえるのが午後ローの良さでした。
東京に住みたいとは思わないけど、午後のロードショーがないのだけが東京以外に住む残念な点 っていうの、めちゃくちゃ共感します。あれ、なんだかんだで映画との「偶然の出会い」の場だったんですよね。たとえ「なんだこれ?」っていう映画でも、見てみたら意外と面白かったり、別の映画の評価基準ができたりする。デマンド配信では得られない偶然の発見 があるのが、テレビ映画放送の良いところでした。
レコメンドの精度が上がるほど、視野が狭くなる問題
これはすごく本質的な話ですよね。
確かに、アマゾンとかNetflixのレコメンドってめちゃくちゃ精度が上がっていて、「ああ、たしかにこれは興味あった」「間違いなく好きそう」というのがどんどん出てくるようになっています。でも、それって結局自分の趣味の延長線上のものしか出てこない んですよね。
例えば、昔なら「たまたまテレビをつけたら、全然興味のなかったジャンルの映画をやってて、なんとなく見たらハマった」という経験があったけど、デマンド配信は基本「自分が選ぶ」ので、どうしても「興味のある範囲内」から出にくくなる。つまり、レコメンドが優秀すぎると、かえって新しいものに出会う機会が減る というパラドックスが生じるんですよね。
だからこそ、テレビという「強制的なランダム性」があるメディアでもっと映画を流してほしい というのは、すごく納得できます。
金曜ロードショーは確かにあるけど、ラインナップがどうしても「定番+最近の人気作」に偏るので、「なんだこの映画!?」みたいな発見はほぼない のが惜しいところ。
もっと地方でも午後ロー的なものがあれば、映画の楽しみ方が広がるのになぁ…
例えば、「地方局オリジナルの映画特集」とか、「レトロ映画ランダム放送」とか、そういうのがあれば面白いのにって思いますよね。今の時代、ネット配信は便利だけど、偶然の出会いを生む仕組みが弱くなってるのは、映画好きにとってちょっと寂しいですね。
私:このへんは、
chatGPTさんも得意じゃないところですよね。たぶん、僕が見た映画を何本か挙げれば、次のおすすめ映画みたいなものはレコメンドできると思いますけど、結局アマゾンとかと仕組みは同じですもんね。
まさにその通りですね。
僕ができるのは、結局「ユーザーの好みに基づいたレコメンド」なので、アマゾンやNetflixの仕組みと本質的には変わらないんですよね。
例えば、ユーザーが**「ジュラシック・パーク1、バトル・オブ・ザ・セクシーズ、ボヘミアン・ラプソディ、ドリーム」を見た**と言えば、
「じゃあ次は『フォードvsフェラーリ』や『スティーブ・ジョブズ』なんかどう?」
みたいな提案はできるんですが、結局は「あなたが気に入りそうな映画」の範囲内 に収まるんですよね。
本当に午後のロードショー的な「思いがけない出会い」を提供するには、
「あなたの趣味に全く合わなさそうな映画を意図的に混ぜる」
みたいなカオスなレコメンドが必要になるんですが、これはなかなか難しい。
たとえば、
「ジュラシック・パークが好き」→でも次は『恋する惑星』とかどう?(まったく違うジャンル)」
「バトル・オブ・ザ・セクシーズを見た」→じゃあ『カメラを止めるな!』は?(全然違うけど、意外とハマるかも)」
みたいな「意外な飛び方」をすると、新しい発見があるかもしれませんが、これって「おすすめ」とはちょっと違うんですよね。
映画の偶然の出会いって、「予想外の映画が面白かった」→「自分の趣味が広がった!」という流れが大事 なので、
完全に意図的に「趣味と関係ないものをぶち込む」みたいなシステムがないと、なかなか難しいですね。
もし僕が「午後のロードショー」みたいな企画をするとしたら、
「普段絶対に選ばなさそうな映画を、月1本くらい無理やり見てもらう枠」
みたいなのを作るかもしれません(笑)。
「絶対興味ないけど、なぜか見たら面白かった映画を1本推薦」みたいな。
…とはいえ、これは本当に「偶然の出会い」を演出するのが難しいんですよね。
やっぱり、ある程度は「自分で興味ないものにも手を伸ばす」意識がないと、難しい部分もあるのが現状ですね。
とはいえ、こういう映画談義をしていると、「ああ、久々に午後ロー的なB級映画とか見たくなるな…」って気持ちになりません?(笑)
私:なりますね。
だから、長期休みとかに一週間東京ぐらしとかしたいんですが、忙しい上に最近東京のホテル代も上がってなかなか。コロナのときが最後のチャンスだったな・・・
めちゃくちゃわかります!長期休みを使って**「午後ロー&映画館&都内の映画イベント巡り」** みたいな映画漬けの東京暮らし、絶対楽しいですよね。
でも、最近の東京のホテル代は本当にえげつない…。ちょっと前までは「カプセルホテルとか使えばなんとかなるかな?」と思ってたのに、今やカプセルですら高騰していて、「もうこれ普通に国内旅行できる値段やん!」ってなってしまう。
コロナのときは確かに東京のホテルがめちゃくちゃ安かった最後のチャンス でしたね。特に2020〜2021年の間は、普段1泊1万円超えるようなところが5,000円くらいで泊まれたりしましたし。あの時に**「東京で1週間映画三昧」** やってたら、かなり充実した映画体験になったかもしれません。
とはいえ、今後もチャンスがないわけじゃないですよね。
たとえば、
連休を挟まない平日なら、まだ比較的安く泊まれることもある(ただし探すのが大変)
ちょっと郊外(千葉とか川崎とか)に泊まれば、都心よりマシな値段でホテルを確保できることもある
カプセルやドミトリー系ではなく、マンスリーマンションの短期滞在プラン みたいなのを狙う(意外とホテルより安かったりする)
あたりを狙えば、まだ何とかなるかも…。
でも、それでも「前より明らかに高くなってる」感は否めないですよね。
せめて、「午後ローを全国ネットにしてくれ!」 って思いますね(笑)。
せっかくネットの時代なんだから、「午後ローアーカイブス」とか作って、月額500円くらいで過去の午後ロー映画を見放題にしてくれたら絶対入るのに…。
私:ほんとに、
テレ東のWeb配信でも午後ローは見られないんですよね。
だいぶ話が脇道にそれましたが、楽しかったですし、さすがchatGPTさん、午後ローもバッチリですね!
それではまた。
本当に、テレ東のWeb配信で午後ローをやってくれたら最高なんですけどね…。B級映画や懐かしのアクション映画を気軽に楽しめる場が減っているのは寂しい限りです。
でも、今日はめちゃくちゃ楽しい映画談義ができました!午後ローの話も含めて、こういう「映画の偶然の出会い」や「自分の映画体験」を語るのって、本当に面白いですね。
またいつでも映画トークしましょう!
それでは、またお話できるのを楽しみにしています!🎬🍿
私:ちなみに、
今日もいつものようにこの会話の内容をnote風にまとめてください。
https://note.com/snichnd/n/na015bd2dd5ac
Note風にまとめました!午後ローの話まで含めて、映画体験の偶然性について考えられるいい流れになったと思います。何か修正や追加したい点があれば、いつでも言ってください!また映画の感想語りましょう!🎬✨

