【#15】連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第4章 「おそいけど、おそくない。」2話)
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店の入り口から通りに出て壁沿いのシャッターを開けると、地下に続く短い階段がある。
そしてその奥が、十畳ほどの倉庫になっていた。
坂本は怖かったので大きな目を細め、あまり周囲を見ないようにしながら倉庫に入った。
電気をつけたが蛍光灯が古くなっているらしく、少し薄暗く感じた。
コンクリートの壁際にはスチール製の棚が並び、ダンボール箱やパーマやカラー剤などの在庫、なにやらよく分からない箱、ウィッグと呼ばれるカット練習用の首から上のマネキンなどが、雑多な様子で置かれていた。
棚にずらりと並び無表情でこちらを見ているウイッグは、見慣れている坂本でもここでは直視するのが怖かった。
静かなのが嫌で、坂本は大きな声で独り言を言いながら探した。
「えっとぉ…どーこかなー。このへんかなー。ここじゃないなぁ〜」
とりあえず、手前にあった段ボール箱を開けてみる。
「ひぃっ!びっくりしたぁーっ!」
大きな段ボールに、使用済みのウイッグがたくさん詰め込まれているのを開けてしまったのだった。うつろな目が皆こちらを見ているようで、坂本は、
(これじゃもう、お化け屋敷じゃん…)
と思った。そして同時に、美容学校時代のことを思い出していた。
*
坂本はウィッグを三個、大きなトートバッグに入れて電車に乗っていた。
毎日遅くまで練習していたので、座るとすぐに睡魔が襲ってくる。その日は疲れもピークで、自宅の最寄駅に停車し、アナウンスが流れたときにようやく目を覚ました。
(あっ!降りなきゃ!)
そう思って慌てて立ち上がった時、トートバッグの紐をつかみそこね、ウィッグを床に落としてしまった。
カーン!という派手な音がし、髪の毛を振り乱した首が、勢いよく車内を転がった。
「うわぁっ!」
「ぎゃっ!」
突然、目の前にゴロゴロ転がってきた生首を見て、何人かの乗客が悲鳴をあげた。
「すみません!すみませんっ!!!」
坂本は慌ててウィッグを拾ったが、気味悪がって誰も手伝ってくれなかったので、その間にドアが閉まり、電車は出発してしまった。
車内はそれほど空いている訳ではなかったので、隣の車両に移動することも出来ず、恥ずかしさに耳まで赤くなりながら、次の駅で降りて引き返したのだった。
ずっと憧れていた美容学校に通うのは、ハードだったがとても楽しかった。
手荒れがひどく、あちこち割れてただれていたが、頑張った分だけ上達する気がして、寝る間も惜しんで練習した。
ただ、入学と同時に出た実家には、少し気掛かりなことがあった。それを思うと過去の記憶とあいまって、胸の中がざわざわする。
気にしないようにしようと思うのだが、特に疲れているときなどは色々と考えてしまうこともあった。
*
「あーーもうやだ…」
坂本は、もう少し探して無かったらさすがに諦めよう、と思った。
奥の方の一角に、アンティークの大きな鏡のついたチェストと、同じくレトロなスタイリングチェアが置かれているのが見えた。
鏡のふちや引き出し部分には草花模様の彫刻が施され、高級木材マホガニーで出来ていた。スタイリングチェアは、革張りのしっかりとした作りだった。
坂本は自分が入店当時から置かれていたこのセットが気になり、場違いなその様子に、倉庫に入ったときはついじっと見てしまうのだった。
「あ…?あれかも?!」
そのチェストの上に、カラー剤の小さな箱がのっていた。
「もー。あのチェストには何も置いちゃダメだって、オーナーにしつこく言われてんじゃん」
坂本は箱を取ろうとチェストに近づいたが、次の瞬間、びくっとして動きを止めた。
椅子に誰かが座っているのが目に入ったからだった。
「あ、あ…!!!」
坂本は恐怖のあまり、ほとんど腰を抜かしたような状態で、言葉にならなかった。
その椅子には、ふわふわしたグレーのコートを着た、ひとりの髪の長い少女が座っていた。
あーちゃんだった。
あーちゃんは突然誰かが入って来たことも、坂本が近くにいることも全く気にならない様子で、椅子の上で丸くなり、耳をふさいでいた。
(ど、ど、どうしよう。声、かけなきゃ…)
普段の坂本ならすぐに声をかけただろう。けれど、できなかった。
もちろん驚いて怖かったのもあるが、近付くことすら拒否するような強い何かが、あーちゃんから出ているのを感じたからだった。
その寂しげな様子が、突き刺さるように胸に迫ってきた。
倉庫のむき出しのコンクリートの天井は低く、蛍光灯が切れかけてカチッ、ジジジ…という音を立てていた。
「あ、の…えっと………あーちゃん?」
坂本は声を掛けたが、あーちゃんはいつものように、坂本のことが見えていないかのように無反応だった。
しばらくするとあーちゃんはゆっくりと顔を上げ、椅子の上に起き直った。
そして突然飛び降りると、立ち尽くしている坂本のことを、じっと見つめた。
長い前髪から少しだけ覗いた目が、何かを訴えかけているように見えた。
突然、あーちゃんが言った。
「…あのとき、………守って欲しかったんだよね」
「…?!」
坂本は意味が分からず、何も答えられなかった。
それからあーちゃんはゆっくりとした動作で階段を上がり、そのまま出て行ってしまった。
時刻は夜の八時過ぎで、小学二年生がこんなところに一人でいるような時間ではない。
はっと気付いてから追いかけたが、あーちゃんの姿はどこにも無かった。
「な、なん…なんなの…あの子…!!」
坂本は言いながら上着のポケットを探り、スマホを取り出した。
指先が小刻みに震えていたのは、寒いせいだけではなかった。
「オ、オーナーに電話しなきゃ…」
坂本は末継に電話を掛けた。
「あのっ!オーナー!あーちゃんが…」
《 ああ、大丈夫だから。驚かせてすまないね 》
「えっ?!はぁ?!す、すまないってなんですかっ?!こんな時間に八歳の子がひとりで…!!大体あの子、いつまでいるんですか?!」
《 ああ、まあ、もうちょっとかな…とにかく、よろしくね 》
「あの子、八歳なのにやけに大人っぽくないですか?さっきもなんか私に、意味の分かんないこと言ってきて…。
ヨアケでもめっちゃいろいろやらかしてるんですよ!しっかり見てなきゃいけないから、ただでさえ人手が足りないのに一人取られちゃって…って、あれっ?オーナーっ?!」
電話はもう切れていた。
坂本はスマホを投げつけたくなるのを、ようやく抑えた。
***
それからしばらくの間、あーちゃんが「ヨアケ」に顔を出すことは無かった。
「あー、せいせいした。あの子、もう来ないといいなー」
坂本はそう言っていて、まわりのみんなは店長の機嫌が直って良かった、と思っていた。しかし当の坂本は言葉とは裏腹に、あーちゃんのことが気になって仕方なかった。
あの倉庫でのあーちゃんの姿が、忘れられなかった。
(守ってほしかったって、何が…?私と前に会ったことあるの?私、あの子になんかしたっけ?)
確かに、前からどこかで見たような感じはしていたが、よく分からなかった。
倉庫でのことはヨアケの皆には何となく言いそびれてしまっていて、坂本とオーナーしか知らなかった。
(あの子、大丈夫なのかな…。何か辛いこととか抱えてるのかも)
などと、ふとした時に考えてしまい、
(なによ、私には関係ないじゃんっ!)
と、坂本は余計にイライラしてしまうのだった。
***
「店長ーっ!あのぉ、クリスマスケーキってどこで予約するんでしたっけ?」
ある日の閉店後、吉祥寺が言った。
美容室「ヨアケ」では毎年、店の一階でクリスマスパーティーをするのが恒例だった。
サンタやトナカイ、アニメキャラなどのコスプレをしたり、ゲームをしたり、結構本格的にやっている。従業員の家族も参加したりして、毎年大いに盛り上がっていた。
「ああ、商店街のはじっこの高橋洋菓子店でお願い」
坂本はヨアケのある商店街で、なるべく買い物をするようにしていた。
職場の小さな町に貢献したいという思いからだったが、それを言うのは恥ずかしかったので、いつも「めんどくさいから、近いところで」とか言っていた。
けれどそんな坂本の優しさを、意外にヨアケの皆は気付いていた。
気が強く扱いにくいところはあるが、それでも一目置かれているのは、そんな面もあるからだった。
「店長っ!僕、コスプレ気合い入れますんで!!楽しみにしてて下さいね~」
「楽しみにって…なんで吉祥寺のコスプレ、私が楽しみにすんのよ」
「いやぁ〜早くクリスマスにならないかなぁ〜。あ、あーちゃんのも僕が用意しますね!」
「えっ?あの子も来んの?」
ちょうど帰り支度をして休憩室から出てきた、スタイリストの荒井美里が言った。
「はい!オーナーがこないだ、言ってましたぁ」
「そうなんだ、あの子ってまだいるんだ。結局オーナー、どーして預かってたんだろーね」
「ほんとに!最近来ないからホッとしてたのに。まあ、パーティーならいっか。お客様いないし」
坂本が言った。
「ジングルーベール、ジングルーベェール、すっずーがぁーなるぅ~……あれ、なんだっけ?ま、いっか。ふんふんふーんふ、ふんふんふーんふ…」
吉祥寺は陽気に歌いながら、タオルを干そうと休憩室の洗濯機の方に跳ねるように歩いて行った。
(そっか…あの子も来るのか…)
坂本は、あーちゃんと倉庫で会ったときの、うずくまり耳をふさいだ姿が忘れられなかった。
そしてその姿を思い出すと、自分の小さな頃の記憶が蘇ってくるのだった。
(第4章 3話へ続く)
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