25年目サラリーマンの痛い現実。韓国ドラマ『ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語』を一度離脱した僕が、最後に救われた理由
外資ITで25年働く僕が、韓国ドラマ『ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語』を一度離脱してまで向き合った「つまらないプライド」の正体。傲慢さを手放した先に見えた、世界への感謝とは。
久しぶりに韓国ドラマを観た。
というのも、6月はひとしきり『警部補・古畑任三郎』を貪り観ていたからだ。
1話45分程度とはいえ、全31話を完走するにはおよそ24時間が必要になる。1日2時間ペースで観ても、しっかり2週間を費やしてしまった。
元々は、直前に観ていた『暴君のシェフ』を見終わってから、話題の『ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語』を観始めたのだ。しかし、数話観た段階で一度離脱した。韓国ドラマ倦怠期だったのか、それとも作品的に見ていられなかったのか。数週間前の話なので定かではないが、事実は一つ。
僕は一度、逃げ出した。
今までの韓国ドラマで完全離脱した経験があるのは、IU主演の『麗〈レイ〉〜花萌ゆる8人の皇子たち〜』くらいだ。若い美男子たちに囲まれるストーリーは、アラフィフの僕にはいささか抵抗感が強かった。とはいえ、あまり離脱グセをつけるのも精神衛生上よろしくない。
というわけで僕は、古畑任三郎を無事に見届け、再び『ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語』の戦場へと帰還した。
ここで、早速この作品のレビューをストレートにお届けしたい。
※注意:ここから先はネタバレを含む。
(あらすじ)
主人公キム・ナクスは、大手通信会社ACTに25年勤務する大ベテラン社員だ。タフで泥臭い営業マンとして活躍し、昇進を逃すことなく部長にまで昇りつめたが、部下の評判はイマイチ。そんなナクスだが、そろそろ新たな役員人事として常務への昇進機会がささやかれるようになったが……。
(主な出演者)
キム・ナクス (主人公):リュ・スンリョン
パク・ハジン (妻):ミョン・セビン
キム・スギョム (息子):チャ・ガンユン
ペク・ジョンテ (上司):ユ・スンモク
ト・ジヌ (後輩):イ・シンギ
ホ・テファン (同期):イ・ソファン
■ ひょっとして自分のこと?同世代の視点から
主人公のキム・ナクスは大手通信会社ACTで25年勤務する、ソウル在住の50代男性だ。
片や僕も、IT企業で仕事を始めて25年ほどサラリーマンとして働く、東京在住のアラフィフである。ナクスと同じく、家庭もある。
管理職への昇進機会がそれほどなく、役職を持たないまま技術職として働いている点は彼と異なるが、社会人キャリアの境遇としては遠からずの設定だ。僕自身がこの『キム部長』の物語を追体験するのには、十分な土台が揃っていた。
しかし、韓国ドラマ特有の導入フェーズ、つまり人物像や背景の初期設定の描写では、正直言って見るに堪えない部分があった。キム部長があまりにも周りが見えておらず、これ以上ないほど絵に描いたような「空気の読めないオジサン」として描写されていたからだ。拒否反応が強すぎた。僕が毎晩の韓国ドラマ生活を離脱し、しばらく古畑任三郎に逃避してしまったのは、この同族嫌悪に近いショックが強かったせいかもしれない。
だが、腹をくくってドラマに帰還し、最後まで視聴した結果、社会人として身につまされる内容の連続に唸ることになった。
不当な評価、左遷による冷遇、退職によって手にした身に余る退職金の杜撰すぎる扱い。そして、様々な悩みが複雑に重なることで、徐々に心が蝕まれていく様。表現方法こそドラマらしく極端だが、その本質には共感せざるを得ないリアルが詰まっている。
■ 自尊心という名の、こびりついた虚栄心
第一話の冒頭、キム・ナクスの幼少期の映像が流れる。小学校の学級委員を決める投票のシーンで、ナクスが委員長になれず、副委員長になるエピソードだ。
正直、なぜこの話が冒頭に必要なのか、終盤にさしかかるまでピンとこなかった。しかし、この一見小さな挫折こそが、ドラマの核心へと繋がっている。
僕たちは幼い頃から、成績の優劣や模範生徒としての評価を通じて、常に第三者から格付けされる環境に置かれる。本来、人間が持つ価値は人それぞれであり、どれも素晴らしいもののはずだ。しかし学校教育は、ある一定のフレームワーク(物差し)で「何が良くて、何が悪いか」を叩き込む。
結果、僕たちは低評価を避け、高い評価を得るために躍起になる。それが努力の原動力になるうちはいい。しかし、「高い評価=自分の価値」という歪んだ指標が自己肯定感を縛り付けたまま、僕たちは社会という荒野に放り出されるのだ。
会社に入れば、当然のように「他より優秀でありたい」「勝ちたい」という競争原理に支配される。これが健全に機能すればいいが、仕事の成果ではなく「評価されること」だけに意識が向くと、人は濁流や亜流の手法に手を染め始める。上司へのゴマすり、えこひいきの奪い合い、他人を貶めることで自分の相対評価を上げる行為。枚挙に暇がない。
そんな無慈悲な環境で生き抜くうちに、僕たちビジネスマンの奥底には、ある歪んだ心が根付く。健全に自分を肯定する自尊心ではない。どちらかと言えば「周りから侮られたくない」という強迫観念からくる、ただの「虚栄心」だ。
主人公のキム・ナクスは、まさにそのサラリーマンの心理をデフォルメした鏡だ。彼は幼少期に親から執拗に兄と比較されたことで、その歪んだ自尊心が人より早く根付いてしまった。だからこそ兄を出し抜き、有名大学に進学し、大企業に就職し、昇進を逃さず生きてきた。
幼少期を含めれば40年以上もこびりついたその自尊心は、そう簡単には剥がれない。タチが悪いことに、本人に自覚がないからだ。
ドラマでは、そんな彼の痛々しくも悲しい描写が続く。僕は視聴者として客観視しながらも、「ひょっとしたら自分にもこういう一面があるのではないか」と自問自答を繰り返していた。確かにキム・ナクスほど極端ではないにしろ、時折、つまらない虚栄心が高じて妻に余計な気を遣わせたり、迷惑をかけたりしている瞬間があるような気がしてならない。
それにしても、人間はなぜこうも
つまらないプライドで苦悩するのだろうか。
社会的な立場、資産の多寡、住んでいる場所のステータス。手放してしまえば楽になると分かっていながら、どうしてもそこに執着してしまう。それは、自分自身が持つ価値と、自分が「手にしているモノ」の価値を混同しているからだ。
断言するが、例えば社長だから人として価値があるわけではない。社長は、会社の経営方針を決めるトップという「役割」を担っているだけに過ぎない。もちろん権限は一般社員より高いが、それは役職に紐づいた権利だ。人間の価値の高さとは完全に別物である。
この物語の本質は、まさにその「手放すこと」の大切さを描くことにあった。僕と一緒に観ていた妻は、改心したと思ってはほぼ元に戻ってしまう主人公にすっかり悲観的になってしまい、「どうせ最後はACT(元の会社)に戻るんでしょ…」と冷ややかにつぶやいていたが、僕の願いどおりストーリーは安易なハッピーエンドには向かわなかった。そこに、この作品の誠実さがある。妻も、最後の2話でなんとか心が救われたようだった。
■ 「守っている」のではない、僕たちは「守られている」のだ
もう一つ、サラリーマンとして働く中で深く考えさせられたのは、「僕たちは一体誰を守り、誰に守られているのか」という問いだ。
共働きが増えた現代だが、片方が専業主婦(主夫)として家庭を支えるケースにおいて、お金を稼いでいる側はしばしば「自分が家族を養っている」「守っている」という錯覚に陥りがちだ。現代社会では、お金が大抵のモノやサービスを代行してくれるからだ。稼ぐという行為そのものが、相手を守っている免罪符のように見えてしまう。
しかし、実際は働く側もまた、圧倒的に守られている。
家に帰れば温かい言葉をかけてもらえる環境があり、自分の代わりに家事を済ませ、料理を作って待ってくれる人がいる。
視点をもう少し広げてみれば、街の中にも僕たちを守ってくれる存在が無数にある。
身近なコンビニで働く人たちは、僕たちが不自由しないように商品を予測して発注し、綺麗に陳列して待ってくれている。その商品を運ぶトラックの運転手がいて、その車に給油するスタンドのスタッフがいる。そう考えれば、僕たちは世界中の見知らぬ誰かに守られて生きているのだ。
それなのに、競争原理に煽られて周りが見えなくなると、「なぜ自分ばかりがこんな目に」という被害妄想に陥り、世界から隔絶された孤独な存在のように錯覚してしまう。
そんな時こそ、少し深呼吸をして周囲を見渡すべきだ。実は、自分の周りにはたくさんの手が差し伸べられている。もちろん、すべてが自分の理想どおりの形ではないかもしれない。それでも、僕たちは何らかの形で常に救いの手を受け取っている。そう気づいた時、世界のあらゆる営みに対して感謝せずにはいられない。
今回のドラマは、途中まで非常に圧迫感と緊張感のある不条理な展開が続くため、観ていてストレスを感じる瞬間も多い。だが、その痛みに耐えて最後まで伴走したからこそ、終盤に訪れるカタルシスは格別なものになる。
皆さんは、この『ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語』を観てどう感じただろうか。つまらないプライドに足元をすくわれる前に、一度立ち止まって観てほしい一作だ。
最後に。ナクスとハジンが仲睦まじく歩くラストシーン、その美しい情景にそっと寄り添うように流れる印象的なBGMをご紹介して、この記事を締めくくりたいと思う。
👉ふいに、かの名作『ニュー・シネマ・パラダイス』が香る素敵なメロディー🎷from the "The Dream Life of Mr.Kim (Original Television Soundtrack)"
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