オリラジ・中田さんの本帰国。シンガポールはつまらなくない!けど教育的には大正解
オリエンタルラジオの中田さんがシンガポールから日本に本帰国した、というニュースがネットを賑わせています。
「シンガポールはつまらなかった」——そんな論調も見かけますが、僕はこれには声を大にして反対したいと思います。シンガポールには5年ほど住んでいた身として、今日はその経験から少し違う角度でお話ししてみたいと思います。
シンガポールは本当につまらないのか
まず断っておくと、シンガポールという国自体は決してつまらない場所ではありません。文化的にも多様ですし、面白がろうと思えばいくらでも面白がれる街です。シンガポール人めちゃくちゃ人情深いです。
ただ、あっちゃんがどうこうという話ではなく、一般論として「広がりにくさ」はあります。現地の学校に通ったり、シンガポール人と同じ職場で働いたりする機会がないと、なかなか人間関係の輪は広がっていきません。
実際、シンガポールの人たちは基本的にインターナショナルスクールには法律で行かせられません。ハーフの子であっても基本は行かず、地元のローカル小学校に通わせます。インターは「成績が伸びにくく、コスパが悪い」というイメージを持たれているからです。あっちゃんの場合、動画配信という仕事の特性上、そしてインターと現地の人たちと深く付き合う機会自体が少なかったのかもしれません。
東南アジアのハブという良さを使えたか
シンガポールの大きな機能のひとつは、東南アジアのハブ拠点であることです。現地に住むビジネスパーソンの多くは、ベトナム、インドネシア、フィリピン、時にはインドまで出張でカバーしています。
でも、動画配信がメインの仕事だと、そうした出張ベースの人間関係は生まれにくいものです。東南アジアを「面」として捉える機会がなかったとしたら、それはかなりもったいなかったと思います。飛び回っていれば、シンガポールに居る、だけでなく、東南アジアの各国の良さ、勢いも感じられて楽しめたかも。
「缶詰生活」になりがちな理由
気候や地理的な制約は大いにあります。シンガポールで暮らしていて感じるのは、とにかく四季がないということです。雪山でスキーをしたり、桜を見たり、夏山に登ったり——そういう季節の楽しみが根本的にありません。まあ東南アジアどこもそうですが。ただ、タイにはチェンマイとか違う気候もあります。
しかも生活圏がとても狭くなりがちです。シンガポールは面積で言えば東京23区くらいと言われますが、僕自身、当時の生活範囲を振り返ってみると、広さでいうと毎日新橋(ニュートンあたり)から品川(マリーナベイあたり)あたりをぐるぐる回っているだけでした。店の名前もすぐ覚えてしまいますし、生活はあっという間にパターン化します。飽きるのも無理はありません。
ちょっと遠出しようとしても、フラッと隣町へ、というわけにはいきません。ジョホールバルに行くにも国境を越えなければなりませんし、近隣の島に行くにもイミグレーションを通って飛行機に乗る必要があります。ふらっと近隣国に。とよく言われますがそう簡単ではありません。
これがなかなか窮屈で、「缶詰」になったような錯覚を覚えることも正直ありました。
これは同じ東南アジアでも、タイとはかなり事情が違います。タイであれば、週末にふと「海に行こうかな」と思い立っても、朝グラブ(配車アプリ)を呼んで2時間ほど寝ている間にもう(静かな)海に着いてしまいます。
日本でいうところの「山梨に温泉行こう」「千葉に釣りに行こう」というくらいの気軽さで、自然の中に飛び込める開放感がタイにはあるんですね。シンガポールには、残念ながらこの感覚がありません。
節税目的で「住まされている」人も多い
シンガポールという国の性格として、節税のために居住実績を作っている人たちが一定数います。シンガポールの税制メリットを受けるには、一定日数を国内で過ごす必要があるからです。
僕が知り合った、船舶を所有する日本企業のオーナー一族もそうでした。一族の誰かがシンガポールに住み、居住実績を作ることでペーパーカンパニーでなく、実態あるシンガポール法人として税制メリットを得る、という仕組みです。
そのせいで、シンガポールが「我慢して住む場所」というイメージになっている面も、実はあります。窮屈さの正体は、案外そのあたりにあるのかもしれません。
教育面については「大正解」だと思う
一方で、教育面に関しては大正解だったのではないかと思います。
日本人同士の夫婦で海外生活の経験がないと、子供に世界的な視野を持たせたいと思う一方で、日本人としてのアイデンティティもしっかり持ってほしい、という葛藤が出てきます。
あっちゃんの子供が12歳・7歳・2歳だとすると、5年前は2歳と7歳くらいだったはずです。その5年間をシンガポールで過ごしたとなると、日本語も日本文化の理解も心もとなくなる可能性は十分あります。「日本の良さも知っておいてほしい」という気持ちが出てくるのは自然なことだと思います。
お子さんが昨年冬に合格をもらったという話がコラムに書かれていましたが、内容から察するに、帰国子女入試でいわゆる国際系の中学校に進学したのでしょう。授業は引き続き英語中心なのでしょうが、日本に住み、日本的な環境のクラスメイトと交流しながら日本文化も学べる——これは非常に大事なことで、まさに大正解だと思います。
日本語・日本文化はキャリアの「切り離せない武器」になる
将来のキャリアを考えたとき、大学でまた海外に出るという選択肢もあるでしょう。ただ、どこで働くにしても大事なのは、日本文化や日本語をある程度理解していること、これに尽きます。
どれだけグローバルに活躍しようとも、たとえば国連で働くにせよ、ゴールドマン・サックスのような金融機関で働くにせよ、結局は日本と何らかの形で関わってきます。金融であれば海外の金融商品を日本に売り込む役割、あるいは顧客や投資先として日本が絡んでくる場面は多いものです。
最近出てる元ゴールドマンの河村さん、シンマイさん、どちらも海外のものを、日本の機関投資家(昭和的な会社)に売ったりしてたのかなと思います。
社内コミュニケーションにおいても、日本語力は大きな武器になります。
商社ならば、フィールドは海外にあろうとも、社内調整、日本の取引先、英語できるけど「日本も知ってる」こと、武器になります。
国連もイメージほど純粋にグローバルな職場ではありません。予算が不足しがちで、各国政府からプロジェクト予算を集めてくることが多いからです。日本政府からの資金を引っ張ってくる「つなぎ役」として、日本人職員が重宝されるケースは少なくありません。外務省からの派遣で入り、その後も日本政府の支援を受けながら活動する——そんなキャリアパスにおいて、日本語ができることは大きな強みになります。
「無色」であることを武器にしようとするのは、実はかなりもったいないと思います。あっちゃんの本帰国という決断も、そう考えれば十分理解できるものだと思います。もちろん、長く住んだ中での本人なりの事情もあるはずで、僕がすべてを分かっているわけではありません。
節税批判にはあまり意味がない
ちなみに、節税がどうこうという話について、僕がとやかく言う立場にはありません。日本企業でも、たとえばHOYAや日本の商社のように本社機能を一部シンガポールに移転させた企業は普通にあります。個人ベースでそうした選択自体を批判するのは、あまり建設的ではないと思います。
トリリンガル教育という「幻想」
教育面で言うと、当初トリリンガルを目指していたという話もあったようですが、正直それはかなりハードルが高いものです。インターではなかなか本格的に中国語は習えません。地元小学校で、小4のテストで中国語を選ぶ。そのくらいして血肉となるものです。とすれば、シンガポール国立の小学校に入ること自体が非常に難しく、それが叶わない時点でトリリンガルは「夢のまた夢」になってしまいます。
インターナショナルスクールで学んだということなら、それはそれで全く問題ない選択だったと思いますし、外野がとやかく言うことでもないでしょう。
まとめ:シンガポールでの5年間は無駄にならない
5年間で英語を習得し、そのうえで日本的な要素も取り入れながら、国際的な教育環境で学び続けられる——これは日本的なところ、シンガポール的なところ、インターナショナルなところ、そのすべてを踏まえた教育ができたということです。
子供たちの将来は、むしろ非常に楽しみなのではないかと思います。シンガポールでの経験は、決して無駄にはなりません。むしろ、大きなプラスになっているはずです。
参考までに。兵役逃れ批判も的外れです
PR永住権→兵役ですが、シンガポールに長年住む方が永住権をもつ義務はありません。普通の労働ビザで長年住んでも問題ないし、多くいます。
ローカル小学校が永住権持ちなら安いですが、インター通いの中田家ならベネフィットも薄いし、申請予定もなかったと予想します。中田さんの納税額ならビザも出続けたでしょう。
