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【#14】連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第4章 「おそいけど、おそくない。」1話)

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美容室 『ヨアケ』には、ある「ひみつ」が隠されている。
それはもし知られてしまえば、全国から客がひっきりなしに押し寄せるような「ひみつ」だった。

だけど今のところ「ひみつ」は秘密のまま、美容室の奥底に隠されていて、
「ヨアケ」は、ごく普通の商店街の片隅にあり、平凡な様子で今日も通りを見下ろしていた。




コトリ…


昼間でも薄暗い倉庫に、物音が響く。


美容室「ヨアケ」の、地下倉庫。
奥の方にアンティークの立派なスタイリングチェアと、美しい彫刻が施されたドレッサーが置かれている。
雑多なものに紛れていたが、そこだけは周りとどこか違う空気がただよっていた。

椅子には髪の長い小さな女の子が、背筋をすっと伸ばして座っていた。
半地下の小窓から差し込んだ日差しは、ちょうど鏡の前をまっすぐ横切り、ホコリがキラキラ舞っているのが見えた。

しばらくすると女の子は椅子からトン、と飛び降りると、ゆっくりとした動作で階段をのぼり、倉庫の外へ出て行った。



***



「あーーーもうっ!!まーじーでっ!いい加減にしてほしいっ!」

美容室「ヨアケ」の店長坂本亜里沙さかもとありさは、手にしていたコンビニおにぎりを握りつぶしそうな勢いで言った。
朝から顧客が重なり、さらに予約なしで来る「飛び込み」と呼ばれる客も来たりして、やっと昼休憩に入れたのは夕方の四時頃だった。

「もう、お腹すいたの通りこした…あっ!もうっ!」


坂本はおにぎりのフィルムを乱暴に剥いたので、中に大きく海苔が残ってしまった。


「だいたいあの子って誰の子?ほんとにオーナーの親戚の子なのかしら」


「ちょっと店長、聞こえちゃいますよ」


はす向かいに座ってスマホをいじっていた、男性スタイリストの新城拓海しんじょうたくみが顔を上げて言った。


「だってさぁ、あの子の世話だけで誰かひとり取られちゃうじゃん!さっきから田辺が掛かりっきりだし…」


ガラッ



そのとき休憩室の引き戸が開き、当のスタイリストの田辺麻衣たなべまいが顔をのぞかせた。


「失礼しまーす。店長、加賀様のタイマー鳴りましたー」


「あ、じゃあ流して…あっでも田辺はあの子みてなきゃだよね?吉祥寺に頼めない?」


「いえ、たった今オーナーが連れて帰りましたから、私、入れます」


「…来るときも突然。帰るときも突然!」


坂本は言うと、フィルムに残った海苔のかけらを引っ張り出し、クシャクシャに丸めて口に押し込んだ。


「…加賀様のシャンプー、入りまぁーす」


さわらぬ神にたたりなし、と思った麻衣は、そのまま引き戸をそっと閉め、フロアに戻っていった。


新城は、(今日も店長、こえー)と内心思いながら、

「またなんか、あったんすか?」


と聞いてみた。新城は今日は半休を取っていたので、さっき来たところだった。
坂本が新城のほうをキッ、と見たので、(俺は関係ないのに…)と新城は思った。

「朝イチで、お客様に出したコーヒーのカップを叩き落とした」


「げっ」


「それから、シャンプー台に移動中の加賀様のカットクロスを踏んづけて、転ばせそうになった」


「うっ」


「吉祥寺とフロアで、戦いごっこをした」


「…」


「それから…」


「…もういいっす」

新城が言った。



「あの子」というのは、ひと月ほど前にオーナーが突然連れてきた女の子だった。

11月の午後。「ヨアケ」の通りに面したガラス窓の向こうに、オーナーの末継暁すえつぐあかつきが立っているのが見えた。
フロントの入江智子いりえともこはすぐに気づいたが、末継がなかなか入って来ないので、何か荷物でも持ってるのかも、とドアを開けに行った。


「オーナー、お疲れさまです…あれ?」


見るとオーナーの陰に隠れるように、小さな女の子が立っていた。


「こんにちは」


入江は声を掛けたが、女の子は返事をしなかった。


「俺の親戚の子なんだけどさ、ちょっと事情があって預かることになったから、悪いけどしばらくお願いね。八歳。小二なんだけど、まだ家で長い時間一人は心配だから」


末継が言った。


女の子は髪が長く、前髪も目がほとんど隠れるくらいに伸ばしていた。あまり顔はよく見えなかったが、形の良い鼻や口をしていて、美人のようだった。
身長はその年齢の子の割には高く、すらりとしてスタイルも良い。
もこもことした生地の大人っぽいグレーのコートが、とてもよく似合っていた。

「しばらくって…?え、オーナー、あのいつまでですか?今日だけですか?」


入江が言った。

「ああ、どのくらいかはまだ未定だから…じゃあそういうことで、よろしくー」

オーナーはそれだけ言うと、風のように消えてしまった。


(相変わらず勝手だなぁ…)

入江はそう思ったが、不安そうにしている女の子を見ると、すぐに笑顔で話しかけた。


「あー…えっと、お名前はなんですか?」


「………」


「あ、寒いからとりあえず中、入ろっか」


「…あーちゃん」


女の子は蚊の鳴くような声で答えた。


「そっか、あーちゃんね!私は入江です。中にどーぞ。そこに座ってて。今、絵本持ってくるからね」


あーちゃんは素直に中に入り、フロント前のソファーに座った。入江は棚から何冊か絵本や児童書を持ってきて、目の前のガラステーブルに置いた。


(とりあえず、店長に知らせなきゃ…)


入江は電話の受話器をとり、二階に内線をかけた。しばらくすると坂本が降りてきた。


(店長、静かに怒ってるな~)


入江は思ったが、小さな女の子の手前、苛立ちを表に出さないようにしているのがわかった。


「こんにちは〜。お名前は?」


「………」


女の子は置いてあった絵本を手に取り、パラパラめくった。


「私は坂本。よろしくね。そのコートおしゃれだね!…で、名前、なんていうの〜?」


「…」

「あ、あーちゃんですって」

女の子が絵本から顔もあげないので、入江が慌ててフォローした。


「そー。あーちゃん、何時ごろまでここで待ってて、って言われたのかな?」


「…」

女の子はやっぱり答えず、まるで坂本のことが見えていないかのように、絵本のページをめくっていた。
坂本のこめかみにスジが立ったのがわかったのて、入江は取りなすように言った。

「特にオーナーは何時までって言ってなかったよね。あーちゃん、喉乾いたかな?何か飲み物持ってくるね。麦茶でいいかな?」


「オレンジジュース」

あーちゃんは顔を上げ、入江を見ながら言った。

「オレンジジュース?あったかなぁ…。見てくるね。店長、ちょっと二階行ってきて良いですか?すぐ戻ります」

「ああ、はい」


子供は苦手、と公言している坂本は、あーちゃんと二人きりになり、どうしていいのか分からなかった。
ガラス棚の前を行ったり来たりして、ディスプレイしてあるシャンプーの位置を意味もなく変えたりしていた。

どう話しかけていいか分からないし、さっきからなんだか、自分にだけ返事をしないような気がする。

(…なんなのよ、この子!)

どうしてか、この子を見ているとイライラしてくる。それなら見なきゃいいのに、なんだか目がいってしまう。
あーちゃんは相変わらず坂本がそこにいないかのように、絵本のページをめくっていた。


その時、二階からオレンジジュースを入れた紙コップを持って、アシスタントの吉祥寺が降りてきた。
いつもはダダダっと駆け降りてくるのだか、さすがにジュースがこぼれるのでゆっくりだった。
というかゆっくり過ぎな上になぜかキョロキョロしていて、何かに警戒しているスパイ映画の主人公みたいだった。


「こんにちはぁ…はじめまして…。僕は吉祥寺大きちじょうじだいです…よろしくね……あっ!うわぁっ!しまったぁ!!」

最後の最後に油断したのか、吉祥寺は結局ジュースを少しこぼしてしまった。

「ごめんっ!ギリギリまで入れちゃったから……あっ、でもまだ沢山残ってるから!どぞっ」


吉祥寺は紙コップをあーちゃんに渡し、

「いやぁ、ごめんごめん!」


と言って、ティッシュで床をちょんちょん、と拭いた。

「吉祥寺、それじゃ全然拭けてないじゃん。それに仕上げに水拭きしなくちゃ。後でベタつくでしょ」


坂本が言った。


「すみませーーんっ!!」


吉祥寺は、今度はびしょびしょに濡らしたティッシュで拭いた。


「……これじゃあ……今度は滑るでしょ」


「あっ私、拭いときますから大丈夫ですよ!」


入江が慌てて言った。


一部始終を見ていたあーちゃんは、紙コップのオレンジジュースを一気に飲み干すと、


「ふふふふ………あはははは!!」


と、お腹を抱えて笑い出した。そして吉祥寺を見上げて言った。


「ねえ、二階行ってみたい」


「おう!じゃあ、この吉祥寺が案内してしんぜよう!」


吉祥寺は坂本の視線に気付いて、「……あっ!店長、良いですか??」と、慌てて付け足した。


「お客様のご迷惑にならないように、静かにだったら…」


坂本が渋々答えると、


「はーいっ!任務了解でーっす!」

と吉祥寺が敬礼したので、あーちゃんも一緒になって敬礼した。


「任務って…」


坂本があきれたように言ったがそれには気付かず、吉祥寺はあーちゃんにひそひそ声で言った。


「敵に気付かれたら終わりだから…足音を立てないように」


「りょーかい!」


「シーッ!」


「シーーッ!!」


二人は忍び足でゆっくりと、階段を上がって行った。


***



「あーちゃん」はそれから週に三、四回のペースで、突然オーナーに連れられてやってきた。
大人しかったのは最初の数分だけだったようで、来るとあちこち走り回り、勝手にいろいろなものを触ったりして、周囲を困らせていた。

吉祥寺とは馬が合い、来ると二人で楽しそうにしていたが、なぜか坂本だけには一切口をきかず、目も合わせなかった。
長い前髪が気になり、「切ってあげようか?」と声を掛けた時も無視だったので、ついに坂本は、

(もう絶ーっ対に口をきいてやんないから!)

と、さすがに本人の前では言わなかったが、ぶち切れていた。


そんなある日の営業後。坂本は新しく仕入れたカラー剤を試そうと、戸棚を探していた。

「あれ…ない…。荒井さーん、この間入荷したカラー剤、知らない?」


荒井美里あらいみさとは、三十代の女性スタイリストで、服装は地味だが気さくな性格で特に主婦層に人気があった。


「新商品のだよね?あれなら確かここに入りきらなくて、倉庫に持ってったみたいだよ」


「ええーーっ!?すぐ使うのになんで倉庫?!夜なんて絶対に怖くて入れないじゃん…荒井さんお願いっ!取ってきてくれない?」


「えーっ!絶対ヤダ。今日はもう帰らなきゃだし。電車乗り遅れちゃうから。悪いけどお先に~」


荒井はそういうと、さっさと帰ってしまった。その日に限ってみんなそれぞれ用事があり、残ったのは坂本だけだった。

スタイリストになって顧客をたくさん抱えていても、営業後の練習や新しい技術の勉強などは、続けていかなければならない。
休日返上で研修会に行ったり、美容師だということは言わずに有名店舗に客として行ってみたりと、皆、それぞれ研鑽していた。自腹を切ることも多かった。
その中でも坂本はかなりストイックなほうで、性格は少々キツくて扱いにくいが、その勉強熱心さはみんなに一目置かれていた。

「ヨアケ」の地下倉庫は、以前から誰もいないのに物音がしたり、皆から恐れられている場所だった。
昼間でも怖いのに、夜なんて近付くことすら怖い。


「ううう…まじか………」


坂本はあきらめてもう帰ろうかとも思ったが、明日来る客に新しいカラー剤をどうしても使いたかったので、腹をくくった。


(第4章 2話へ続く)


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