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【#25】連載小説 『美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第5章6話「そっちからみたら」吉祥寺の場合①)

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こちらは第3章「はい、どーじょ。」を別の角度からみたお話です。
こちらを読んでいただいてからのほうが、楽しめるかと思います。




「えーと…今回は吉祥寺 大きちじょうじ だいくんっていう男の子に、手紙を渡して欲しいんだ」


美容室「ヨアケ」の地下倉庫の奥で、オーナーの末継が言った。

「必ず彼だけが読むように頼むよ。特にお祖母さんに気づかれないように」


傍らにいるシルバーグレーの猫は何も言わずにじっと耳を傾けているだけで、末継はひとりで話しているかのように見えた。

末継は大きな鏡のついたアンティークチェストの引き出しから、木製の文箱を取り出した。
文箱には便箋と封筒、万年筆などが入っている。末続は便箋にサラサラと何かを書いてそれを封筒に入れると、封蝋用のロウソクとライターを取り出し、火をつけた。
慣れた手つきで蝋を垂らすと、Yの飾り文字が刻まれた真鍮製の印を押し付けて封をする。冷めるのを待ってから猫に渡した。
猫は手紙をそっと口にくわえた。


「また何年かしたら、彼にはまた手紙を書くと思うから…あ、でももしかしたら僕が直接…ま、どちらにせよ、そのときもよろしく頼むよ」

末継は、文箱をチェストの引き出しに仕舞いながら言った。
猫は末継の目をじっと見つめていたが、やがて小さく頷くと、倉庫から出で行った。





「吉祥寺君ってさ、お母さんいないの?」


「うん」


「どうして?」


「えっ…えっと…ど、どうして、って…」


「あ、ごめん!言わなくてもいいよ。いやなこと思い出させちゃってごめんね!お母さんいないなんてかわいそうだよね。きっとすっごい大変だよね?がんばってね!」


(かわいそう、ってなんだろう…)


クラスの女子にそんなことを言われるたび、だいはそう思っていた。
母親が十八歳のときの子供で、自分を産んですぐ出て行ったと聞いている。記憶はほぼ無い。だから自分が淋しいとか、かわいそうだとも思ったことがないのだが、世間的にはそういうことらしい。
うるさいなあ…と思うが、大は特に反論はしなかった。悪気がないのが分かるからだった。

同時に、優しくしているつもりでも、独りよがりだと人を傷つけることもある、ということを小学校四年生にして学んだ。


しかし、母親がいなくても愛情あふれた家庭だから、とも言えなかった。家の中では祖母が絶対的な権力を握っていて、父親も祖父もいつも無言で従っていた。
大に対しても高圧的で、何か反論したくて喉元まで出かかっても、小さい頃から押さえつけられていたからなのか、結局言えずじまいになっていた。

そういう気質の弱さを人は敏感に察知するもので、大はクラスでは少し下に見られていた。
自分でもそれは感じていたが、どうすることもできなかった。


ひとりで好きなアニメやテレビ番組を観ていたり、マンガを読んでいるときが、大の一番幸せな時間だった。
主人公が悪を倒したときなどは、「ヤッターーーーッ!」と叫びながら飛び上がってターンを決め、踊り出したりするのだが、一度祖母に、


「うるさいよっ!そんなポーズして、アホにみえるわ。あんた、母親みたいになってもいいの?!」


と怒鳴られテレビを消されてから、あまりできなくなってしまった。しかもそのとき、


「ぼくのお母さんって、飛び上がって踊ったりするの?だったらなんかいい感じだと思うけど…」


とつい言ってしまったので、余計に祖母を怒らせてしまった。
そんなことを繰り返すうちに、祖母の機嫌をとるのが面倒になってきて、大も黙って従うようになっていった。


***



「ただいま…あっ、そうだっ!やたっ!誰もいないんだった!」


大は学校から走って帰って来ると、そのままの勢いで二階の自分の部屋へ駆け上がった。たまたまみんな留守の日で、手を洗わなくても咎められることもなく、すぐにランドセルを放り投げて勉強机の前に行った。

その日は、昨日発売日だった週刊少年マンガを読むつもりだった。一日で全部読み切るのはもったいなかったので、何篇か読まずにとっておいたのだった。

大の部屋は、アニメやマンガが好きなためか、全体的にとてもカラフルだった。
そして、気持ちが良いくらいに散らかっていたが、本人はその方が居心地が良いらしく、全く気にしていなかった。
一度、祖母が勝手に片付けて、好きなアニメのグッズなどを大量に捨ててしまったことがあっつた。
そのとき大はしばらく何も食べられなくなるくらい落ち込み、目も頬も落ち窪んでしまったので、さすがの祖母もそれ以来、大の部屋には手を出さなくなった。


「ふふふ、まってろよ~、今すぐ読んでやるからな~!」


ウキウキしながら、勉強机の上の雑誌を手に取ったときだった。パラリ、と何かが床に落ちた。


「ん?…なんだこれ?」


少し黄みがかった色の封筒だった。上質な紙で出来ていて、飾り文字の「Y」の刻印が押された蝋で封がされていた。表には、

「吉祥寺大くんへ」

と、少しクセのある字で書かれていたが、差出人はわからなかった。


「だれからだろ?」


大はすぐに開けて手紙を取り出し、読んでみた。


吉祥寺大くんへ

『こころを、いつまでもとじこめたままではいけないよ。

君のすきなもの、だれかに取られちゃだめだからね。

よくかんがえて。

君のすきなものは、なに?』


書かれているのは、これだけだった。


「ん?とじこめる?しぶんで?!…えっ、うそっ、ぼくの好きなもの、取られちゃうの?!」


大は棚にあった飛行機の形の貯金箱を急いで手に取った。振ってみるとカラカラと淋しい音がする。


「うわぁ!へってる!!……あ、へってないか」


大は、昨日マンガを買うのにほとんど使ってしまったのを思い出した。


「えっと、あとは…」


勉強机の鍵付きの引出しの奥にしまってあった、四角い缶を取り出す。
フタには、大の丸っこい字で『ダイジダイジカンカン』とペンで書かれていた。

『ダイジダイジカンカン』とは、文字通り大事なものをしまっておく缶のことだった。
よく手土産でもらうクッキーの缶に、ゲームのレアカード、拾った石、アニメキャラの形の消しゴム、カラー輪ゴム、セミの抜け殻、何やらよく分からない折り紙の切れっぱしなどが、ごちゃごちゃに入っていた。
大は、その中の黄色いスティックのりを手に取った。


「あった…」


かわいい動物のイラストが入っている、特に変わったところのないような糊だった。
大はそれを元に戻すと、もう一度手紙を読んだ。


「すきなもの…。べつに何もなくなってないけどな…なんだろ?…ま、いっか」


大は手紙をゴミ箱に捨てようとして、ピタッと動きを止めた。何となく、捨てない方が良いような気がしたからだった。
大はそれをダイジダイジカンカンに放り込むと、それきり忘れてしまった。



***


家から小学校までは歩いて十分ほどで、いつも大はチャイムと同時に教室を飛び出し、一人で走って帰っていた。あまりのんびりしていると同級生にからまれ、面倒なことになるからだった。
しかしその日は、提出物を忘れていたことで居残りになり、もうみんないないだろうし…と、大はゆっくり帰ることにした。

歩道のタイルの、同じ形のものだけを踏んで歩いてみたり、植え込みの葉っぱをむしったりして、大はまさに道草をしながら歩いた。

「おっ!きれいな石!」

大は植え込みの陰に丸っこい石を見つけた。


「そうだ!これは悪の組織にぬすまれたダイヤモンドだ!ミッションが成功したら、大くん、君に勇者の称号を与えよう」


周りに誰もいなかったので、すっかり自分の世界に入った大は、声に出して宣言した。
要するに、石を蹴りながら家まで帰るつもりだった。

側溝の穴にあと一センチで石が落ちそうになったり、他の石に紛れて見失いかけたりしながら、大は夢中で蹴り続けた。
石はなかなか思うような方向に跳ばなかったが、逆境に耐える主人公の気分で、すっかり楽しんでいた。


「おーっと!海に落ちてしまったぁ~!!ピーーーンチ!!!」


家まであと少しのところで、石を空地に蹴り込んでしまったので、大はそこを海に見立てることにした。


「サメのいっぱいいる海だぞ!んーと、ここは水中でも息ができる魔法を使って…あれ?…どこいった?」


空地は枯れ草が生い茂り、石は隠れてしまっていた。
大が草をかき分けて地面を探していると、後ろから声がした。


「おっ吉祥寺だ、めっちゃいいタイミング!」


振り向くと、同級生の男子の集団が立っていた。


(あーあ、いいとこだったのに…)


嫌な予感しかなく、大はため息をついた。



「吉祥寺、ひとりでブツブツ言ってないでさ、あのマフラー取って来いよ」


通学路には、コンクリートで覆われた低い崖があり、見上げると数メートル上は手入れされていない竹林になっていた。
その竹に黒いマフラーが引っかかっている。大のクラスメイトの男子五人で投げて遊んでいたら、落ちてこなくなってしまったのだった。


「えっ…ぼ、僕が?」


「そーだよ、お前だよ。他に誰がいんだよ」



相変わらず自分の思ったことは言えず、断れない性格の大は、逃げることも出来ずに立ち尽くした。


「あ、あんなの…無理だよ」


「は?登ればいいだろ?」


「でも…」


「いーからさぁ、早くやれよ!」


一人が大の手提げバッグを奪い、地面に放り投げた。もう一人はランドセルを背後から外し、同じように地面に投げた。



「ちょ、え…ぼく…できな…」


「やれよ!あれこないだ買ってもらったばっかのやつだからさ、なくしたらオレお母さんに殺されちゃうよっ」


マフラーは高さ三、四メートル位のところに引っ掛かっていた。
その崖の辺りは常にジメジメしていて、晴れた日でも下に水たまりができていた。コンクリートの部分には、あまり足場がないように見える。
がんばれば登れないこともなさそうだったが、落ちたら怪我をしそうな高さだった。


「ぼ、僕…」


「ほら!!早く登れってば!!」


大勢に詰め寄られ、断るのもあとが面倒になりそうなので、大は渋々引き受けた。


「…わかったよ」


大は崖の下に立った。


(第5章7話・「吉祥寺の場合②」に続く)

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