【教員だった私が、自分の人生を取り戻すまで③】世界は変わっていなかった。変わったのは私の見方だった
このnoteは
「教員だった私が、自分の人生を取り戻すまで」
という体験を書いたシリーズです。
前回はこちら ↓ 第②話
コーチングを学び始めてから、 私の人生で一番大きく変わったのは
人間関係だった。
でもそれは、誰かが変わったからではなかった。
変わったのは、私の人の見方だった。
長い間、私は 「夫に愛されていない」と思っていた。
結婚後しばらくしてから、ずっとどこかでそう感じていた。
でも、うつになって
その思い込みが少しずつ崩れていった。
うつが一番ひどい時、私は毎日泣いていた。
ベッドやソファから動くこともできず、ただ涙を流して絶望していた。
そんな私を見るのは、夫も息子もきっとつらかったはずだ。
もし私が逆の立場だったら、どう接していいか分からず
戸惑ってしまったと思う。
でも夫も息子も、
病気になる前とまったく変わらない態度で私に接してくれた。
邪険にするわけでもなく、かといって過度に心配するわけでもなく。
今までと同じように接してくれた。
ただ、生活は大きく変わった。
それまで息子の学童のお迎えや夕飯の準備は、ほとんど私がやっていた。
でも私が動けなくなってからは、夫がすべて引き受けてくれた。
残業をせずに毎日息子を迎えに行き、
「今日は何が食べたい?」 と聞いて、お弁当を買ってきてくれた。
私は何もできなかった。
それでも夫は、何も責めなかった。
息子も毎日学校に通ってくれていた。
後から知ったのだが、学校では先生に
私の病気のことを話していたそうだ。
「お母さんが心配だ」と。
少し不安定な様子も あったそうだ。
でも家では、そんな姿を見せることはなかった。
きっと息子なりに、私を気遣ってくれていたのだと思う。
家族はただ、普通の日常を守り続けてくれた。
そして私に、こんな状態を用意してくれた。
「何もしなくてもいい」状態。
最初は 罪悪感でいっぱいだった。
「何もできなくてごめんなさい」
そう何度も言った。
でも夫も息子も、いつも同じ言葉を返してくれた。
「いいんだよ」
その言葉を何度も聞くうちに、
私の中で少しずつ何かが変わっていった。
「何もしなくても、許してもらえるんだ」
「何もしなくても、愛してくれるんだ」
「何もしない自分でもいいんだ」
そう思えるようになっていった。
そしてある日、ふと気づいたんだ。
私は今まで、ずっと愛されていたんだ、と。
夫に愛されていない。 いつも息子を可哀想な目にあわせている。
そう思っていたのは、私の勝手な思い込みだった。
私はずっと、家族に愛されていた。
それなのに私は、そのことに気づけていなかったんだ。
その時、世界が変わったような気がした。
でも本当は、世界は何も変わっていなかった。
変わったのは、私の見方だった。
私はただ必死に頑張りすぎていて、
その優しさに、気づく余裕がなかっただけだったんだ。
だから今は
あの頃の自分を ぎゅっと抱きしめてあげたいと思う。
「もう大丈夫だよ」
そう言ってあげたい。
そんな経験を通して、私の中に一つの思いが生まれた。
この経験は、きっと誰かの力になる。
次の記事では、私がコーチになると決めた理由を書きます。
