【ASD青年の成長物語】第1章・第3話「小学1年生・冬休み~3学期」🕊️
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[1]📝 はじめに
——人の記憶というのは、
まるで引き出しの中にしまわれた手紙のようなものだと、
私は時々思います。
時が経っても、ふとしたきっかけで、
その手紙はひらひらと舞い戻ってきます。
前話(🔗)で陽樹さんが話してくれた「夏休みの計画表」や
「観察日記」のエピソードは、
思い出すたびに胸が締めつけられるものでした。
がんばり屋で真面目。
でもその真面目さゆえに、周囲とうまく噛み合わず、自分を責めてしまう。
小さな心に積もっていった『できない』の記憶たちは、
誰にも見せたくない痛みとして折りたたまれていたのでしょう。
今回は、その続きをお聞きしました。
冬休み、そして小学校1年生最後の学期——
三学期に起こった、いくつものできごと。
年賀状を書いたこと。
好きな子にお手紙を渡そうとして怒られたこと。
図書室でのささいな出来事が深く心に残っていたこと。
そして、誰にも言えなかった気持ちを、こっそり封じ込めていたこと。
どれも「たいしたことない」と片づけられてしまいそうな
日常の一コマかもしれません。
でも、陽樹さんの心のなかでは、
確かに「物語」として息づいていたんです。
子どもにとっての「1日」は、
大人にとっての「1年」に匹敵するくらい重い。
そんな視点を大切にしながら、
今回は小学校1年生の「最後の季節」に焦点を当てて、
ご紹介していきます。
では、物語を始めましょう。
[2] 📚 学研教材の魔法
——彼が冬休みの思い出として最初に語ってくれたのは、
「学研の冬休みドリル」でした。
「母がスーパーで買ってきて、
台所のテーブルにポンと置いてくれたんです。
『これ、やってごらん』って」
陽樹さんは、少し照れたように笑いながら語りました。
その学研の教材には、カラフルなイラストと、
子ども心をくすぐる「できたらシール」がついていて、
「やる気スイッチ」が自然に入ったそうです。
何より彼にとって嬉しかったのは、
「すぐに正解がわかる」という安心感でした。
「学校の授業って、先生がどんどん進んでいって……
自分がついていけてるかどうか、よくわからないまま過ぎちゃう。
でもドリルは、自分のペースでできるんです」
そう話す彼の言葉には、小さな自信が宿っていました。
毎朝、妹がテレビを見ている横で、
彼はコツコツと机に向かっていたそうです。
1ページ解くごとに、丸をもらい、シールを貼る。
シンプルだけど達成感のある繰り返しが、
陽樹さんにとっては心の安定剤になっていたのです。
「誰かに怒られない、間違えても大丈夫、しかもちゃんと褒めてもらえる」
そんな「安心できる学びの時間」は、
彼にとっての魔法のようなものでした。
自己肯定感を回復させ、
少しだけ「自分にもできるかも」と思わせてくれた——。
冬休みの静かな朝、
こたつのぬくもりの中で彼が感じた、小さな「できた」の積み重ね。
それは、この先の彼の歩みにとって、大切な土台になっていきます。
[3] ✉️ 年賀状に込めた思い
「年賀状……書きましたよ。担任の先生にだけですけど」
そう言って、陽樹さんは少し顔を赤らめました。
彼にとって、
先生という存在は「怖い」と「好き」が複雑に絡み合う相手でした。
1学期に叱られた記憶が強く残っていたからこそ、
「自分の気持ちをどう伝えていいかわからない」
と感じていたのだそうです。
でも、冬休みのある日、
母親が年賀状のはがきを数枚テーブルに置きました。
妹はすぐに仲良しの友達へ書きはじめたけれど、
陽樹さんは迷っていました。
「書いても、読んでもらえるのかな」
「怒られたこと、先生まだ覚えてるかな」
それでも彼は、ぎこちない字で、ゆっくりと文章を綴りました。
《あけましておめでとうございます。べんきょう、がんばります。》
「短いし、うまく書けたかわからないけど、でも……伝えたかったんです。
『ちゃんとやります』って」
そのときの彼にとって、「伝える」という行為は、勇気のいる一歩でした。
間違えてもいい。笑われてもいい。——
それでも「前に進みたい」という意思を、言葉に乗せて届けること。
それが、当時の彼にできる、最大限の表現でした。
年が明けてから、
先生がにこやかに「年賀状、ありがとう」と声をかけてくれたとき、
彼はほっとしたそうです。
「それだけで、すごく安心したんです。ああ、怒ってないんだって」
年賀状一枚。たったそれだけのやり取りが、
彼の心にあった「怖さ」を少し和らげ、
「つながっていいんだ」という感覚を生み出しました。
人との距離をうまく取れない彼にとって、その体験は大きな一歩でした。
言葉にして、届ける。
返ってくる優しさを、受け取る。
その往復の中で、彼の心に小さな芽が育ちはじめていたのです。
[4] 😢 叱られて届かぬ手紙
「ぼく、またやらかしました……」
そう話した陽樹さんは、
あの年賀状の笑顔の記憶を曇らせるように、視線を落としました。
新学期が始まって間もない1月のある日。
学校での出来事でした。
クラスでは、冬休みの思い出を発表する時間がありました。
妹に連れられて神社に行ったこと。
学研教材をがんばったこと。
少しだけ楽しい思い出もあったけれど、
人前で話すことがどうしても怖くて、彼は黙ってしまいました。
「何か話してみようか」
担任の先生のやさしい声かけも、
彼には「圧」に聞こえてしまったのだそうです。
うまく言葉が出ない焦り。
教室のざわつき。
自分だけが止まっているような感覚——
ついに彼は泣き出してしまいました。
小さな嗚咽に、周囲の目が集まり、先生の顔が曇りました。
「どうして、みんなの前で急に泣くの?
話さなくてもいいけど、泣いてばかりじゃ困るよ」
それは叱責ではなく、戸惑いの混ざった一言でした。
けれど彼にとっては、せっかく年賀状でつないだ「糸」が、
またプツンと切れてしまったように感じたのです。
——その夜、彼は、先生に宛てた手紙を書きました。
「ごめんなさい」と、ひらがなで何度も。
泣いてしまった理由を、自分の言葉で一生懸命に綴っていました。
でもその手紙は、渡されることなく、
机の引き出しにしまわれたままになりました。
「読んでもらって、また困らせたらどうしようと思って……」
その後しばらく、彼は先生と目を合わせられなくなってしまいます。
言葉で伝えることの難しさ。
思いが届かない痛み。
けれど、それでも——彼はやめなかったのです。
書くことを。思いを言葉にすることを。
叱られて、傷ついて、それでも。
彼は少しずつ、「自分をわかってもらいたい」という気持ちを、
手紙に託して育てていたのだと、私は思うのです。
[5] 📖 図書室での心の傷
「図書室、好きだったんです。静かで、誰にも邪魔されなくて……」
そう言って、陽樹さんはぽつりと笑いました。
けれど、その笑みの奥には、忘れられない小さな傷があるようでした。
小学1年生の3学期。
教室で過ごすことがどうしてもつらくて、
休み時間になると、彼は一人で図書室へ向かうようになっていました。
お気に入りは、動物の図鑑と、機関車の写真が載った絵本。
文字よりも、絵を見るほうが落ち着いたといいます。
図書室の窓際で、本を開いていると、周囲のざわめきが遠くなり、
自分だけの世界に入れる——
そう感じていた彼にとって、そこは避難場所のような場所でした。
けれどある日。
数人の同級生が、彼のあとをつけて図書室に入ってきました。
そして、ひそひそと、でも聞こえる声で話し始めたのです。
「またあいつ、ひとりで読んでる」
「友だちいないのかな」
「しゃべらないし、変だよな」
声に悪意があったわけではないのかもしれません。
でも、彼の耳には鋭く刺さりました。
心の奥でずっと自分に言い聞かせてきた
「自分は大丈夫」
という小さな支えが、音を立てて崩れていくのがわかったそうです。
「読んでるだけなのに……泣くほど、悲しかったです」
彼はそのときのことを、そう静かに振り返ってくれました。
その後、彼は図書室に行くのをやめました。
安心できる場所を失い、また教室に戻っていくしかなかったけれど——
それでも本そのものを嫌いにはならなかったといいます。
「図鑑は、裏切らないから」
彼のこの一言に、私ははっとさせられました。
人との距離に苦しみながらも、自分の安心の場を探していた彼。
その心の傷は深かったけれど、
そこから目をそらさずに記憶を持ち続けていること自体が、
すでに彼の力なのだと思います。
彼がその後、再び「図書室」に足を踏み入れる日は、
少し先のことになるのですが——
その日を迎えるまでの時間は、
彼にとって大切な「心の回復のプロセス」だったのでしょう。
[6] ❄️ 大雪と正直な答え
「陽樹さん、今日すごく雪降ってますね」
カウンセリングルームの窓の外を見ながら私がそう言うと、
陽樹さんは少し目を細めて、
「ああ、あの日のことを思い出します」と語り始めました。
――あれは、小学1年生の冬のある日。
山あいの田舎町でも、
特に雪が多く積もる集落に住んでいた陽樹くんの家では、朝から激しい雪。
道路はふさがり、スクールバスも運休、
町の小学校は臨時休校になりました。
「うれしかったんです。学校に行かなくていいって」
その声には、少し申し訳なさそうな響きが混じっていました。
でも、決して怠け心からではなく、
「学校で感じる圧迫感」からの解放だったのです。
その日は一日中家にいて、妹といっしょにコタツに入りながら、
トランプやあやとりをして遊びました。
雪が音を吸い込むように静まり返った裏庭を、
ふたりでぼーっと眺めたこともよく覚えているそうです。
「妹は、あの頃からずっと僕よりおしゃべりで、行動力があって。
でも、なんとなく僕のことを守ろうとしてくれてるのがわかったんです」
――だからこそ、
時々うっとうしく思ってしまう自分に、罪悪感もあったと。
夕方、母が「明日また雪降るみたいだね」と話しかけてきたとき、
陽樹さんは思いきってこう言ったそうです。
「学校、あんまり好きじゃないんだ。行くの、ちょっと怖い」
母は驚いた表情をしたけれど、それ以上は問い詰めず、
「そっか…」
とだけ答えて、ストーブに薪を足してくれました。
「それだけのやり取りだったんですけど、なんか、ほっとしました」
――自分の「正直な気持ち」が、誰かに伝わるという安心感。
返事が少なくても、受け止めてくれるだけで救われることがある。
その冬の一日は、彼にとってそんな経験を刻んだ特別な日だったのです。
「雪の日って、冷たいけど、静かで、
自分の気持ちに正直になれる気がするんですよね」
陽樹さんのその言葉が、今も心に残っています。
[7] 🃏 手作りのトランプ
「卒業する6年生に、手作りのプレゼントをあげたんです」
そう語る陽樹さんの声は、少し照れくさそうで、
けれどどこかあたたかみを帯びていました。
――当時、小学1年生だった彼が手作りしたのは、1組のトランプ。
休み時間や家でこつこつと、厚紙を切って、
1枚ずつ数字とマークを描いていったのだそうです。
「とにかく几帳面に揃えたくて、全部の数字のバランスも、絵柄の向きも、
そろえるのに必死でした」
無地の紙に描いた♠や♦、♥のマーク。
重ねたときにずれないよう、定規で線を引いて、角を丸く切り取って――。
遊ぶためというより、
「誰かに使ってもらう」ことを意識して作られたカードは、
どこか工作以上の意味を持っていました。
「6年生の○○さんにあげたんです。
自宅が同じ地区の上級生で、話しかけてくれて…優しかったんですよ」
小さな紙片に込められたのは、
「ありがとう」や「さようなら」をうまく言葉にできない、
1年生なりの想いでした。
「喜んでもらえたんですか?」
と私がたずねると、
陽樹さんは少しだけ間をおいてから、笑顔でこう言いました。
「……はい。『これ、陽ちゃんが作ったの?すごいね!』って。
驚いて、すごく褒めてくれました」
何も取り繕わず、ただ丁寧に誰かのために手を動かしたあの日の記憶。
陽樹さんの中に残る「誰かとつながれた」という成功体験が、
確かにそこにありました。
[8] 👦 卒業式で見た涙
「卒業式でね、男の先生が泣いたんです。
ぼく、それがすごく不思議で、そして…忘れられなくて」
陽樹さんは、少し遠くを見るような目でそう話しました。
当時、小学1年生だった彼にとって、
「男の先生」は厳しくて頼りがいがあって、
何があっても動じない存在に見えていたのでしょう。
その日は朝から、学校全体が少し特別な空気に包まれていました。
体育館に並べられた椅子、飾られた花、響くピアノの音――
在校生のひとりとして、彼も卒業式に参加しました。
「ぼく、正直、6年生の卒業ってまだピンときてなかったんです。
でも、式の最後のあいさつで、その先生が、急に声をつまらせて…」
陽樹さんは、
自分の胸のあたりを、そっと手で押さえるようにして続けました。
「涙って、静かに出るものだと思ってたけど、
あの時の先生は、声まで震えて…泣きながら『ありがとう』って。
なんだか、こっちまで苦しくなったんです」
「泣いてはいけない」
「男の子なんだから」
いつもそう言われていた陽樹さんにとって、その光景は、
心の中のある種のルールが崩れるような瞬間でもあったのです。
「その先生、普段は怒るとすごく怖くて……
でも、泣いてる顔は、まるで別人みたいに見えました」
それは「涙を見た」というだけの記憶ではありません。
心のどこかで、「こんな大人もいるんだ」と、
小さな価値観が揺れた体験だったのでしょう。
人は、大切な何かを守ろうとしたとき、涙を流す。
それを陽樹さんが知ったのは、あの日の卒業式だったのかもしれません。
[9] 🔔 二重とびの挑戦
「…二重とび、できるようになったんです。あの冬に、やっと」
陽樹さんがそう話すときの声は、少しだけ誇らしげでした。
小学1年の冬、
校庭に積もった雪が解け、冷たい風がまだ頬に刺さるような頃。
長縄が終わった休み時間、子どもたちは順番に、
短縄で技を披露していました。
陽樹さんも、その列の最後尾に並んでいたのです。
「二重とびって、すごく苦手で。
手と足の動きがバラバラになって、
いつも途中で縄に引っかかってました」
跳ぶ、回す、跳ぶ――
頭ではわかっていても、体がついてこない。
何度やっても、縄は足に絡まり、冷たい地面に転がる日々。
でも、その冬、彼はひとりで黙々と練習を重ねていました。
放課後の誰もいない教室裏。
縄跳びがカチャカチャと風に鳴る音だけが響いていたと言います。
「どうしてもできるようになりたかった。
できたら、なにか変わる気がしたんです」
最初に二重とびが成功したのは、たった1回きりでした。
でもその1回が、陽樹さんの心に灯をともしたのです。
「…できたとき、声が出ました。『やった!』って。
誰も聞いてなかったけど、自分ではっきり言ったんです」
その後、陽樹さんは何回か成功を重ね、
自信を持って縄跳びの列に並べるようになりました。
苦手なことを、時間をかけて、自分の力で乗り越えたという事実。
それは、彼にとって何よりのご褒美だったのでしょう。
私が「どうしてそんなに練習できたの?」と尋ねると、
彼はこう答えました。
「…できるようになったら、
ぼくのこと、ちょっと見てもらえる気がしたんです」
跳ぶたびに自分の殻を破っていくような、そんな冬の日の記憶。
あの一瞬の成功が、
きっと彼の中の小さな誇りとして、今も残っているのです。
[10] 🌸 おわりに(次回予告:小学2年生)
1年生の一年間――
泣き虫で、思いを言葉にするのが苦手だった陽樹さんは、
少しずつ、けれど確実に、自分なりの歩幅で前に進んでいました。
年賀状に気持ちを込めてみたり、
叱られて沈み込んだり、
図書室で傷ついた言葉を一人で抱えていたり…。
そんな日々の中で、陽樹さんは「人と関わる」ということに、
小さな一歩ずつ挑んでいたのです。
卒業式の前、6年生へのプレゼントとして手作りのトランプを作ったこと。
そして、卒業式の日に涙を流す担任の先生の姿を見たこと。
それらの出来事が、陽樹さんの心にほんの少し、
温かくて不思議な感情の灯をともしました。
やがて季節は春へ。
2年生に進級しても、クラスは変わりません。
もともと1学年25人の小さな学校。
1年1クラスのまま、顔ぶれも担任の先生もそのままです。
でも、子どもたちの中には、確かな変化が芽吹き始めていました。
陽樹さんもまた、その中の一人。
新しい一年が始まる緊張とともに、
彼なりに「次のステップ」へ進もうとしていたのです。
次回、【第1章・第4話】「小学2年生・1学期」。
変わらぬクラスの中で、
少しだけ変わり始めた陽樹さんの物語が、静かに動き出します。
👇 第1章・第4話へ続く
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