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【2026年のインバウンド対応に】いまフードピクトが注目される背景を最新データとともに解説

 日本を訪れる外国人観光客は年々増加し、日本の食への期待が高まる一方、食物アレルギーや菜食主義、宗教上の禁忌などの「食の多様性」への対応は遅れています。

 こうしたなか、筆者が開発した食材表示のピクトグラム「フードピクト」の利用が広がり、大阪・関西万博では会場全体で採用されました。

 本記事では食の多様性が広がる社会的な背景、フードピクトの誕生と普及の経緯、大阪・関西万博での取り組みの成果と今後の期待について紹介します。なお本記事は英語版も公開しています。



1. 増加する訪日外国人と日本の食への期待


 国を超えた移動が活発になるなか、2025年の訪日外国人は4,268万人(前年比15.8%増)、在留外国人は396万人(前年比10.6%増)と、いずれも過去最高を更新しました。

 日本政府は2030年までに訪日外国人を6,000万人にする目標を掲げており、日本社会はこれまで以上に多様な文化背景や価値観を持つ人々を迎え入れることになります。

日本政府観光局(JNTO)の統計データに基づき筆者作成


 また2013年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも追い風となり、日本の食への期待は高まっています。

 訪日外国人が日本で楽しみにしていることのランキングでは、訪日前・滞在中・次回訪日時のいずれにおいても「日本食を食べること」が1位となり、食は栄養摂取の源であると同時に、それぞれの国や地域の魅力を伝えるために欠かせない重要な要素となっています。

観光庁「訪日外国人の消費動向」2023年 年次報告書に基づき筆者作成


 日本の観光立国の実現に向けて魅力ある観光地の形成と国際観光の振興を担う観光庁は2023年より、ガストロノミーツーリズム(その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズムのこと)を推進しており、日本の成長産業のひとつとして食の重要性はますます高まっています。



2. 多様化する食へのニーズと対応が遅れる日本


 訪日外国人や在留外国人の増加とともに、その食へのニーズも多様化しています。食物アレルギーにより「食べられないもの」がある人や、菜食主義(ヴィーガンやベジタリアン)により「食べたくないもの」がある人、また宗教上の禁忌により「食べてはいけないもの」がある人など、背景はさまざまです。

 2025年の訪日外国人の国・地域別ランキング上位16カ国のうち、菜食主義やイスラム教徒が一定割合を占める国・地域からの訪日外国人は34%に達し、多様な食文化や食習慣を持つ人々が日本国内においても増加していることが伺えます。

日本政府観光局(JNTO)の統計データに基づき筆者作成


 訪日外国人を対象に滞在中に困ったことを聞いた調査では、1位の「ゴミ箱の少なさ」に続いて、2位に「コミュニケーション」の課題が上がり、その具体的な場面として最も多く挙げられたのは飲食店となっています。

観光庁 令和6年度「訪日外国人旅行社の受入環境整備に関するアンケート」に基づき筆者作成


 またMICE(Meeting、Incentive Travel、Convention、Exhibition/Event)の主催者を対象に、他国と比較して手配や実施が難しいと感じることを聞いた調査では、「特になし」を除く回答のうち「食事手配(多様性への対応)」が1位となり、諸外国と比較しても食の多様性への対応が課題になっている現状が伺えます。

引用:観光庁 令和5年度「MICE総消費額等調査事業」報告書



3. 安心な食事を拒む「言葉・制度・理解」の壁


 日本国内においても食の多様性がひろがるなか、言葉や文化の違いを超えて誰もが安心して食事を楽しむためには、言葉・制度・理解の3つの壁を乗り越える必要があります。

 言葉の壁とは、使用する言葉が異なることが原因で生じる課題です。日本の食品パッケージや飲食店のメニューは日本語での記載が一般的で、日本語が読めない消費者には理解ができません。
 近年は自動翻訳アプリの普及により対応できる範囲は広がっていますが、食品や料理に含まれる食材レベルの情報までを正確に理解するには限界があります。

 制度の壁とは、法律や文化が異なることが原因で生じる課題です。日本の食品表示は食品表示法を中心に規定されていますが、食の制限については食物アレルギーに主眼が置かれており、菜食主義や宗教による禁忌に関する表示の整備は進んでいません。
 そのため原材料表示を確認しても、菜食主義や宗教による禁忌がある人が安心して食べられるかどうかを判断するために必要な情報が入手できない状況が生じています。

 理解の壁とは、多様な食文化への理解不足が原因で発生する課題です。さまざまな種類や個人差がある菜食主義や宗教による禁忌への理解不足が原因で、消費者のリクエストにうまく応えられない事例や、食べてはいけない食材を誤って提供してしまう事例も発生しています。


4. 食の多様性に対応して安心を伝えるフードピクト


 このような課題が顕在化するなか、筆者が開発した食材表示のピクトグラム「フードピクト」の利用が広がっています。

©️ FOODPICT & NDC Graphics

 フードピクトは、筆者が大阪大学外国語学部で持続可能な開発を学んでいた当時、JICA(国際協力機構)のボランティアに参加したことをきっかけに誕生しました。

 世界各国から来日した研修生のアテンドをするなかで、サウジアラビアから来た研修生から「日本食を食べてみたい」というリクエストを受けました。

 そこでイスラム教で禁忌とされる豚とアルコールを含まない日本食を提供する飲食店を探したものの見つけられず、世界的なハンバーガーショップでフィッシュバーガーを一緒に食べることになりました。

 このおもてなしの失敗が、開発の原点となります。 まずは大学の学園祭で、飲食を提供する模擬店80店の協力を得て、提供する料理に含まれる肉の種類とアルコールの有無を4言語(日本語、英語、中国語、韓国語)で表示した成分表示ポスターを掲示し、来場者アンケートを実施しました。

 好意的な声が多かった一方、一部の留学生から「4言語では足りない」という声が上がり、そこから多言語ではなく、食材をピクトグラムで表示するというアイディアが誕生しました。


5. 世界1,500名の調査協力から世界品質のデザインへ


 フードピクトのデザイン開発では、ISO(国際標準化機構)とJIS(日本産業規格)の図記号開発ガイドラインと、CUD(カラー・ユニバーサル・デザイン)のガイドラインを参考に、日本人750名と外国人750名の計1,500名以上を対象に、理解度・視認性・必要品目を調査しました。

©️ FOODPICT & NDC Graphics

 例えば食物アレルギーや菜食主義に関係する「乳」のピクトグラムは、理解度調査を踏まえて大きな変更を重ねています。

 最初は牧場で使用する集乳缶をデザインしましたが、世界1,500名の理解度は77%と低く、酪農の文化がない国や地域ではイメージが結びつかないことが分かりました。

 次に牛乳パックのデザインに変更すると理解度は85%に向上しましたが、欧米や東南アジアでは牛乳は1ガロン(3.78L)のボトルが一般的であり、分かりにくいという声が寄せられました。

 そこで、世界各地で昔から使用されてきた牛乳瓶にデザインを変更した結果、理解度は98%に達し、言葉だけではなく文化の違いを超えて伝わるデザインに仕上げることができました。

 またフードピクトの表示基準については、食物アレルギーは食品表示法に準拠し、菜食主義や宗教による禁忌については各協会・教会や当事者団体からの助言を得て独自に策定。

 フードピクトを利用する飲食事業者には、デザインの使用権とあわせて研修プログラムや監査コンサルティングを提供し、共通のルールに基づく適切な表示運用をサポートしています。


6. 全国のホテルや飲食店、災害時避難所でも利用拡大


 フードピクトはこれまでに、G20・G7などの国際会議や、日本の玄関口である成田・羽田・関西の国際空港をはじめ、全国100社1,600店を超えるホテルや飲食店で利用されています。また食品メーカーの商品パッケージや、プライベートブランドの販促ツールでの利用も広がりをみせています。

 公共分野でも利用が広がり、自治体の国際化を支援する自治体国際化協会の「避難者登録カード」に採用され、全国の災害時避難所でのコミュニケーション支援ツールとして活用が進んでいます。

 また多様性を包摂するユニバーサルデザインの好事例として、小・中・高校の教科書や副教材にも掲載されています。

 こうした取り組みが評価され、2015年に「日経ソーシャルイニシアチブ大賞」クリエイティブ賞、2020年に「日経優秀製品・サービス賞」優秀賞・日経MJ賞、2025年に「グッドデザイン賞」を受賞するなど、新しい食品表示のインフラとして認知が拡大しています。


7. 大阪・関西万博では食の多様性対応を各社と推進


 2025年4月から9月まで開催された「2025年日本国際博覧会」(大阪・関西万博)では、筆者が代表を務める株式会社フードピクトが運営参加サプライヤーとして協賛し、フードピクトが会場全体で利用されました。

 会場内で食品や料理を提供する営業参加店の約8割をはじめ、国内外のパビリオンや催事など計80カ所・160店以上でフードピクトが利用され、177万人の訪日外国人を含む2,900万人の来場者に言葉や文化の違いを超えた安心を提供しました。

 来場者からは「日本語が分からなくても一目で理解できて安心」、出展者からは「視覚的に分かりやすいピクトグラムは海外のお客様にも安心を伝えられる」「働くスタッフの多様化が進むなかで従業員の安心にもつながっている」などの評価が寄せられました。

インタビュー記事はこちらからご覧いただけます

 大阪・関西万博でのフードピクト導入は、これまで食材のピクトグラム表示や食の多様性への対応に取り組んでこなかった企業の参加を促し、「いのち輝く未来社会のデザイン」の実証実験として機能しました。


8. 社会へのインパクトと今後の期待


 大阪・関西万博での取り組みをきっかけに、各社でも食の多様性に対応しようという動きが加速しています。

 大阪・関西万博で初めて食材のピクトグラム表示に取り組んだ大手コンビニエンスストアは、ピクトグラム表示の効果を実感し、自社のプライベート商品でのピクトグラム表示をスタートさせています。

 食材をピクトグラムで表示することで、より多くの人に安心を提供できるという筆者の提案は、社会へのメッセージとしてひとつの成果を得たのではないでしょうか。今後さらに多くの食品メーカーや飲食事業者で、食材のピクトグラム表示と食の多様性への対応が進むことを期待しています。



菊池 信孝|食の体験価値を創造する株式会社フードピクトの代表取締役

 食のコンテンツと知的財産を軸に、より良い食体験を社会に実装するクリエイティブ・ディレクター。グッドデザイン賞、日経優秀製品サービス賞、日経ソーシャルイニシアチブ大賞を受賞。

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