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50g足りないパン。




フランスの数学者
ポアンカレ。


毎日同じ店で、
同じ重さのパンを
買い続けた男。


いつも買う、
パンの重さ。
1000gから、
ほんの少しだけ
軽く感じた。

それに
気づいたときから、
彼は毎日、
同じパンを買い、
重さを計った。

そして1年余りの
統計の結果。

おおよそ50gほど
パンの重さが、
足りなかったという。

ポアンカレは、
そのことで、
パン屋を訴えた。


──と言われている。




しかし、
このハナシ、
ほぼ"ウソ"である。

世界の学者たちは、
そう提唱している。


史料はない。
本人の記録にもない。
論文にも出てこない。

あとから、
「天才ってこういう人だよね」
そんな感じで、
誰かが作った、
出来のいい小話だと
言われている。


でも。

わたしはこの話、
嫌いじゃない。
むしろ好き。


きっと誰かが
そう感じたんだと思う。

パンが軽くなったこと、
そんなことで
怒ったんじゃない。

損をしたからでもない。

ただ、
昨日までと、
同じだと
思っていた世界。

そのズレを
感じ取ってしまった。

そのことを、
ポアンカレではない、
誰かが、
見逃さなかったのだろう。


たいていの人は、

「気のせいだろう」
「計りの誤差だろう」
「忙しいし、まあいいか」

世界は、
そうやって
物事をうやむやにし、
争いを避け、
生きていく。


しかし、
数学者は違う。

ズレを、
なかったことに、
できない。

0.1gの違和感を、
世界の異変として扱う。
それは、
生きやすさとは真逆の才能。


パン屋さんにとっては、
ほんの些細な誤差。
お客さんにとっても、
大した問題ではない。

それでも、

同じだったはずが、
同じではなかった。

その一点だけで、
世界が再計算に入る。


この逸話が、
本当かどうか。

そんなことは
たぶん、
どうでもいいこと
なんだと思う。


大事なのは、
この話が
何度も語り継がれる、
その理由があるということ。


だからこの話は、
数学の逸話ではなくて、
生き方の比喩だと思う。


世界は、
だいたい昨日と
同じ顔をしている。
しかし、
完全に同じ日は来ない。

そのズレに
気づいてしまった。

そんな敏感な人は、
ちょっと面倒。

そして大抵、
損をすることに
なる人だと思う。

それでもパンを、
計量してしまう人がいる。


たったの50gの違和感で。