「ある日の夕食」
ある日のこと。
夕飯を食べながら、
何かのたとえ話で、
私が言った。
「それってさ、
卵が先か、鶏が先か、
みたいな話?」
すると、
「いや、今は“卵”が先」
夫と息子の声が重なった。
遺伝子が…とか、
組み合わせがどうだとか、
卵の中で
それは完成するんだとか。
要するに、
“卵”が先にできないと、
今の鶏には
ならないらしい。
突然変異が
起きるわけではない。
少しずつ、
気づかれないくらい
ゆっくりとした
時間をかけて、
遺伝子の変異が起こる。
だから、
最初の鶏は、
「鶏じゃない親」が産んだ卵から
生まれたんだという。
私は、
へえ、と相づちを打ちながら、
黙って
ごはんを噛みしめた。
なるほど。
今の時代は、
もう
答えが出ていたのか。
鶏になる卵。
まだ
名前のつかない途中。
完成していない存在。
それでも、
ちゃんと育って、
ちゃんと
鶏は生まれてくる。
ひと通り、
話も終わり、
お開きとなった。
