共感と戦略立案は人間の領域 ― 経営者から弁護士へ転身した中村隆夫氏が語る、テクノロジーと弁護士の未来
本連載では、生成AI時代のハローワークとして、子どもに人気な職業トップ100について、「AIでなくなる仕事・残る仕事」というテーマでインタビュー形式で記事化していきます。
今回は「弁護士」です!
生成AIや大規模言語モデル(LLM)といったテクノロジーが急速に進化する中、法律業界・弁護士の世界でも契約書レビューやリサーチの一部を自動化しようという動きが進みつつあります。一方で、法的リスクの最終判断や交渉・訴訟戦略の立案、クライアントとの信頼関係構築など、人間ならではの役割も依然として根強いと考えられています。
今回は、日本銀行からITベンチャーの経営を経て、弁護士としても第一線で活躍されている和田倉門法律事務所のパートナー弁護士・中村隆夫(なかむら たかお)さんにお話を伺いました。経営と法曹、両方の視点をもつ中村さんだからこそ語れる「AI時代の弁護士の価値」や、これから弁護士を目指す若い世代へのメッセージが詰まったインタビューです。
プロフィール
中村 隆夫(なかむら たかお)
1989年、東京大学卒業後、日本銀行へ入行。1994年、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校にてMBA取得。 その後、株式会社デジタルガレージ代表取締役副社長/COO&CFO、株式会社インフォシーク代表取締役社長を経て、2007年に東京大学法科大学院を修了し、翌年弁護士登録。2016年に和田倉門法律事務所を開設し、パートナー弁護士に就任。 現在は、スタートアップを含む多様な企業の顧問弁護士、社外取締役(監査等委員を含む)等を務め、多くの経営者に伴走している。 第二東京弁護士会副会長(2022年度)、公益財団法人日本セーリング連盟副会長(現任)などを歴任。

「経営者×弁護士」の視点から見る、法律の面白さ
日本銀行からITベンチャー、そして弁護士へ──多彩なキャリアを歩まれたきっかけは?
私自身、若い頃から「新しいテクノロジーをビジネスに活かす」ことに興味がありました。日本銀行で組織のダイナミズムを学び、ITベンチャー企業で走り続けて経営に携わる中、より柔軟に、個人として幅広い企業を支援する道を探した結果、「弁護士」という資格が大きな力になるのではと感じたのです。
インフォシークの経営をしていた時の経験から、「弁護士には大きく差がある」と感じていました。優秀な弁護士にサポートしてもらうと仕事がものすごく進めやすい一方で、こちらの意図を汲んでもらえないケースもあって。
「経営×法律」の両軸を理解しながらサポートできれば、多くの企業に貢献できる。そんな想いが後押しとなり、38歳で法科大学院に進学することを決めました。
経営者と弁護士、二つの側面をもつ強みとは?
弁護士として契約や法務リスクを検討するだけでなく、経営者の“実務的な悩み”をリアルに理解できる点が大きいと思います。資金繰りや新規事業の意思決定における不確実性、人材マネジメントの難しさなどは、実際に経営者を経験したからこそ深く共感できる。それをベースに「法律的にこうすべき」というだけでなく、「事業を成長させるために、どう法律を使いこなすか」という発想で提案できるのが強みになっています。
AIと共に歩む弁護士──変わる業務・変わらない価値
生成AIは弁護士のどんな業務を変える? すでに感じる影響はありますか?
例えば、契約書のドラフト作成や条文のリサーチなど、定型的な作業はAIが得意です。実際、一部の法律事務所や企業法務部では、レビュー補助ツールを使い始めているケースもあります。契約書チェックは特に「見落としを防ぐ」「条文のバリエーションを提示する」など、AIが大いに役立つ分野です。
また、大量の判例検索をAIに任せれば、必要な判例に素早くアクセスできるようになってきました。M&Aのデューデリジェンスでも膨大なドキュメントをAIがスクリーニングして、「リスクが高そうな部分」をピックアップしてくれる。人間だと相当な時間を要する作業が、かなり短縮できます。
さらに、裁判における手続的な側面の強い判決はAIの方が良い可能性があります。事実確認は判事や捜査官などの人間がやる必要があっても、判例に基づいた判断はAIの方が公平な可能性があります。地域や担当判事によっては、得意ではない分野の法律・判例等の考慮についてもAIの方が得意でしょう。この分野では、日本がリードすることはあまり多くないので、米国やシンガポール等で事例が出てきて、日本も変わるといったシナリオの可能性が高いため、諸外国の動向をウォッチしています。
一方で、まだAIの出力結果を鵜呑みにできない面はあります。また、守秘義務や機密情報の取扱いが必須の仕事なので、データをクラウド上のAIに入力する際には慎重な運用が欠かせません。
AI時代、弁護士が本当にすべき仕事とは?
契約書レビューやリサーチといった単純・定型的な作業は、今後どんどんAIに置き換わっていくでしょう。そのぶん、弁護士は紛争解決の戦略立案や依頼者の悩みや感情に寄り添う相談業務、経営者との意思決定支援などにより多くの時間を使えるようになるはずです。
たとえば交渉の場面では、法的主張だけでなく、相手側との関係性や将来的なビジネス展開など様々な要素を踏まえ、どう落としどころを探るかを“生身の人間同士”がコミュニケーションしながら進めます。倫理判断や相手の心理を読み取る力は、AIがまだ容易に代替できない領域でしょう。
また、「このリスクは法的に懸念はあるが、実務的に回避すべきかどうか」など、経営者が悩むポイントは感情や経験値を含む複雑な判断が伴うことが多い。そういった部分に、経験に照らして、「これはやらない方がいい」といった腹落ちする提案ができるかが重要になってきます。弁護士としての専門スキルに加えて、経験を積んで、「中村さんが言うなら、こうしよう」と納得させられる力こそが求められていると感じます。
AIがもたらす報酬形態の再定義─弁護士はどう稼ぐべきか
AI導入で定型作業が短縮されると、タイムチャージ(時間課金)型の報酬形態はどう変わるのでしょうか?
時間で課金していた業務が圧縮されれば、「従来のタイムチャージ型の収入は下がる」という可能性は否定できません。また、簡単な法務相談はAIに聞いた方が良いとなると専門知識の価値は下がっていくはずです。ただ同時に、AIを使いこなすスキルを持った弁護士は、多くの案件をこなせるようになり、トータルとして高い報酬を得るようになるはずです。また、その人しか対応できない高付加価値の案件に対しては、より高額な報酬が設定される可能性があります。
AI導入で問われる若手育成─危機か、チャンスか
AIが定型業務をこなしてくれるようになると、若手弁護士の成長機会が失われるという指摘もあります。どうお考えですか?
確かに、これまでは「先輩のレビューを手伝いながら、契約書や判例検索の基礎を叩き込まれる」環境が若手弁護士の学習ステージでした。AIに任せられる範囲が広がると、その“修行の場”が減るという懸念はあります。この悩みは、専門知識を元にしたプロフェッショナル職の育成現場では広く共有されている課題かと思います。
ただ、見方を変えれば“単純作業に長時間追われず、早いうちから複雑な案件や依頼者とのコミュニケーションに関われる機会が増える”とも言えます。もちろん、法科大学院で学ぶようなケースメソッドに時間を割くことは重要で、プロフェッショナルとして最低限の論理的思考力と、過去のケースを読み解く力は重要です。この部分は、過去の判例とAIを掛け合わせることで、学習を加速できる可能性があります。その上で、実務では、先輩の所作を学び、相談者の真の悩み、背景、達成したい目的を真に理解する姿勢が重要になってくるでしょう。
たとえば「法的にはこちらが有利だけど、他の取引に影響があるから落とし所はこのあたりにしよう」「法的なリスクを抑えるにはこの文言を追加した方が良いが、藪蛇になる可能性があるから避けよう」など、実務的な視点で修正提案できる力こそ、将来の武器になります。AI時代だからこそ、人間ならではの判断力と依頼者への“共感”が一層重要になると思います。
法律×経営×テクノロジー─AI時代の総合アドバイザーを目指して
私はもともと、ITベンチャーの支援や海外進出のアドバイス、M&Aなど幅広くやってきました。AI時代には、「ビジネスと法務を繋げる総合アドバイザー」の役割がますます求められるはずです。
私個人としても、スタートアップ企業や新技術を扱う企業が安心して海外展開や新規事業に挑戦できるよう、リーガル面のバックアップをより強化していきたいです。また、社外取締役などのポジションを通じて、経営者と対等な目線でリスクを管理しつつ未来をつくる──そんな関係性を広げていきたいと思っています。
個人的には「これまでやりたいことはひと通りやってきた」と思う節もありますが(笑)、テクノロジーの進化は予想外の変化をもたらすので、常に新しい視点を取り入れて弁護士としてアップデートし続ける姿勢を持ち続けたいです。
インタビュアーあとがき:AIで変わる定型業務、その先にある弁護士の本質
契約書レビュー、判例検索、調査レポート作成など、これまで弁護士が負担してきた定型業務は、生成AIによって大幅に効率化されると予想されます。ただし、弁護士の仕事の本質的な部分―「依頼者の悩みに寄り添い、法的リスクと実務上の利害を見極め、納得できる落としどころを探る」ことは、やはり人間が責任を持って取り組む必要がある領域だと感じました。
若手弁護士の育成についても変化が予想されます。単純な作業による「基礎体力づくり」の機会が減る一方で、生成AIを活用したケーススタディによって成長が加速され、早期から複雑な案件や交渉の経験を積めるチャンスが広がると、中村さんはお話しされました。AI時代の弁護士には「テクノロジーを使いこなす能力」と同時に、「人間同士のコミュニケーション力や共感能力」が欠かせないということです。
一部では「AIに弁護士が取って代わられるのでは?」という声もあります。しかし、共感、説得、戦略立案といった領域は人間だからこそできる領域であり、これからは効率化された時間をどう活かすかで、弁護士の価値に大きな差が生まれる時代となるはずです。中村さんが築かれた「経営×法律」のキャリアを見ても、人間が培う経験はAIが容易に代替できない貴重な価値を持つと感じます。
「人を支え、社会を動かす仕事をしたい」と考える人にとって、AI時代の弁護士というキャリアは魅力的な選択肢になるはずです。新しいテクノロジーを積極的に活用しつつ、AIには任せられない「人間ならではのプロフェッショナリズム」を磨くことで、弁護士としての価値は今後ますます高まっていくのではないでしょうか。
