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【#16】連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第4章 「おそいけど、おそくない。」3話)


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坂本は二人兄妹で、五つ上に兄がいた。
歳が離れているのでほとんど一緒には遊ばなかったし、そもそも趣味も性格も全く合わなかった。

今でこそ気が強くはっきりしている坂本だが、幼い頃は無口で自己主張はほとんどしない子だった。
長男、ということで兄がいろいろな面で優遇されており、坂本自身もその頃はそれが当たり前、長男を立てなくちゃいけないんだ、と思っていた。
そして、兄に何でも譲ることを覚えた。

そこにいたの?居るんだか居ないんだか分からなかった、と家族にまったく悪気無く言われることも多く、自分は存在感が薄いんだな、と思っていた。

父の妹である叔母さんと同居していたが、我儘ですぐ不機嫌になり、ことあるごとに家族の和を乱していた。家族皆が彼女の機嫌をとっていて、坂本もそれにならっていた。
特に母親は叔母にいつも気を遣って、機嫌を損ねないようにしていた。

「おばさんがお菓子買ってきてくれたから、これ前から好きだったとか、美味しい以外にも何か付け足して言ってね」

などと、面倒なお願いをこっそりされるたびに、坂本は心の中で(アホらしー)と思っていた。
でももし反抗したら、それを種に叔母の不機嫌の矢が、母親に飛んで来かねない。
母親が何か言い返しているのなら、坂本もそこまで気にしなかったのかもしれないが、いつも言われるがままだった。

自分がいるときなら、話をそらしに行ったり機嫌をとったりできる。
でも、いないときに母親が何か言われているかも…と思うのが辛くて、母親思いの坂本は、ぐっとこらえて従うのが常だった。

叔母さんはちょっとしたことで機嫌を損ねると、自室に閉じこもって出てこなかったり、パフォーマンスの家出をしたりする。
家出は自分の姉の家に行くだけで、坂本はその不在の期間は家でものびのびできるので、むしろ嬉しかった。
数日後、皆のこと許してあげたわよ、みたいな態度で帰って来ると、心底がっかりした。

叔母は幼稚なだけで悪気はなく、坂本のことも彼女なりに可愛がっていたのだが、母親の悪口を聞かされたり、何でもないことでもすぐ決めつけられるのが嫌だった。

「あら、そんなもの好きなの?お兄ちゃんはそうじゃないわよねぇ」

などと、選んだオモチャひとつとっても否定されたりすると、気にするまいと思っても傷ついた。

一つ一つは些細なことだが、針で撫でられるような微かな疼きでも、積み重なると心に澱のように溜まってしまう。

叔母はいまだに実家に住み着いており、そのせいもあって坂本はあまり実家には寄り付かないのだが、母親はどんなふうに感じ、長い間暮らしてるんだろうと思うと、いつも気掛かりだった。



***


「あー、さむさむさむーっ…。ケーキ、受け取って来ましたぁ~!!」


クリスマス前の火曜定休日。
美容室「ヨアケ」では、午後からのパーティの準備に大忙しだった。
十二月は美容室の繁忙期なので定休日を返上する店舗は多いが、ヨアケは従業員も少ないので、いつも通りだった。

「オーナー!繁忙期なのに売り上げ伸ばせないじゃないですかっ!もっとアシスタント採用してください!」と坂本が末継にしつこく言っているのだが、「探してるんだけどねぇ…」と言うだけで、なかなか増える気配はなかった。

「えっ?!吉祥寺、その格好でケーキ屋さん行ったの?!よく捕まんなかったねぇ」


後でやるビンゴ大会の用意をしていた荒井が、驚いて言った。
吉祥寺はボロボロに破れたサンタの赤い服に、美容師にあるまじきボサボサ頭だった。それだけならまだしも、顔は灰色で、額にざっくりと開いた傷のメイクをしていた。


「ゾンビサンタでーっす!けっこう上手くできてませんか?僕、美容学校の時、メイクで褒められたことあるんですよぉ~」


吉祥寺は、ゾンビのポーズで荒井に襲い掛かるふりをした。


「きもっ!!…っていうか、クリスマスだよ?ハロウィンじゃないよ?!外にそのまま行ったの?みんなびっくりしなかった?」


荒井が矢継ぎ早に聞いた。


「はいっ!僕、サンタの帽子かぶってサングラスして、マスクもしてったんで大丈夫でした!!」


吉祥寺はポケットから、ボロボロの赤い三角帽子を取り出すと目深にかぶり、サングラスもかけてみせた。


「なんだか余計怪しいような気がする」


荒井が言うと、さっきから折り紙で輪飾りをもくもくと作っていた新城が言った。


「コスプレしてても、吉祥寺は商店街の有名人ですからね。あの落ち着きない動きでわかるんじゃないっすか?」


「確かにーっ!僕、ケーキ屋さんに『こんにちはーっ』て入ったらおばちゃんに、あら吉祥寺くんケーキならできてるよ~って言われた…!僕って有名なんですねぇ!!」


「あ、俺は褒めてないよ」


新城が言った。


「確かに吉祥寺の声って、特徴的で大きいしねぇ」


荒井が言った時、入り口のドアが開いた。


「おつかれさまでーす」

「こんにちはー。おひさしぶりでーす。ほら美久、こんにちは、は?」


「………こんにちは」


外の冷たい空気と共に、入江とその夫マッサンと、七歳の娘、美久が入って来た。
美久は、スカートになっているサンタの衣装を着ていた。


「あっ、入江さんおつかれさまでーっす!マッサーン!美久ちゃーん!メリークリスマ~ス!!…って、美久ちゃんかわいーーっ!僕も同じサンタだよ!その名もゾンビサンタ!」

吉祥寺が近くに来ると、美久は

「うっ!!」


と一声あげ、入江の後ろに隠れてしまった。

八月のバーベキュー以来、吉祥寺のことが大好きで仲良しなのだが、さすがにゾンビサンタの青白い顔と血のりは怖かったようだった。


「ええーーっ、美久ちゃーんっ…怖くないよぅ~」


「…」


「いつもの吉祥寺のおにぃちゃんだよーーっ」


美久は何も答えず、さらに入江の後ろに隠れてしまった。


その様子をみて皆は笑っていたが、吉祥寺は美久に避けられたのが案外ショックだったようで、

「僕、やっぱこのメイク、落としてきます…」

と言って、二階に駆け上がって行った。

「吉祥寺くんごめん!!メイク落とさなくてもいいよーっ!せっかくのクオリティーなのに…!」

と、入江が慌てて声を掛けると、

「大丈夫でーーっす!美久ちゃんのほうが数億倍大事なんでっ…」

という返事が遠くから聞こえてきた。


「相変わらず吉祥寺くんは良いやつだなぁ」


マッサンが言った。


ヨアケの一階には大きなツリーが飾られ、風船や輪飾り、電飾などで結構本格的な飾り付けがされていた。


「みてみてーっ!これ可愛いでしょ?作ったんだー」

荒井がフェルトで手作りしたトナカイや雪だるま、サンタなどのオーナメントを、中央にあるガラステーブルに並べた。
カラフルなビーズが縫い付けられ、刺繍も細かく、売り物のようだった。

「なにこれーー!すごーい!めっちゃ可愛い!!」

入江が興奮して叫ぶと、美久もおずおずとこちらに来た。

「美久ちゃん、もし良かったら一つあげるよ!」

荒井が言うと、美久は大喜びで悩みに悩んで、雪だるまのを選んだ。
店員で唯一美容師ではない入江は、こういうのを見ると、

(ああ、やっぱり美容室って器用な人たちの集まりなんだよなぁ)

と実感するのだった。

ダダダダ…と音がして、二階から吉祥寺が降りてきた。

「みーくちゃーん!あーそぼっ!」


美久はビクッと身構えた。

「ええーっ?!まだダメ?」

吉祥寺は衣装はボロボロのサンタ服のままで、青白い肌のメイクを落としてはいたが、雑だったのか、まだなんとなく顔色が悪いように見えた。

「きちじょーじくん、こわい」


その場にいた皆は笑った。

「うそーっ!まだダメ?!よーし僕、めっちゃ可愛くしてくるから待ってて!!」


結局、頭の部分がフードになっているトナカイの着ぐるみを着て、頬に雪の結晶のフェイスペイントシールを貼ってくると、ようやく許されたようで、吉祥寺と美久は二人で飾りつけを始めた。

店内のBGMはクリスマスソングで、皆の気分も高揚してきた頃、入り口のドアが開いて、オーナーの末継が入って来た。


「おー、本格的だね!みんなご苦労様。…ほら、あーちゃん。クリスマスツリーだよ」


末継の後ろから、チェックのワンピースを着たあーちゃんが顔を出した。


「あっ、あーちゃんだ!ひさしぶり~っ!メリークリスマーッス!!」


吉祥寺が小走りで出迎えに行った。


「ほら、美久ちゃん、この子はあーちゃんだよー!同じくらいの歳なんじゃない?」


美久は小学校一年生で七歳、あーちゃんは二年生で八歳だった。二人は人見知りでなかなか打ち解けない様子だったので、荒井が言った。


「ほら、美久ちゃん。あーちゃんにも、おひとつどーぞって、渡してくれる?選んでもらって!」


さっき美久にもあげた、フェルトで手作りしたオーナメントだった。
お盆に並べて美久に渡すと、「これも可愛いよ!」「これもいいね…」などと二人で話しながらいろいろ悩んで、サンタの形のものを選んだ。
それで少し打ち解けたようで、吉祥寺の強引さも良い方に働き、三人で遊び始めた。


「あ!そうだ!あーちゃんに可愛い衣装、用意してあるんだ~。来て来て!」


吉祥寺が言うと、三人は二階に上がって行った。


準備もほとんど整い、あとは坂本と麻衣が来るのを待つだけになった。
二人は、都内で開催されている美容の研修会に参加していて、ギリギリになる予定だった。

「みんなお疲れー。ほら、オードブル取って来たよ」


二人が大きな袋を両手に持って現れた。商店街のお弁当屋さんで注文していたものだった。
さむかったぁ~と言いながら、坂本はオードブルの器で手を温めていた。

紙コップに名前をペンで書いたり、紙皿やジュース、大人にはお酒をを用意して準備が整うと、荒井が言った。


「これでみんなそろったねー。みんなーっ!はじめるよぉーっ!」


二階にいた末継と吉祥寺、美久とあーちゃんが降りてきた。


「わ!あーちゃん可愛い!」


荒井が言った。


あーちゃんは、吉祥寺が用意したチョコレートケーキをモチーフにしたドレスを着ていた。
ダークブラウンが、大人っぽいあーちゃんにとてもよく似合っていた。


「あ…」


坂本はあーちゃんをみて声を掛けようと思ったが、相変わらず坂本のことだけいないかのように扱うあーちゃんにカチンときて、結局何も言い出せなかった。


「みんな、コップ持ちました??じゃー、カンパーイ!!メリークリスマース!!」


「ちょっと、なんで吉祥寺が言うのよ!普通オーナーでしょ?!」


坂本が言ったが、


「いや、俺はいいよ。元気な方がいいでしょ。はい、カンパーイ!」


と末継も言い、その横で吉祥寺が口パクをしながら物真似をし、それが意外と似ていたので、みんな笑った。


パーティーは、皆でいろいろなゲームをして盛り上がった。
人狼ゲームではルールを理解できなかった吉祥寺がすぐに脱落してしまい、その落胆ぶりが面白くてみんな大笑いした。

美久が用意してきたクイズ大会では、意地悪なぞなぞだったので、大人がほとんど正解できず、あーちゃんが商品をかっさらっていった。

ビンゴ大会ではワイヤレスイヤフォンや商品券など、結構豪華な景品が末継により用意され、すごい盛り上がりだった。

「やったーっ!ダブルリーチ!!」


荒井が嬉しそうに叫んだ。

「あー!私もさっきからリーチなのにーっ!」

坂本は言った。最近なくしてしまったワイヤレスイヤフォン狙いだったので、熱が入っていた。
そのとき、ふとまわりを見回すと、あーちゃんがいないのに気が付いた。


(あれ…?あーちゃんは?トイレかな?)


坂本はなんだか胸騒ぎがして、トイレや、二階の休憩室を覗きに行ったが、あーちゃんの姿は見当たらなかった。


(第4章4へ続く)


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