「冷笑系」をみんなで叩こう!みたいな風潮
こんにちはみなさん。
冷笑系、叩いてますか?
名前を付けてみんなで叩こう!
はぁ、なんだかな。
なんかみんな、モヤモヤする対象に対して名前が付いたら一斉に叩く、みたいなの好きだよね。フェミ、チー牛、Z世代、意識高い系、浪人垢界隈…
…あ、これも冷笑系って言われちゃうのかな?アセアセ
確かに冷笑系はウザい。
一生懸命やってる人の士気を下げたり、みんなが面白いと言ってるものをあざ笑ったり。
でも、じゃあ「ウザかったから攻撃して良い」って、結局いじめの発想じゃん。
そもそも、その「冷笑系」って本当に前からウザいと思ってた?
冷笑系って名前が付いて、「叩いて良い」認定されたから叩いてるだけでは?
フワちゃんしかり、ベッキーしかり、中居しかり、芸能人のスキャンダルの時も同じ。
叩いて良い空気ができたからって「前から嫌いだった」「なんで人気なのか分からなかった」とか言っていじめて。
「ウザいからいじめる」「加害者だからいじめていい」って、結局それいじめっ子と同じじゃん。
悪いものだという認識が産まれたら叩いて良いみたいな空気、もういいよ。飽きたわ。呪霊かよ。
冷笑系は絶対悪なのか
「冷笑系まじウザいよね死ね」みたいな空気になってきたが、じゃあそもそも冷笑系って絶対悪なのだろうか。
絶対誰もが見下してスケープゴートにして然るべき存在なのか。
けっこうこの風潮、危ないと思う。
冷笑系というのは、広く見れば「マイノリティの声」とも「新しい声」とも言える。
そもそも最初に冷笑系を笑った人は、冷笑文化が成熟しつつあったネット文化からしたら「冷笑系」である。
いわば、新しい声。
コロナの時期にフリーランスを冷笑していた人はバカにされていたが、実際会社員に出戻りする人は後を絶たない。
結婚を冷笑する人もバカにされがちだが、実際離婚率は地域によっては4割~5割にものぼる。離婚して幸せ!独身でいればよかった!という投稿も毎日のように見かける。
…いやまぁね、フリーランスにしろ結婚にしろ「それをしている人に直接バカにしにいく」のはそりゃキッショい。
ていうか冷笑系とか以前に、悪意を持って相手を傷つけたり不快にさせる行為そのものはいついかなる時も悪だろ。たたくべきは冷笑そのものではなく、こっちである。
でも、「思ってしまう」ことや、自身の投稿・友人との会話で冷笑気味に話してしまうことは、何も悪いことではないのでは?とも思う。
ただ現代の主流ではないだけ。ただ世の中の言う勝ち組ではないだけ。
一昔前は「負け犬の遠吠え」なんて揶揄・自虐的に言われていたものと変わらないのではないだろうか。
「冷笑」←気に食わないものを叩く口実
冷笑という言葉は、極論何にでも当てはめて叩くことができる。
冷笑は明確に「これは冷笑」と線引きするのが難しいからこそ、自分に気に食わない意見全部「でた冷笑w」と叩くことができる。
「今の時代、結婚してもデメリットだらけだし婚活する気にもならない」←でた冷笑w
「結婚しない理由とか並べてる奴、結婚できない自分を守りたいだけだろ」←でた冷笑w
そう考えると、最近の「冷笑系を叩こう!」のノリって、結局いつも通り自分が叩きたい人を叩いてるだけでは?とも思えるのだ。
「悪である冷笑を叩く」という大義名分を振りかざして気に食わないものを叩く口実、それが「冷笑系を叩く」風潮なのではないだろうか。
「冷笑かどうか」は関係ない
先述の通り、「冷笑」をわざわざ伝えてくる奴はウザいし、私は冷笑を肯定したいわけではない。
ただ、「冷笑だから正義ヅラして叩いてOK」は違うだろ、と言いたいのだ。
「冷笑」をわざわざ伝えてくるのがウザいのであって、それは「冷笑だから」ではなく「相手を貶める発言」がアウトなのだという、普遍的かつシンプルな話だ。
最近の冷笑叩きによって「自分は冷笑系かもしれない」と悩む声も見受けられるが、「冷笑してしまう」「主流を迎合できない」ことに悩む必要はないと思う。
いいなと思ったら応援しよう!
チップは、日本の子どもが健やかに育つための各種寄付に使わせていただきます。いつもありがとうございます。