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元上司の誘いでGAFAMへ出戻り、6年働いて最後にPIPを食らった話 #3

応募条件:ビジネスレベルの英語力、履歴書、職務経歴書(日英)をご用意ください

「北欧の青と黄色の箱」の応募条件に学歴は問われていなかったが、英語力は応募条件として明確に求められていた。レジュメ(履歴書、職務経歴書)は日英の両言語で提出するよう記載されていた。

ちなみに、この時の募集は大型店舗1号店のリーダー職が中心、マネジメントポジションの3分の1程度は外国人だった。

日本語が堪能な外国人もいたが、それはほんの一部。ほとんどがスウェーデン、ドイツ、イギリス、フランス等のヨーロッパ諸国からきた日本語が全く話せないExpats(駐在員)だった。だから会社が応募者に英語力を求めるのは当然のことだった。

その時の僕の英語力といえば、海外旅行で簡単な買い物ができる程度。英語にアレルギーはなかったが、カタコトの身振り手振りで日常会話をするのが関の山だった。特に語彙力とライティングスキルは壊滅的。まずは、まともなレジュメを仕上げることが、僕のミッションだった。

正論で突き放した友人、ペン一本で救ってくれた変人

そこで僕は高校の同級生のナミに相談することにした。ナミはアメリカの大学を卒業していて、相当高い英語力を有している。高校時代の英語クラスはA・B・Cの3段階。僕はBとCを行ったり来たり、ナミは常にCクラスが常席だった。

そんなナミがアメリカの大学を卒業して、高度な英語力を有していると聞いた時に驚いたことを覚えている。相当な努力をしたあろうことは想像に難くなかった。そこでまず僕は、ナミに電話をして要件を伝えた。

僕:「自分なりに履歴書と職務経歴書を英語で作ったから、添削してもらえない?」
ナミ:「いいよ!もちろんいいよ。じゃあメールで送って!」

持つべきものはやっぱり友人だと思ったのも束の間、メール送信後まもなくナミから返信がきた。

「この内容を全部私に添削しろってことなの!?まずは〇〇君でできることがあるんじゃない!?私はまずは〇〇君の本気が見たい。協力するのはそれからかな。」

僕は途方に暮れた。だって僕なりに努力して作ったレジュメだったからだ。当時はAIはもちろん、DeepLもGoogle翻訳もない時代だ。英和辞典を引いて、一語一語繋ぎ合わせる。それしかない。

「でも、それが『本気』じゃないと言うなら、一体何が本気なんだ!?」

応募締め切りまでそれほど残された時間はなかった。ナミに言われたこともわからないではなかった。僕の書いたレジュメでは、添削に相当な時間を要することは想像できた。でも「北欧の青と黄色の箱」の一員になりたい気持ちは微塵も薄れていなかった。

ニューヨーク帰りの帰国子女・絵描きのグチサン

そこで僕は、当時の勤務先の同僚のグチサンに相談することにした。僕は正社員としてコールセンターのスーパーバイザーを担当しており、グチさんは派遣社員として勤務していた。なぜなら彼の本職は「絵描き」だったからだ。

彼の作品で印象的だったのは、下着姿の女性の下半身の鉛筆画だ。女性のウェストラインのふくよかさと繊細さが絶妙に表現されている見事な作品だった。彼はその作品について、こう言っていた。

「あれは生理2日目の女性のお腹をイメージして描いたんだよ。」

僕はそれを聞いて「ふ〜ん」としか思えなかった。だって僕は女性のお腹をそこまで観察したことがなかったから。でも、そんな風に女性のウェストを捉えられる感覚が僕にもあったとしたら、僕の人生はもっと情熱的なものになったのかもしれない。

グチさんはニューヨーク帰りの帰国子女で英語は堪能。アーティストだけに気難しいところもあるものの、基本的には面倒見がよく、優しく男気のある人だった。

僕:「グチさん、実はすごく行きたい会社があって。そこは外資だからレジュメを英語で提出しないといけないんです。サポートしてもらえませんか?」

グチさん:「えー。おれはお前がいなくなったら寂しい。いなくなるのは嫌だなー。……だけど、お前が行きたいなら全力でサポートするよ。」

グチさんは二つ返事でOKしてくれた。その後、僕が書いたボロボロの英語レジュメを見ても、彼は嫌味の一つも言わず、すべて添削してくれた。添削されたCVはほぼ真っ赤。グチさんが新たに作ったのに等しかった。

僕はナミに言われたことが頭に残っていたから、グチさんにお詫びした。

僕:「本当は僕がもっと頑張らなければいけないところ、何から何までありがとうございます!」

グチさん:「だってしょうがないじゃん。英語でいきなりレジュメ書くなんて無理でしょ? 書類はおれに任せれば大丈夫。面接は自分で頑張ってもらうしかないけどね。」

その時のグチさんの優しさが身に染みた。一方で、ナミに対して感じていた「もやもや」の正体もはっきりした。

彼女はアメリカの大学を卒業するにあたって、血のにじむような努力をしたのだろう。だから楽をして選考通過を目指しているように見える僕の態度が気に食わなかったのだと思う。

でも、それは日本人特有の「俺たちもしごかれて強くなったんだから、後輩もしごいてやるぜ」という昭和の部活根性に他ならない。そう思い至った時、自分の中の「もやもや」が整理できた気がした。

池袋の名店「坐唯杏 /ざいあん」での作戦会議

僕はグチさんに、一杯ご馳走することにした。お店は今は亡き池袋の名店「坐唯杏」。 ここの看板メニューは「しめ鯖」。他店とは全くレベルの違う、濃厚だけど後味さっぱりの絶品料理だった。

グチさんも「感動的なうまさだ〜」と気分良くなってしまい、結局、面接のアドバイスは何一つもらえなかった。

でも、しめ鯖を食いながら笑うグチさんを見ていたら、「なんとかなる。いや、なんとかするんだ」という腹の括り方だけは伝わってきた気がする。

こうして、グチさんのおかげで申し分ないレベルの英語レジュメが完成した。当時の僕の会話力と比較したら、明らかに出来すぎだったと思う。

僕は無事に期日前に応募書類を提出し、見事書類選考を通過。 ついに、一次面接の会場に呼ばれることになった。

なんだか急にグチさんに会いたくなってきた。元気にしているだろうか?

つづきはこちら:
元上司の誘いでGAFAMへ出戻り、6年働いて最後にPIPを食らった話 #4

ひとつ前の話はこちら:
元上司の誘いでGAFAMへ出戻り、6年働いて最後にPIPを食らった話 #2





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