智識は心の栄養なのだ
「勉強すれば幸せになれる」
そう信じてきた時代が、たしかにあった。
戦後の焼け跡から立ち上がるように、
人々は努力を信仰に変え、
学ぶことを未来への切符にした。
けれどいま、
子どもたちの心には
その言葉がもう、届かないかもしれない。
学歴は、幸福を保証しない。
でも、学ぶことは幸福の条件になりうる。
誰かに褒められたいからでもなく、
いい大学に入りたいからでもなく、
自分の「わからない」を抱えて、
それを「わかる」に変えていく——
その瞬間に、幸福はもう始まっている。
幸福が学力を育てるように、
学びもまた、幸福を育てる。
先生に大切にされた記憶。
話を最後まで聞いてもらえた日のこと。
「あなたの考えを聞かせて」と言われた、
たった一度のあの午後。
そういう時間が、
人の中に「生きていていい」という
根を伸ばしていくのだと思う。
教育とは、
人をどう扱うかの営みだ。
知識を与えることではなく、
尊重を渡すことにより、
初めて、
「智識(ちしき)」
を得ることができるのだ。
「ここにいていい」そう思える空間がある限り、
子どもは何度でも立ち上がる。
そして、その姿こそが
学びの本当の証なのだと思う。
——だからこそ、
「勉強しなさい」ではなく、
「学ぶって、面白いよ」と言える大人でいたい。
幸せになりたいから学ぶのではなく、
学ぶことの中に、幸せがある。
それが、
これからの教育の出発点だと思う。
出典・引用:
カシオジュクチョー「勉強すれば幸せになれる」
※本稿は、カシオジュクチョーさんの記事
「勉強すれば幸せになれる」に深く共感し、
私なりの視点から綴らせていただきました。
